異世界骨董店へようこそ※注意※
・捏造しかない
・お気軽にキャラ崩壊
・口調は基本迷子
・監督生ではありません
・監督生は別にいます
・学校はほとんど出てきません
・賢者の島を好き勝手に魔改造しています
・何なら賢者の島ごとめったに出てきません
・原作には沿っていたり沿っていなかったりします
・オバブロはしてるかもしれないししてないかもしれない
・オバブロする理由は原作と同じ理由かもしれないし違う理由かもしれない
・時系列も基本ふわっと 行ったり来たりします
何でも許せる方のみお進みください。
ご自衛お願いします。
それは本当に何でもない日のことだった。
ごくごくいつも通りの朝をバタバタと過ごし、グダグダと愚痴を交えたお喋りとともに仕事をして、お昼は自分へのご褒美にちょっといいランチを食べて、また仕事をして。
多分このままちょっと寄り道でもしてから帰宅して、お風呂に入って眠るだけの、そんな一日に、なるはずだった。
そう、はず、だったのだ。
カロロン、とベルが鳴る音に、は、っと顔を上げると、そこは見たこともない空間だった。
壁という壁が、天井まで積み上げられた紙箱や木箱や段ボール、布に包まれた何かやむき出しの何かに覆われてひどく薄暗い場所だった。
何かの倉庫か、と頭をよぎった瞬間、そこだけ通路のように空いた隙間から、ひょこり、と小さな頭が顔を出した。
「いらっしゃいませ!」
涼やかな響きを持つ、柔らかい子供の声で弾むようにそう声をかけられ、あぁここは何かの店なのか、とすとんとなぜか納得した。
どう見たって、お店、というには雑多が過ぎるし、積み上がっているものが商品なのだとしたら正直手に取りたいとは欠片も思わないのだけれど。
「えぇと、ここは、どこですか?」
「あれ? お客さんじゃないの?」
すい、とまるで宙を滑るように不思議な足取りで近づいてきたその子供は、とても綺麗な顔立ちの、男の子、だろうか。
中学生くらいの、黒髪の、金色の目をした、話しかけてきた言葉は日本語だけど間違いなく海の向こうの血を感じる、目鼻立ちのくっきりとした男の子。
「うん、ごめんね、お客、ではないと思う」
「でもここにこれたんだったらきっと誰かが案内したんだね!」
は?と首を傾げたけれど、目の前のやたらとキラキラした笑顔はみじんも曇らなかった。
「あ、それとも連れてこられちゃったのかな? それなら大変だ!」
「え、は? それ、どういう……」
「大丈夫だよ、ちゃんと『わかった』ら帰れるからね!」
「え、待って、ちょっと待って、私すぐに帰ります」
呼びかけを無視して軽やかにまたすいすいと奥へ向かってしまう男の子を追いかけて、大慌てで肩にかけたバッグを抱え込んだ。……そうしないと、どこかに引っ掛けそうだったから。
「兄さん兄さん、お客様だよ! 誰かが連れてきちゃったみたい!」
「ひぇ、本当に待って、すぐに出ていくから!」
荷物と荷物の隙間の、どう見ても壁、の部分をてんてんとノックして、男の子が声を張り上げる。
止めようと伸ばした手は、思わず途中で止まってしまった。
「多分無理だよ、また戻ってきちゃうと思うな!」
どういうことなの??
かたり、と小さな音が響いたのは、私の混乱も最高潮になろうかという頃だった。
扉があるとは思えないような積み上がったガラクタの向こうからギギィ、とさらに鈍い音。どうやら物凄くわかりにくい感じの色合いだけど、そこにはちゃんと入り口らしきものがあったらしい。
半分ほどしか開かないそこからゆぅらりと顔を出したのは濃い青い髪がふわふわと火のようにゆらめく不思議な人影だった。
風、が吹いてるわけではない、はずだ。だってまわりのものはなにも揺れていない。しかしすごい色をした彼の髪はどこかゆらゆらと、不思議と柔らかく揺れているように見えた。
その髪に思わず視線を奪われている間に、ゆるりと持ち上がった頭、その髪の下から、ひどく青白い男の人の顔が現れた。
「何、兄ちゃん今ちょっと忙しいんだけど」
「兄さん、お客様だよ!」
「ひっ」
ヒェ?! な、なんかとんでもない美人な男の人にめちゃくちゃ怯えた顔された?!
