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    みもり

    @mimorincho

    お絵描きや小話を自給自足

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    みもり

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    大包平が髪を結ってくれる話

    カスミソウの髪飾りある日の午後。
    本丸の玄関に向かう廊下で、大包平と乱藤四郎が出かける準備をして歩いている。
    いってらっしゃいと声をかけようとして、乱がいつもと違う、かわいい髪型をしていることに気づいた。高い位置で左右にお団子を作っている。これはきっと……
    「乱ちゃんの髪型、くまさん?かわいいね」
    私の声にふたりが振り向いた。
    「主」
    「あるじさん!そうくまさんヘアだよ!かわいいでしょ!」
    「うん、すごくかわいい!自分でやったの?」
    「ううん、大包平さんが結ってくれたの」
    「え!?」
    びっくりして大包平を見た。意外だ。
    手先が器用なのは知っていたが、ヘアアレンジもできるとは知らなかった。
    「頼まれてな」
    大包平は肩をすくめた。
    「大包平さん、器用だよね」
    「うん、すごい。さすが大包平だね」
    「別に、たいしたことじゃない」
    やや気恥ずかしそうな顔をしている。その顔を見るに、きっと練習したはずだ。
    大包平はだいたい何をやっても出来る。
    最初はなんでも出来るひとなのかと思っていたけど、そうではなく、何事も練習したり、調べたりするような努力を惜しまないから結果としてだいたいなんでも出来るのだと今は知っている。そういうところが彼の素敵なところだと思う。
    それにしても……大包平が乱の髪を結う姿、見たかったな。大包平の手が乱の杏色の長い髪を梳かすさまを想像する。なんて絵になるんだろう。その光景が見たかった……。
    「いいなあ……」
    うっかり声が出てしまった。私の想像はふたりには見えていないんだから、意味のわからない発言になってしまう。
    「あ、いや、なんでもなくて」
    焦っていると、乱はにっこり笑って「あるじさんも大包平さんに髪結ってもらったら?ねえ、いいでしょ大包平さん!」と言った。
    ちょっと待って。そういう意味じゃない。そんなの無理だ。先ほど想像した光景が自分に適応されたら、私は……。
    「だめではないのなら、やるぞ」
    「え」
    「いやなら、やらない」
    大包平はいたって真面目な顔でそう言った。本気でそう言っているらしい。
    「い、いやじゃないです」
    その顔を見て、思わず答えてしまった。
    「きまり〜!楽しみだねあるじさん」
    訂正する間もなく、きまってしまったらしい。



    これからふたりで出かけるから、ということだったので、ちょうど休日だったのもあり翌日である今日に約束を取り付けた。
    午前中に行くと言われたので、自室で窓の外を眺めながら待つ。
    今日は土砂降りの雨だ。今日に限って……。天気がよければせっかくの休日だし、お出かけでもしようかな、なんて考えていたが無理そうだ。
    私は雨の日があまり好きではない。空模様みたいに気分もどんよりするし、外を歩くのが億劫だからだ。洗濯物も外に干せないし。
    でも、今日は大包平が髪を結ってくれるのだ。雨のことも忘れてしまいそう。外を眺めてはいるが、何も考えられなくなっているので雨もどうでもよくなってきた。緊張してそわそわしていると部屋の外から「主」と呼ぶ声が聞こえた。
    「入るぞ」
    「どうぞ」
    大包平は道具を携えて入ってきた。
    「えっと、よろしくお願いします」
    「ああ、任せておけ」
    大包平はいつものように頼もしくそう言った。
    私は鏡台の前に移動し、大包平を呼んだ。大包平は私の後ろで胡坐をかいて櫛やヘアピンを取り出した。どうしよう、思っていたより近くて緊張してきた。大包平は気にする様子もなく、「始めていいか?」と聞いた。
    「う、うん!」
    邪魔だろうと思い、かけていた眼鏡を外した。私は目が悪く、眼鏡を外すと自分の顔はおろか髪の毛もぼんやりとしか見えない。私の後ろの大包平の顔もよく見えなくなった。これであまり意識しなくて済むかもしれない。

    私の髪は、さほど長くない。少しぱさついているし、特別綺麗でもない。でも、今日のために昨晩トリートメントをした。綺麗だと思われたい……とまでは思っていないけど、大包平に触れられても恥ずかしくないように、いつもより少しだけ頑張った。別に気づかれなくてもいいけど。

