嵐を起こして 古論の髪が悠然と泳ぐクジラの尾のように揺れていた。台風一過、というやつだ。空は昨日までの雨が嘘のように青く澄んでいる。
「風、まだ強いねー」
北村が指先で前髪を整えながら、けれどどこか心地よさそうに目を細めて呟いた。雨雲は通り過ぎたけれど、置き土産のように秋の気配を乗せた強い風が残っていた。野外で行われるフェスイベント。中止になってしまうのかと俺たちは天気予報を見ながら気を揉んでいたけれど、無事に開催される事になった。まだ足元はぬかるんでいるけれど、日差しと風が乾かしていってくれたらいい。
「こちらの衣装にして正解でしたね」
古論は手を広げて見せる。ユニット単独で出るライブの時はユニット衣装を着る事が多いけれど、今日は事務所の合同ライブで着ることの多い衣装だった。初めて見る人へのアピールならばユニット衣装の方がいいのですが、とプロデューサーは最後まで悩んでいたけれど。
「本当にー。僕はともかく、雨彦さんは動けなくなっちゃうよねー」
「さすがにこの風であの衣装は厳しいものがあるな。歩くのも一苦労だ」
「帽子も飛んでいってしまいそうですね」
「そいつもよくないな。この風じゃ、どこまでも飛んでいっちまう」
「風に乗り、旅は続くよどこまでもー。ちょっとうらやましい気もするけど、それはダメだねー」
俺たちの一つ前の出演グループが最後の曲の始まりを知らせた。客席の歓声が一際大きくなる。寂しさはあるけれど、それ以上にこの時間の楽しさを伝えたい。そういう気持ちに背中を押され続けて、こうして大きな舞台に辿り着く。それは俺たちだけではないのだった。キレイな空気だ。留まる汚れを洗い流していく、強い風の力だけではなく。
「……でも」
北村の声に、俺たちは北村の方を見た。相変わらず心地よさそうにすっきりとした表情を浮かべながら、舞台の上を見据えていた。
「僕たちには似合うよねー」
一際強い風が吹いて、北村の額が露わになる。古論の髪がまた大きく靡く。衣装の裾が揺れた。早く俺たちと踊りたいのだと、まるでそう言っているかのように。
「ええ、風が強い方が船は早く進むものです」
古論も舞台へと目を向けた。そこから見える景色を思い浮かべているのだろう。夏よりも少し和らいでいるけれど、変わらずに強い日差しがその目を眩く照らしていた。
「嵐は去ったはずなんだがな」
曲が終わる。準備が済んだらいよいよ俺たちの出番だ。あの澄んだ空気の中に飛び込む。それから、熱を求めて歌い踊る。暑がりなのに参ったな。そう思うのに、それを楽しみだと思ってしまうのだから不思議なものだ。
「台風は、東から西へと移動する場合もありますから」
「ここにだけは呼び戻してもいいよねー」
頷いて見せると、二人もそれを返してくれた。それっきり俺たちは黙ったままで舞台を見上げて、飛び出す合図を待っていた。また風が吹く。種火が震える。揺れる。燃え上がる。