いやむしろその反応したいのは私の方なんだけど、え、これって本当に生きてる人?!
思わずそう疑いたくなるくらいの、人形のように綺麗に整った、それなのにめちゃくちゃ不健康そうな……目の前の男の子によく似ているはずなのにどこか幸薄い顔立ち。でも、そう、薄暗い店内(?)でもはっきりと金色だとわかるその瞳だけは、奇妙なほどにキラキラと輝いて見えた。
ぽかん、と開いた口もふさがらない私の前で、まるで女の子のように両手を胸の前にそろえたポーズで、男の人はその長身に見合った低い声で口を開いた。
「ああああのさ気になったものがあったら好きに持ってっていいよそれで多分帰れるから」
お店、と言われたはずなのに、お兄さん、多分、店員さんか、もしかして店長さん、なのかな。そんな人が、口にしたそれ。
わけのわからなさにどう反応していいかわからず、内心かなりおろおろしている私をよそに、男の人はあろうことか扉の内側へと引っ込もうとして、ってちょっと待ってくださいな!!
「あああの、そんなに私お金持ってないんですけど!」
現在の私の財布の中には、給料日前という時期もあって、たぶんおそらく学生さんでももうちょっと入っているだろうレベルの金額しか入っていないはずだ。
情けないというなかれ、時々帰りにコンビニによる程度ならお弁当を持参すれば意外とそんな金額で数日くらい生活できてしまうものなのだ。
「あー、正直お金とかいらないんだよね別に商売とかする気ないからさぁ」
酷く投げやりに呟かれたその台詞は、どういうつもりかなんて初めて会った私には判断できないことだ。
なのにそのセリフに、私はなぜか酷くカッとなった。なぜそんなに、と思うほどの、爆発するような強い怒り。自分の感情なのに、誰かから燃料を追加されたようなそんな慣れない怒りに、目の前が一瞬紅く燃え上がった気分にすらなった。ただただ腹が立って、こみ上げてくる喉の奥の熱さに火傷しそうだ。
「それは、ここの品物に価値がないと言いたいの?」
「は、そんなこと言ってませんし」
「言ってるようなものでしょう。お店、に置かれているのに、タダで持っていけ、なんて」
ぎゅ、と目をつぶって、訳の分からない感情の高まりを少しでも制御しようと深呼吸を一つ。もう一度目を開けた時、幸いまだ男の人はそこにいた。
「そうだよ兄さん、この間もそれでこちょうさんに怒られたじゃない!」
「そ、そんなこと言ったって値段とかどうつけていいか知らないし……」
小さな男の子に年齢が逆転したみたいな空気で怒られている男の人は、やっぱりどこかふてくされて見えたけど弟くん(多分確定)の言葉は素直に聞く気はあるようだ。
いやそれにしてもこんな調子でなんでお店やってるのこの人。
「本当は本人に希望聞くのが一番なんだけど」
はて、本人とは?
もしかして委託販売ってやつなんだろうか。こんな、ありとあらゆるものがジャンル問わずごちゃ混ぜに積み上がった場所が?
「みんな好きにつけろとしか言わないんだもんわかんないよ」
……まぁ、誰かのために値段をつけたくてもうまくつけられないでいることは理解した。理解した途端、なぜかすうっと波が引くように私の怒りも収まって、あまりの落差に思わず自分の胸を撫でてしまった。
「こちょうさんもそう言ってたなぁ」
「あの人が一番よくわかんないすわ」
二人の間で名前が挙がる「こちょうさん」とやらは別の店員さんだろうか。もう少しこの二人よりも話が通じるひとであるといいんだけど。
「その、こちょうさん、って方はいらっしゃらないんですか?」
「こちょうさんならそこにいるよ!」
弟くんのすらりとした指で示されたのは、一目で高価で古いものだとわかる、美しい蝶が描かれた蒔絵の文箱だった。
え? えーと、この文箱が何か?