    大包平がそっと私の髪に触れ、ゆっくりと手に取ったのが伝わってきた。
    その手つきがびっくりするほどやさしくて、こわれものを扱うようで、そんなに丁寧にしなくたっていいのに……とくすぐったい気持ちになる。
    大包平が私の髪に丁寧に櫛を通した。それもとてもやさしかった。
    「加減が下手だったらすまない。引っ張っていたり、痛かったら言ってくれ」
    こんなにやさしいのに?まだそんなことを言うのかと愛しさがこみ上げてきた。
    大包平はひとに触れる時、こんなにやさしく触れるのかと知った。
    「うん……大丈夫だよ」
    「そうか」
    大包平が髪になにかしている感覚は伝わってくるが、見えないのでどうなっているかはわからない。

    特になにも喋らず、雨の音だけが聞こえる。
    大包平は自分からたくさん喋る人ではない。私もどちらかといえばそうだ。ふたりでいる時、度々今みたいな沈黙が訪れることがあるが、私にはその時間が居心地よかった。大包平もきっとそうで、いつも無理に沈黙を破るようなことはしなかった。
    不意にうなじをかすめるように大包平の手が触れてどきっとする。髪に触れる以上仕方ないが、近さを意識してどきどきする。でも、できるだけ不用意に触れないよう気遣ってくれているのが伝わってくる手だった。やはりやさしいと思う。

    「……お前の髪は、柔らかいな」
    大包平がぽつりとつぶやくように言った。
    「そう?普通だと思うけど……」
    「俺の髪は、もっと硬い」
    「あ〜、大包平の髪の毛、硬そうかも」
    風の強い日もさして乱れていなかったことを思い出す。髪の毛まで大包平らしいな、と思っていた。
    「触ってみるか?」
    「えっ!?いいの?」
    「ああ」
    思わず大包平の方を振り向くと、大包平が頭を下げていた。
    おそるおそる大包平の前髪を手に取る。想像通り、硬い髪質。だけど傷みもなく毛先まで綺麗で、やっぱり髪の毛まで大包平らしいなと思った。
    「髪の毛も大包平らしいんだね」
    「なんだそれは」
    頭を下げたまま大包平が笑った。
    「うーん、綺麗ってこと」
    少し恥ずかしくなって、触るのをやめて前を向いた。もういいのか、と言いながら大包平はまた作業に戻ったようだ。
    「そういえば、初めて他人の髪を触ったかもしれん」
    「ひとの髪の毛って触ることないもんね」
    大包平は誰かに髪を触れられたことがあるのだろうか。わからないけど、髪に触れられるというのは、私の場合は心を許している人にしか許したくないことだ。大包平が自分からそれを許してくれたのが嬉しかった。

    「待たせたな。できたぞ」
    あっと言う間に感じたが、結構時間は経っていたらしい。ぼんやりした視界に眼鏡をかける。
    「わあ」
    サイドを編み込んだ上品なシニヨンに結い上げられていた。派手だったり印象的な髪型ではないが、なんだか自分が品良く見える髪型だ。
    「素敵。かわいい……」
    大包平が掲げてくれている手鏡で頭の後ろ側も見る。
    まとめた後ろ髪に、見たことがない髪飾りが刺さっていた。華奢な白い造花がかわいい、小さな髪飾りだ。
    「あれ?これは……」
    私は髪飾りを指差した。そうすると、鏡越しの大包平の目が泳いで、迷ったように口を開いた。
    「昨日買ってきた。その……乱がな。買ったらどうかと言ってくれた。俺は押し付けがましくはないかと思ったのだが……気に入らなかったらすまない」
    珍しく歯切れが悪い。
    これを、私のために?どうしよう、嬉しい。泣きそうになってしまった。
    「ううん、すごく気に入った。ありがとう大包平……。私、すごく嬉しい」
    「よかった」
    大包平の表情がほっとしたように緩む。
    どんなことを考えて選んでくれたんだろう。乱ちゃんにも後でお礼を言わなければと思った。
    「今日がすごく特別な日になったよ」
    胸がいっぱいだ。髪に触れられる緊張でどきどきしていたけど、今は嬉しくてどきどきする。
    「そうか……。うん、やはり俺が思った通りだな。似合ってる」
    鏡越しの大包平は微笑んで、そっと髪飾りに触れた。そして、鏡越しに目があった。いつも顔を見ると緊張してうまく目をあわせられないけれど、鏡越しだからか、いつもより平気だった。ほんの一瞬だったと思うけど、ものすごく長い時見つめあっていたような気持ちになり、さすがに恥ずかしくなって目をそらした。
    後ろで、息だけで笑った気配がした。
    「今日は付き合ってくれてありがとう」
    「う、ううん……。こちらこそ、ありがとう」
    大包平は道具を片付けて、「じゃあ、俺は戻る」と言って立ち上がった。
    「大包平!あの、本当にありがとう。今度お礼するね」
    私も慌てて立ち上がって、顔の前で手を合わせた。
    大包平はきょとんとして「別になにもいらないから気にするな」と言う。
    「え〜〜でも……。」
    食い下がる私に、大包平は考え込むような顔をしたのち、「では、今度茶を淹れてくれ」と言った。
    「え、それだけ?」
    「ああ」
    「大包平がそれでいいなら、いいけど……」
    釣り合っていないように感じていまいち納得できなかったが、大包平がそれでいいなら問題ない。
    「楽しみにしている」
    大包平はそれだけ言って、戻っていった。
    ふと、ふたりの次の約束を取り付けてしまったことに気づき、頭を抱えた。やっぱりお礼になってない!私が嬉しいだけじゃない!
    大包平ってどんなお茶が好きなんだろう?鶯丸に聞いてみようと思い立ち、私も追いかけるように部屋を出た。




