かずまくんの目標「よう、かずまチャン。元気にやっとるか?」
学校からの帰り道を歩いていると、タバコを咥えた真島が話しかけてきた。
「は、はい……」
最悪だ。俺は真島が苦手だった。
「ゴロ美、今日は出かけとるで!行ってもおらんで!」
「は、はいっ!……じゃあ!」
俺は逃げるように走り出した。
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真島と初めて会ったのは、俺がゴロ美さんの家に遊びに行った時だった。
その日は俺の担任の先生が出張に行く日だったので、俺のクラスだけ早く終わった。
俺はさっそくゴロ美さんの家に遊びに行った。ゴロ美さんは夜から仕事をしていると言っていたので昼は家にいるのだ。
いつもは夕方から遊びに行くから、すぐ帰るが、今日は学校が早く終わったから長くゴロ美さんに会える。
そう思うと嬉しくて、少し足が速くなった気がした。
しかし、いつも通りゴロ美さんの家のチャイムを鳴らして出てきたのは、知らない男だった。
黒いスーツに赤いシャツ、黒い皮の手袋をしていて、手にはタバコを持って気だるげに玄関に出てきた男は、何故か驚いたように俺を見下ろしていた。
怖かった。絶対ヤクザだ。風間のおやっさんもヤクザだが、この人は、もう見た目からしてそうだった。
「あ、あの……っ!ゴロ美さんは?」
「?!……ゴロ美?……ああ、あいつは今留守や」
男はそう答え、タバコを咥えながら目を逸らした。
よく見たら眼帯をしていた。ゴロ美さんも眼帯をしている。もしかして、ゴロ美さんの兄弟なのだろうか。
だが、そんなこと聞ける訳なかった。俺は一刻も早くこの男から逃げたかった。
「そ、そうですか!……じゃ、じゃあ!!」
俺帰りますとまで言おうと思ったが、その前に足が走り出していた。そのぐらい怖かったのだ。
次の日、家に行くといつも通りゴロ美さんがいた。ゴロ美さんは珍しく、なんだか元気がなかった。
「ゴロ美さん……昨日ゴロ美さんが留守の知らない男が来てたんだけど……」
「……?男??」
「うん……黒いスーツで赤いシャツ着たヤクザっぽい人」
「……………」
ゴロ美さんは何故か少し黙った。
「ゴロ美さん?」
「あ、ああ……その人はな……その、真島さん……言うんや。ここの家貸してくれとるんや」
「まじまさん?」
「そや!たまに来るんや!」
「そう、なのか……」
ゴロ美さんに家を貸しているということは大家さんだろうか。
「せや!………あ、そうや!かずまくん!!今日はイチゴ買ってきたで!食べるやろ?」
「う、うん……」
「ほんなら洗ってくるわな!待っとってや!」
そう言うとゴロ美さんはパタパタと台所に入って行った。
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「それ、ひょっとして愛人なんじゃねぇか?」
「愛人?」
次の日の昼休み、錦に昨日のことを話してみた。
錦はゴロ美さんに会ったことはないが、俺が遊びに行ってることを話しているので知っていた。
「そのゴロ美さんって、たしかキャバクラで働いてんだろ?キャバクラってのはヤクザがケツモチっつって店の面倒見てたりするし、そこで女と知り合って、自分の愛人にしてる奴もいるって聞いたことあるぞ」
錦は給食のパンをかじりながら、そう言った。
愛人……。
ドラマで見たことある。つまり、恋人ってことか。
そう考えるとショックだった。あいつゴロ美さんと付き合ってるのか。
たしかにゴロ美さんは優しいし良い女だ。だから真島って奴が愛人にしたんだろうか。
それに真島はヤクザだし怖いが、高そうなスーツを着ていたし、金も持ってそうだし(ゴロ美さんはそんなこと気にしないだろうが)、俳優みたいな顔してた気がする。背も俺よりすごく高かったし。モテそうだ。
悔しい。悔しいが俺がかなう相手ではない。その日から俺は真島が嫌いというか苦手になった。
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真島はたまにゴロ美さんの家にいたり、町で見かけることはあったので、何回か顔を合わせているが、ほとんど話したことはない。会うと俺はすぐ帰るし。
だが、ゴロ美さんに聞いたのだろうか。何故か真島は俺の名前を知っていて、かずまチャンと声をかけてくるようになった。かずまくんではなく、かずまチャンだ。俺はそれが気に入らなかった。俺は女子じゃないのになんでチャンなのだろう。
それに真島がいる時はゴロ美さんが留守で会えないし嫌だった。
よりによって学校が早く終わった日に限って真島がいるのだ。本当にツイてない。
俺は公園に行き、ブランコに腰を下ろした。
ランドセルからココアタブレットを取り出し、1粒口に入れる。
ココアタブレットはカルシウムがたくさん入っていて背が伸びるらしい。
学校で貰ってきた肝油のチラシに一緒載っていたので小遣いを貯めて買ったのだ。
早く背が伸びて真島ぐらいになれば、俺もあいつにかなうだろう。
そのために食べることにした。牛乳も給食の時に飲まない奴から余分をもらってたくさん飲むことにした。
『かずまくんは今のままでええんやで、可愛いしなぁー!』
前にココアタブレットのことを聞かれた時、早く大きくなりたいからと言ったら、ゴロ美さんは笑って俺をぎゅーっと抱きしめた。(真島に勝ちたいということは内緒にしてある)
ゴロ美さんのあったかい腕のことを思い出すと、耳が熱い。
いつかゴロ美さんに、かずまくんかっこいいと言ってもらいたい。そしたら俺のお嫁さんになってくれるだろうか。
そんな期待を胸に抱きながら、俺は公園の空を見上げた。
end.
ゴロ美さんと真島さんが別人だと思っているかずまくん萌えすぎる。急に早く下校した日にゴロ美さんがいないのは、真島さんがゴロ美さんになる準備をしていないからですが、子供のかずまくんは当然知らないのです。初めて早く下校した時は、まさかかずまくんが家に来るとは思っていなかったため、極道スタイルで普通に玄関に出てしまった真島さん。バレたと思い、かずまくんの反応が怖くて元気なかったけど、かずまくんが別人と勘違いしたため、助かった&内心ニヤニヤ。ニヤニヤが抑え切れなくて誤魔化すのにイチゴを洗いに行ったんです。イチゴとか肝油とかココアタブレットとか牛乳とか小6感出したくて入れたんですが、肝油とか今どき売ってるのか……ローカルだったらどうしよう……ていうか年齢バレるのでは……。そんな感じで自分の小学生の時の記憶を引っ張り出しながら書きました。