「僕は声は少し『聞ける』けどうっすら光の玉が見えるくらいで姿は見えないんだ。兄さんははっきり『見える』し『聞こえる』んだよ!」
にこにこ笑顔のまま続けられたそれは、咄嗟にアニメか何かの設定のようにしか思えず、ぱちぱちと瞬きを繰り返してしまったけれど、弟くんの顔は冗談を言っているそれには見えなかった。
何その、いきなりのホラーファンタジー展開。
「信じられないでしょ別に信じなくていいよわかんない人にはそれはもうないと一緒だし」
またも反応に困っている私にちらりと視線をやって、くしゃりと眉を寄せて不機嫌そうに唸ったお兄さんは、いら立ちを隠しもせずに鼻を鳴らして吐き捨てるようにそう言った。
いや、なんというかかなりの早口だな。どことなく覚えのある、句読点が見つからない喋り方をする。
そんなお兄さんに対する既視感を横目に、なぜか引き込まれるように文箱に手が延びた。
指先が触れるかどうかのその時、ふわりとその指を小さな袖が包む。え、包んだ?
「やれ嬉しや」
ひょえぇ!?なんかちっちゃい美人さんに手を取られてますが!?!?
蝶の描かれた美しい着物を纏った黒髪の美人がニコニコ私を見上げてるなんだこれ。
「わぁ!すごいやこちょうさんってそんな姿をしてたんだね!」
「ふふ小坊主と目が合うのは初めてじゃ、やれ嬉しや嬉しや」
いやなんかほのぼの和んでるけど、私これどうしたらいいの!?
「はー?ウッソでしょマ?」
あ、お兄さん忘れてた。ていうかやっぱりこの喋り方、一昔前のテンプレートなかの有名な二番目の掲示板の方々の口調ですよね? そ、そういうの好きなのかしら?
「なるほど把握そういうことねそりゃ呼ばれるわけですわはーマジかまさかの人材」
いやいや自分だけわかってないでよ説明求む!!
「本来こういうのって専門のシャーマンとかをよんできてやるんだけどどうやら君にはできるみたいだね。この人この箱の精霊みたいなもん。おk?」
いやなんでその説明でおkだと思ったし……だ、だめだ、この人自分と同じくらい相手に知識がある前提で話をするタイプの天才学者型だ。
「君仕事は?」
「え、派遣社員の一般事務ですが……」
「そ。給料時給?倍出すからここに勤めてよはいケテーイ。あとはオルトにきいて、拙者別の仕事がありますゆえ」
え、倍?いやそれよりそれって決定事項?何がどうなってそうなったの別の仕事って何!?
ちょ、ちっちゃいお姉さん肩に登ってきた待って待って待てぇええ!
ぱたむ、と閉じてしまった扉に軽く絶望しながら、ちょいちょいと楽しそうに私の髪を引っ張っている小さなお姉さま……間違いでないのならばこちょうさん、を、そっと掌に移して文箱の上にお帰りいただいた。蝶の模様だし、漢字はきっと、胡蝶さん。
「えー……と。胡蝶さんは、うーん、こういうのなんて言うの、あ、付喪神?」
「ほほほ、わを神と称するか物の道理を知る娘じゃ、よきかな」
「わぁ、すごいや、お客さんは説明しなくてもちゃんと知ってる人なんだね!」
「いや待って一般的な知識しかないからちゃんといっぱい説明して」
ソーシャルゲームで有名になった、各種擬人化ゲームのそれを頭に浮かべながらつぶやいた言葉に、キャッキャとまた目の前で平和癒し空間が広がる。
「うーん、僕が全部説明してもいいんだけど、細かい部分はたぶん兄さんの方がちゃんと説明できると思うんだ。僕だと感覚的な部分の説明は難しくて。それに兄さんと仲良くしてもらいたいし!」
「ふむ、店主は出てくるかの?」
「大丈夫、僕がお願いしたらきっと出てきてくれるはずだよ!」
しばらく粘っては見たけれど、男の子……お兄さんには、オルト、と呼ばれていただろうか。仮名オルト君、は、どうやらこのお店の説明はお兄さんの方に丸投げの予定らしく、とにかくお店である、ということしか説明してもらえなかった。
胡蝶さんもニコニコしてるばかりで説明はなし。うん、多分愉快犯タイプですねこのお姉さま。私の勘がびりびりそう言っている。
「お客さん……あ、お名前きいていい?」
「え……あー、うーん……」
その問いに、なんでかふーあーゆー?という中学生で習うような英語が頭をよぎった。
