抑制剤「憂太はさ、なんでまだ抑制剤飲んでるの?」
今まさに飲み込む直前。
そんなタイミングで掛けられた少し不機嫌な五条悟の声に、乙骨憂太は口に含んでいた錠剤と水を一気に飲み込む。ごくん、と喉を鳴らして飲み込んだのは、今まさに五条が言ったオメガ用の抑制剤だ。
「なんでって、抑制剤飲まないとヒートになるじゃないですか」
「ヒートになってなにが困るの?」
「なにがって……」
なに、なんて説明しなくてもわかって欲しい。
抑制剤を飲まずにヒートが来てしまったら、身体が熱くなって苦しい。いや、ただ苦しいだけなら耐えられる。
それよりも耐えられないのは、ヒートにより発情して五条を求めて淫らになる自分自身だ。
番である五条とは、当然何度かヒート中にそういった行為はしたことあるし、ヒート中ではなくても、付き合っていて共に暮らしていれば、抱き合うことなんて日常の一部だ。
それでも、憂太としては出来ればヒート中のそういった行為は避けたい。
何度抱かれても満足できず、もっと、と強請って自ら激しく五条の熱を求める。時にはキスで反転術式を使ってまで、繰り返し行為を強請ってしまう。
――ヒート中の憂太は、ほんとエロくて可愛い
そんなことを言われたこともあるが、あんな獣みたいに五条を求めて、いつか呆れられるのではないかと不安になる。正気に戻った後は、いつも後悔と羞恥でいっぱいだ。
だから、ヒートなんか無い方がいいに決まっている。
そんな困ることをいろいろ思い返してしまい、憂太は若干赤くなった頬で「言わなくても分かりますよね!」と少し強く言い返してしまった。だが、ソファで長い脚を組んでいた五条は、不満げな表情のまま立ち上がり、じとりと憂太を見つめる。
「全然わかんない。僕ら番なのにさ、なにがそんなに困るの?」
「こ、困るじゃないですか。だって、ヒートになったら、僕は、あんな……」
「憂太がえっちで、いやらしくて、可愛いこと? それのどこが困るって?」
長い足で距離を詰めながら、五条に言われて息を飲む。
「い、言わないでください、そういうこと」
「なんで? 必死に縋りつきながら、もっと欲しいって強請ってくる憂太はあんなに可愛いのに?」
「だからっ、言わないでくださいよ……っ。それに、ヒートじゃなくたって」
「うん。ヒートじゃなくてももちろんセックスするよ。憂太のこと抱きたいからね。でも、ヒート中の憂太も抱きたい」
ぐいぐいと距離を詰められて後ずさったが、すぐに壁際に追い詰められた。ひっ、と息を飲むと、五条の強くて甘いアルファの香りに鼻腔を擽られる。
「言っておくけど、普段の憂太で物足りないって思ってるわけじゃないよ。ただ、どっちの憂太も好きだから、どっちも抱きたいだけ」
「ご、五条さ、ちょっと……、離れてっ」
抑制剤を飲むということは、ヒートが近いのだ。まだ薬が効き始める前の身体に五条の香りはまずい。
強く求められる言葉と気配に身体が熱くなり、息が上がる。
「憂太はさ、ヒート中に僕とセックスするのが嫌なの?」
「嫌なわけじゃ……」
困るし恥ずかしいし後悔もする。でも、嫌かと聞かれたら、そんな事はない。
何度求めても、強く抱き締めて熱を注いでくれる五条も、正気に戻ってからも、いつまでも五条の熱を中に感じるようなあの多幸感も、すべてが憂太の身体を満たしている。それに、どんな形であれ番の五条と繋がって、嫌なことなんてあるはずがない。
「嫌じゃないならいいよね。僕ら、最後にヒートセックスしたのいつか分かってる? もう半年前だよ? ここまでよく我慢したと思うよ」
あれ、と思った。
いくら五条がこんなに近くに居るとはいえ、さっき抑制剤は飲んだのだ。それに、昨日だって飲んでいる。
それなのに、さっきから身体の熱は上がる一方で少しも下がる気配がない。それどころか、息まで上がって、身体の中心に熱が溜まっていくのがわかる。
「もしかして、さっきの抑制剤……」
「やっと気づいた? いつも飲む薬の形状ぐらい、ちゃんと覚えておかないとね」
そう言いながら、五条がボトムのポケットから取り出したのは錠剤のパッケージ。いつも飲んでいる抑制剤より一回り小さいそれは、オメガの発情誘発剤だ。
「なっ……」
「こっそり憂太のピルケースの中身を入れ替えたんだよね。気づくかなーって思ってたけど、まさかそのまま飲んじゃうなんてさ」
注意力足りないんじゃない、と笑われる。
「恋人で番だよ? たまに来るヒートを薬で抑えるなんて無粋でしょ。それより、楽しんだ方が健全と思わない?」
「……思わない、です。でも」
身体が熱くて息が苦しい。
目の前の五条が欲しいと、本能が叫ぶ。熱くて息が上がる。
目の前の五条が欲しいと、本能が騒ぐ。
こうなったら、もう止めることはできない。だったら、目の前のアルファに責任を取らせるしかない。
憂太は髪をかき上げると、自らシャツのボタンを外し始める。
「ヒートを起こさせたからには、ちゃんと満足させてくれるんですよね」
挑発するように五条を睨み上げながら、憂太は自らシャツを脱ぎ捨て床に落とす。
そんな憂太の姿に目を細めながら、五条は憂太の頬に手を添え顔を上げさせる。
「もちろん。たっぷり、満足させてあげるよ」
正気に戻った後、たっぷり五条にお説教をした憂太だが、その後こっそり抑制剤を飲む頻度を減らしたことは、互いだけが知っている。