    「大包平さんって、あるじさんとどういう関係なの?」
    「どういうとは」
    「だからー、恋仲なの?」
    「は!?」
    ぎょっとして、大包平さんが大げさに驚いた。手に持っていたアイスコーヒーのグラスを落としそうになって慌てて持ち直している。
    え?そんなに驚くこと?
    ボクははちみつがたっぷりかかったふわふわのドーナツをかじった。

    今日は大包平さんとボク-乱藤四郎はドーナツ屋さんにふたりでやってきている。
    大包平さんは甘いものでもしょっぱいものでもなんでも食べてくれるし、最初は興味ないかなと思っていたけど、誘ってみたらこころよくのってくれた。なので、時々こうしておやつを食べに出かけたりする。

    「お、俺と主は別に、そういう関係ではない」
    動揺して目が泳いでいる。こんなに動揺している大包平さんは初めて見たかも。
    「ふーん、そうなんだ」
    大包平さんは自分の話をたくさんするひとではないけど、結構わかりやすいと思う。大包平さん自身が自分の気持ちをどういう風に見つめているかはわからないけど、少なからず特別には思っているんじゃないかな。なんとも思っていないなら動揺しないだろうし。
    大包平さんよりあるじさんはもっと分かりやすくて、正直すぐにぴんときちゃったけど、ボクが何か言うのも野暮かなと思ってあるじさんには特になにも言ってない。
    お互いなんでわからないんだろう?と不思議に思うけど、自分のこととなったら見えなかったりするもんね。
    出かける前、あるじさんの髪を結う約束をさせたのはちょっと無理やりだったかな……と思ったけど、意外にも大包平さんはやると言ってくれたので安心した。今頃あるじさんはおろおろしてるかもしれないなと想像してふふっと笑ってしまった。
    「なにがおかしい……」
    大包平さんは自分が笑われたと思ったみたい。眉間にしわがよってる。怒っているわけじゃなくて、多分恥ずかしがってる。
    「ううん、ごめんね。思い出し笑い!あ、そうだ、大包平さん、このあとお買い物も付き合ってよ」
    「ああ、構わん」
    ちょっと不服そうな顔をしつつも、大包平さんは応じてくれた。

    ドーナツを食べ終わって、ドーナツ屋さんの近くにあった雑貨屋さんでアクセサリーコーナーを眺める。
    ボクも自分で使うものがほしいけど、それよりも明日あるじさんの髪を結うなら髪飾りがあったらいいんじゃないかと思ったのだ。
    その時、大包平さんがとある髪飾りをじっと見ているのに気づいた。
    「それ、気になるの?」
    大包平さんは我にかえったようにボクを見た。
    「ああ、いや……。この前主がつけていたものに似ているなと思ってな」
    それは華奢な白い造花がかわいい髪飾りだった。そういえば主さんはこの前、これとは違うけど造花が使われた小さい髪飾りをつけていた。
    「あるじさんに似合いそうだね!」
    「ああ。俺もそう思った」
    大包平さんは髪飾りを見て微笑んだ。あ〜あ、この顔写真撮ってあるじさんに見せてあげたいよ。
    「それならさ〜、買っちゃおうよ。明日つけてあげたらいいんじゃない?せっかくだし!」
    「え?いや……押し付けがましいだろう、それは」
    大包平さんは迷ったように視線を外した。
    「そんなことない!絶対喜ぶよ、あるじさんは」
    「そうだろうか」
    「絶対そう!ボクが保証する!」
    ボクの力説に大包平さんはまだ迷ったような顔をしていたけど、髪飾りを手に取った。
    「まあ、気に入らなかったら使わなければいいだけだしな」
    とってつけたようにそう言った。照れてるみたい。
    ボクは内心やったー!と思いつつ、「うん!まあきっと気にいると思うけど……」と言った。大包平さんは決めたら早くてさっさとレジに向かってしまったので、聞こえていなかったかも。

    お会計を済ませて大包平さんと帰路につく。
    大包平さんはどことなくそわそわしていて、買ったものが入っている袋を何度も見ていた。
    こんなに考えてもらった贈り物が嬉しくないわけないよね?
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