そして、胡蝶さんのニコニコ笑いが、それはそれは怖くて……うん、日本人ならきっと幼少期一度は言われる、知らない人に名前を名乗っちゃいけません、がクワンクワンと頭の中で警告を発している。
それはもう、ほとんど反射的に口から飛び出た。
「私は……あなた。ユウ、です」
「そう、ユウさんだね! 僕はオルトだよ、よろしくね!」
本名にほんの少しかすめる咄嗟の偽名に、確定名オルト君は疑問も抱かずにこにこと返事を返してくれて、一瞬罪悪感に胸が痛くなった。でも……。
「ほほう……名乗りの意味も知っておるか、これは重畳、よき拾い物じゃ」
とか小さく呟く胡蝶さんのセリフが耳に入ってしまえば、それが正しいことだったってすぐに掌くるっくるしちゃうよね! 怖いんですけど?!
「それで、ユウさん! ユウさんは、いつからここで働いてくれるの?」
「ほぁ、え、決定事項?! え、えっと、まず私このお店がどこにあるかもわかってないんだけど?!」
ぐいぐいくる金色の瞳は喜色満面、という言葉がぴったりのキラキラ具合で、油断をしたらあっさり流されてしまいそう。
あわあわしながらまずは帰路の確保に場所を訪ねてみた。
「あ、そっか、連れてこられちゃったんだっけ。ユウさんの住んでる街のお名前は?」
「え、えっと? ここ、○○じゃないの?」
「検索します……うーん、おかしいなそんな名前の街どこにもないみたい!」
「は????」
どこにもない#とは
いきなり自分の自宅を存在否定されてしまって背後に宇宙を召喚した私をよそに、オルト君はさらに「検索」を続けている。
いやあの、何のデバイス使ってるんだろう、何も持ってないし、空中をぼんやり見つめてるだけなんだけど……もしかして私に見えない何かだったり?
色々考えることを放棄したい私をどう思ったのか、胡蝶さんは明らかに飽きました、の顔でくありと一つあくびをして、ふ、と消えてしまった。消えた、というか、文箱に吸い込まれたように見えました……うわぁんカムバック現実!
「ねえユウさん! ちょっとこのドア開けて見てもらえる?」
「ひょぇ?! え、うん……は、ウチの裏の路地じゃんなんで?」
だんだん驚くのも疲れてきたころに示されたのは、さっきカランカランとベルを鳴らしていた最初の扉だった。
素直に開けてみれば、そこは通勤時にいつも目にする見慣れた路地……ってなんだこれ。
「わぁ凄いや、ドアさんが繋いでくれるんだね!」
「うわぁ……この扉も不思議存在ってこと……?」
「このお店の中にあるものは全部そうだよ!」
「ヒェ」
疲れてるけど思わず驚いてしまうのは人間の性ってやつなんだろうか。
聞き捨てならない新事実におののいている間に、オルト君の手にいつの間にか握られてるのは……ど派手な金色の紙、だ。
「ここの鍵を持ってたら毎朝繋いでくれるんだって! 通勤時間短縮だね! それじゃ、いつからがいいかな?」
「いやだからここで働くのは確定なのこれ??」
「嫌?」
こてん、と可愛らしく小首をかしげる仕草は、あざといはずなのに全然嫌みがないのはなぜなのか。いや顔がいいからだな。すごい美少年だもんな。
「うっ可愛……じゃなくてそもお金の単位が同じである保証もないし……」
「こちらのお金はマドルだよ!」
「あー、こっちは円だね……きいたこともない単位だし換金は無理かな……」
ドル、とか、元、とか、リラ、とか。学校やTVなんかでよく聞くお金の単価とままるきり違う、聞いたことのないお金の単位。うぅ、どうしよう、さっきから頭の中をよぎる、Iから始まる不可思議減少がそろそろ否定できなくなってきた。
「そっか、それならこっちでお買い物したらどうかな!」
「消耗品はそれでなんとかなっても家賃とか光熱費とかは別途かかりますし」
「うーん難しいなぁ」
「ね。面倒だと思うし諦めて……」
「そうだそれならここに住んじゃったらいいんだよ!大丈夫お部屋はいっぱいあるんだよ!」
「まっっっって!?」
まさかのお引っ越しの提案に、思わず口調とかなんとか考える余裕もなく突っ込みを入れていた。いやいや、私これでも普通に働く社会人なのでいきなりそれは無理かな!?
