ガチンコクロール対決 笛が鳴った。春の入口で鳴くウグイスのような素っ頓狂な音で。真夏の太陽の下、プールサイドで弾けた笑い声はきっと二人には届いていない。キラキラと光る水の中に二人は消えた。弾丸のような速さで二つの影が遠ざかっていく。
先に水面から顔を覗かせたのは雨彦さんだった。長い腕が水を掻く。水を掻いては進む。それから少し遅れてクリスさんの頭が見えた。静かに泳いだ方が速いらしいと聞いた事がある。水の抵抗だとか、体力だとかの関係で。それを頭で知っているのか、体で知っているのか、二人の泳ぎは静かだった。小学校や中学校のプールの授業を思い出すと、そこにあるのはバシャバシャと鳴る水の音ばかりだけれど。さっきまでの笑い声はどこへやら、みんなはじっと二人の勝負の行方を見守っていた。蝉が鳴いている。僕の影が小石をいくつも飲み込んだコンクリートの上にくっきりと描かれている。汗が首筋を滑り落ちた。顔を上げると、燦燦と降り注ぐ白い光に目が眩む。
プールへと視線を戻すと、向かい側から声が上がった。折り返しだ。どっちも頑張れ。その言葉の通り、影は鋭く方向を変えてこちらへと向かってくる。クリスさんの方がほんの少しだけ早いけれど、雨彦さんも負けてはいない。二人が今どんな表情をしているかは誰にもわからないけれど、僕はなんとなく知っているような気がした。
水面は微睡むように揺れていた。ここから飛び立った嵐も、これからやってくる嵐も知らないような顔で。日焼け止めはきっと、すっかり汗に流されている。アイドルに日焼けは禁物だ。頭の中でそう声を上げる僕の事は無視をした。僕が結末を見届けなくてどうするのかな、と問いかけた所で僕は返事をしないけれど。一歩踏み出してその場でしゃがみこんだ。二つの影の間、ちょうど真ん中に。サンダルの先が宙に浮く。揃えた膝を抱えると、その先に見える水面は穏やかな眠りを奪われて、嵐の気配に震えていた。影が近づく。光が揺れる。伸ばされた指先が壁に触れた。水しぶきが上がって。
(END)