「兄さんと僕は別の場所に住んでるから大丈夫だよ」
「いや何がどうなって大丈夫だと思ったし。流石に不思議空間で生活するには覚悟が足りないかな!」
「あなたなら大丈夫、そんな気がするんだ!」
「謎の信頼感が重い!!!」
不思議空間、を否定されなかったことで、脳裏に燦然と輝いてしまったありえない単語。
異世界、なんてそんな。アニメやラノベじゃあるまいし!!
夢なら早く覚めて……!!
夢なら早く覚めて、と頭の中でつぶやいたのは、ほんとついさっきだったはずなんだけど。
私は、なぜかもう一度、この不思議なお店に来店することになっていた。
「お家に帰ったらお家がなかった件」
「よかった無事だったんだね! 火口箱さんが『あの子から火の気配がする』っていうから心配してたんだよ!」
出迎えてくれたオルト君に心配そうに見上げられて、麻痺しかかっていた感情がするりと解されて、じわ、と涙が浮かんだ。
ていうか、火口箱さんて、その手に持っている箱の上にいるちょい悪な感じのちっちゃいおじさんですか?
とにかく色々急すぎるから時間をくれとお願いして、手渡された太いシンプルな鍵を握りしめて逃げるように扉をくぐり、見慣れた路地を駆け抜けて、そこにあるはずの狭いながらも愛しい我が家であるところのもう数年住んでいる小さなアパート、そこに駆け込もうと顔を上げてみれば。
うん、そこには、ふすふすと煙を立ち昇らせた、真っ黒な燃えカスしかなかったんですよこれが。
呆然と立ち尽くしていたら私を待っていたらしい大家さん(はす向かいに一軒家を持つ気のいいおばちゃん)が駆け寄ってきて、なんでもお隣の古い倉庫から火が出て云々、あっという間に燃え移ってさっきまで大騒ぎだったカクシカで、ついさっきようやくひと段落ついてあとは明日、ってなって解散したとこらしかった。
住んでいた住人の中で私だけが連絡もつかず安否が確認できなかったそうで、心配していたのだと涙ながらに縋り付かれて、その優しさにほっこりするやら改めて現実に叩きのめされるやら。
ちまちまと少しずつ買い集めたお気に入りの家具も、本棚に並んだ大切な宝物も、むしろもう明日はくパンツすらなくなって、キープなんちゃらのテープが張られた向こう側、夜の闇の中に浮かび上がる崩れ落ちた木材やらなにやらは私の部屋がどこだったかすら原型を残していないありさまだ。
すでに住人が数名泊っているらしい大家さんのお家に私も誘われたけれど、その全員が若い男の人だったこともあり、私は遠慮させてもらって。
ふらふらとさっき駆け抜けた路地に戻り、なぜか撤去されない古びた粗大ごみの中の、立てかけてあったどこにもつながっていない古い扉に鍵を突っ込んだところではっと我に返って、イマココ、って感じだ。
「もともとその危険を感じたからこのお店に引き込んだって部分もあったみたい」
「もうちょっと早く知りたかった……!」
くっ、と悔しさにこぶしを握ったおかげで、危うく手にした飲み物をこぼしかけてわたわたと慌てて姿勢を整えた。
ここに着くなりてきぱきと柔らかい椅子が用意されて、大きなマグカップには甘いミルクティ、肩にかけられたブランケットが温かい。
その全部から私が触った途端、お兄さん曰く「精霊みたいなもん」たちがひょこひょこ顔を出したけど、どの子もみんな心配そうに私の周りをちょろちょろするばかりで、怖いとは感じなかった。
「あの、ありがとう。大丈夫、なので。椅子も毛布もあったかいし、お茶美味しい、デス」
そろ、と声をかけたら、キャーキャーとはしゃいだ様子でパタパタ駆け回った後、スゥ、と元の『自分』の中に戻っていった。うーん、ファンタジーだ。
「えーと……うん、一応火災保険には入ってたはずだし、多少はお金は戻ってくる、幸いにして携帯も充電器もかばんの中にあったし、財布の中にキャッシュカードも入ってた……免許書も一緒に入ってるから、身分証明書も大丈夫、と。あー、箪笥にしまってた虎の子の諭吉さんが……」
なぜかちゃんとネットにもつながるスマホで一つ一つ心配事を書き出してToDoリストを作ってチェックを入れていく。
保険料の支払いは大体一か月後くらいだとか、その書類申請がめちゃくちゃ面倒臭いから集合住宅の場合は大家さんと協力した方がいいとか、燃える前の部屋の中を証明できる写真があると好ましいとか、いろんな経験談やおすすめ記事を読みつつ、とにもかくにも明日やるべきことを考える。だって、一人暮らしですし。ほかにやってくれる人なんていないからね。
「あ、明日からの宿……」
「安心してね、お部屋はもう用意できてるよ!」
「ジェバンニかな?」
「それはあなたのお友達?」
私がここを出てって大家さんと話をして帰ってくるまで、そんなに長い時間かかった覚えはないんだけど。オルト君、実はとんでもなく優秀なんだろうか。それともお兄さんか誰かほかの人が手を回してくれたとか?
本来なら怪しすぎて遠慮しなきゃいけないのはわかってるんだけど、あまりにもいろいろありすぎた私の頭はすっかり飽和状態で、ついでにこの近所に何日も泊まらせてくれるような友人もいないから正直大変ありがたい申し出だった。
何日もホテルに泊まるような財力も哀しいかなあるわけないしね。
「その、本当にありがとう。しばらくお世話になります」
「ふふ、ずっといてくれていいからね!」
「いやその……ずっとはどうかな……あ、お家賃は」
「このお店のお手伝いしてくれたらいいよ!」
「ア、ハイ」
結局その晩は、ミルクティーを飲み終わったタイミングで案内された「狭くて悪いけど」などう見ても8畳以上はあるだろう広々としたお部屋でシャワーを借り、ふっかふかのベッドで泥のように眠ったのだった。
それから数日間は、とにかく忙しい日々だった。
家が燃えてしまったと会社に連絡を入れたらすごく驚かれたけど、とにかく取れるだけ有休を取って全力で手続きに奔走した。
火災保険の手続きは噂通りめちゃくちゃ面倒臭くて大家さんと発狂したし(幸いにして部屋の写真が何枚かあってそこは褒められたけど)、燃えてしまった通帳や細かな公的書類の再発行手続き、郵便や宅配といったもろもろの住所の変更(とりあえず一旦実家にまとめた)、ついでに最低限の生活用品の購入に家族や友人への連絡、そこに、オルト君のお手伝い……お店のお掃除とか簡単な整理整頓、あと精霊さんとのお話相手など……がはいる。本気でやることが多すぎてほぼこの辺りの記憶は吹き飛んでいる感じだ。
だから、派遣会社から次の更新はどうするのかなんて連絡が入ってたのも後回しになってたし、その所為で今の会社がひとまず今期で契約終了になってしまったのも担当さんからの電話でようやく気付いたほどだった。
担当さんとしては事情が事情だしとそれなりに配慮して頑張ってくれたらしいんだけど、まぁ、うん。派遣は長くても3年しか同じ場所で働けないものだし、社員に登用されなければこんなものだよね。
「それじゃぁ、正式にここで働いてもらえるんだね、やったぁ!」
「あー、うん、喜んでもらえて嬉しいよ……まぁ、向こうで次の仕事が見つかるまでよろしく……」
それほどスキルがあるわけでも学歴が高いわけでもない私は、一般事務で条件がいいところを探すとなると実はそれなりに難しい。今の会社もやっと滑り込んだくらいのものだった。
ほかにはスーパーのレジとか工場の軽作業とか、そういうのになっちゃうんだよね。いや、別にそれでもいいっちゃいいんだけど、どうしてもお給料的な意味でかなり大変になるんだ。
「うぅ……向こうで引っ越せるだけの資金を溜めるまではお世話にならなきゃだなぁ」
「ふふふ、ずっといてくれていいからね! あ、歓迎会もしようね!」
お姉さんちょっと今色々傷心なので、お手柔らかにお願いします……。
キャッキャと手を取り合って踊っている胡蝶さんとオルト君を眺めていたら、珍しく、というか久しぶりに、というか、ぎぎぃ、と聞きなれた軋み音とともに、ガラクタの向こうの扉が半分だけ開いていた。
「あ、兄さん!」
「ヒェ、ホントにいる……」
ここで働け、と言ったのは自分のくせに、ずいぶんなセリフだなぁ、とは思ったけど黙っておいた。いやまぁ彼としても、まさかここに住み込みになるとはきっと思ってなかったんだろうし。
「あ、すみませんお世話になってます。住む家が見つかったらすぐ出て行きますので」
「え、なんで?」
「え?」
だから、と思ってぺこりと頭を下げたら、またもやびっくりする言葉が返ってきて、思わずぱっと顔を上げてしまった。
どうもまっすぐ見つめられることが好きじゃないのか、私の視線にまたびくりと肩を揺らしたお兄さん……一応このお店の店主さんで、お名前はイデアくん。なんとびっくりまだ学生さんだと聞いた……は、片頬だけをニィ、と引き上げる独特の笑い方をして見せた。
「多分だけど言質取られたしもう逃がしてもらえないんじゃない?」
「まっっっいや待ってもらったこと一度もねぇな、どういうことですか?」
聞き捨てならない言葉に大慌てで詰め寄る私からすさささ、となんとなく虫っぽい動きで距離を取って、イデアくんはさらに続ける。
「火事は偶然だろうけど、ここにいる精霊たちみんな君が気に入っちゃったみたいだから出て行くのは無理ってことすわ」
確かに、掃除だなんだと色んなものを触るたび、ぽんぽん顔を出してくれる小さな精霊っぽい物……まぁ日本人的には付喪の皆さんは、やたらと友好的というかめちゃくちゃ懐かれてる印象があったけども。
「え、普通に元の場所には帰れますよね? 行き来できますよね?」
「さぁどうですかなー」
「ちょ、返してもらえなきゃ困りますよ?」
「はー向こうにそんな未練がおあり?恋人でも?」
完全にからかっている体の美青年に、私は咄嗟に大声で叫んでしまった
「明日好きな作品の最新刊発売日なんですけど!?」
「ごめんそれは一大事ですわ」
その物腰から薄々わかっていたことだけど、その瞬間、彼の態度が一気に変わったのは正直えーと、草? だった。
えぇ、君、お仲間だよね? ならばわかってくれるよね?
「今回は特典付き限定版も出るから絶対に明日買いに行かなきゃ死んでも死に切れません」
「把握、それは確実にGETせねばいけない案件ですな、ぜひ買いにいってくだちぃ」
こくり、と深く頷かれて、ほ、と思わず吐息が漏れた。よ、よかった、無事に行き来は確保できた、かな?
「あ、でも向こうのお金稼げなくなったら買えなくなる……う、既刊も円盤も全部燃えちゃったし……実家にある分だけでも送ってもらおう……」
ほっとした途端、蘇ってきたのはまさに今の現状、厳しい現実、というやつだった。一応今朝までは働いてお金をためて、と思ってたのに、お仕事を見つけるところからとかこのご時世とんだハードモードだ。
うえぇん、燃えちゃったあのアニメの限定版のBOXとか今プレミアついちゃって3倍くらいのお値段するのにぃいい!!
「アバババそういう理由ならば譲歩するのもやぶさかではありませんな……ずっと片方にいる、じゃなくて、週数回ずつならなんとかなる?」
ヴヴん、と鈍い起動音とともに、空中に映し出されたのは、ホログラムのキーボードとウィンドウだろうか。え、なにこれこんな技術があるの、ファンタジーから突然のSF?! すごいな?!
「週数回、って……えっとあっちとこっちのWワークってことです?」
「そそ。それこそ生活費はこっちの稼ぎで何とかなるでしょ。向こうでグッズとコミックス買える程度のアルバイトする感じで」
「……なるほど、それはありがたいですね?」
実のところ派遣のお仕事は、フルタイムで週5日、とかいうからなかなかないんであって、週3日くらいで短時間、などだったらそこそこの数があると担当さんは言っていた。
それらで繋ぎながら、見つかり次第ちゃんとしたお仕事に就くように調節すれば、引っ越し資金もどうにか貯められるかもしれない。生活費はそれこそここのお手伝いでびっくりするくらいの金額を出してもらえるし。
「ま、倍額出すって言ったのはこちらですしな。って言ってもまさか予想の6割程度だとは思ってなかったけども」
「いやこっちの国だったらそれでもわりと高額な方なんですよ。女性が正社員でなく働くってなったらそれくらいが精一杯です」
「はー、マジでそのあたりが信じられんですわー」
イデアくんが私に払ってくれる金額は、なんともはや、今のお給料の4倍ものお値段だった。さすがにこんなに貰えないと抵抗したら、これでもかなり抑えた方だとまで言われてひっくり返りそうになった。それくらい、私のこの、『付喪神さんの姿を固定する』スキルというのは貴重で希少なレアスキルだったらしい。ありがたくいただくことになった。
おかげさまで、こちらで数日働いただけで、オルト君に手を引かれてお買い物に出た時には服とか化粧品、生活用品などはあらかた買うことができて助かったけどね。
お店の裏側、生活空間になっている部分には小さいけれどキッチンもあるので、なけなしの貯金で日本で買ってきた調味料とオルト君たちの国で買ってきた食材で自炊もできてたりする。お米と醤油があれば日本人は生きていけると学びました。なければ死ぬ。確実に病む。
「んじゃ、契約をそういう風に変更……あー、日程はシフト制? 曜日指定がいい?」
「あー……それじゃ一応シフト制で。向こうでどんなお仕事になるかまだ分からないんで」
「りょ。あ、あとでオルトにでも希望日を伝えておいて。こっちは別に、週1日でも全然困んないから」
「うーん、それでも普通に生活できちゃえそうなのが怖いんだよなぁ」
今のところ、お店のお仕事は完全にお手伝いの域を出てはいない。お話を聞くのも、完全に休憩の時の雑談の範疇で収まってしまっている。
それでもそろそろちゃんとお仕事を教えてもらう予定だし、月に数回はお客さんが来るというので、接客もする必要が出てくるだろう。
「買ってもらうならどれくらいのお値段がいいか聞いてもらおうね、兄さん」
「ん、そーね」
「その前にまずお片付けからしたいんですけど。あの詰み上がった状況何とかならないんです?」
歩くのにも苦労するガラクタの山状態の店内は、正直はたきをかけるのも毎回チキンレースなのはモノ申したいところだ。折角店主さんがいるなら、訴えてもいいだろう。
「あー、あれね……隣に並べると喧嘩しだす奴とか多いから仲良くできそうっていうか相性良さそうなのを近くに配置してったらこんな感じになったんだよね」
「あー……それで下手に片付けられないんですねなるほど」
「まぁ綺麗に並べるの面倒てのもある」
「むしろそれ9割でしょう実は」
「否定はしない」
とりあえずまずは、そのあたりの聞き取りから始めようかな。
いつの間にか思ったよりもすんなり話せるようになっていたイデアくんの分も合わせてお茶を淹れなおしながら、私はすっかり様変わりすることになった新しい日々に思いをはせて、大きくまた一つ息をついた。
まぁ、楽しくやっていけるといいなぁ……。