ノ・ゾ・キ・ア・ナ 五条と別れ歌姫は一人、二階を探索し始めた。僕は必要無いけどね、と言いながら差し出された懐中電灯と共に。煩い、呪霊やらなんやらに関しては怖くもなんともないけれど鼠は昔から苦手だし肝試しなんかも苦手なのよ! とぶつぶつ文句を言いながらも一つ一つ部屋を探索していく。探索していくうちに昔、似たような任務を冥冥とした事を思い出した。良い感じで呪霊の結界から出られそうだったのに帳もおろさず建物を破壊し、人を瓦礫の中に落としておいてニヤニヤ助けに来たよ〜と言い放った五条の顔がとてつもなくムカついたという事も一緒に。
えいっ! やあっ! と扉を開ける度に声を出しては何も無い事に安堵した。その一瞬の気の緩みが出来るところを直すようにと冥冥に言われていたな、と最後の部屋の確認をしていた時だった。扉を開けて右側の壁にある勉強机の横に二センチ程の小さな穴があるのを見つけた。歌姫が四つ這いになるとちょうどいい高さで電気は通っていない筈なのに穴の向こうからこちらへ光が漏れてきている。
ゴクリと溜まった唾を飲みこみ歌姫は恐る恐る穴を覗いて見た。
「えっ」
歌姫は予想しなかった光景につい、声が出てしまった。小さな穴から見えたのは八畳ほどの和室に一組の布団、その上で向かい合わせに座った男女らしき二人が唇を重ねながらお互いの衣服をゆっくりと脱がしていく所だった。女は後ろ姿で顔は見えないが男はすぐ分かった。
白髪で目元を黒のアイマスクで隠している奴なんて歌姫は今までの人生の中、五条悟以外出会ったことがないし聞いたことが無い。その男が今、この覗き穴の向こうで女と唇を重ねている。
(アイツ!今がどういう状況かわかってんの)
歌姫は心の中でそう叫んだ。口に出して大声で叫べば壁越しであろうと二人は気付くことだろう。ごめんごめん可愛い子が誘ってきたからさぁ〜つい、ね、なんて言いながら五条は歌姫の方へやってきて任務を再開するに違いない。けれど。
歌姫は二人が段々と乱れていく様を小さな穴から見ているだけだった。はぁはぁと興奮で息は上がり、身体を熱くして。
歌姫は洋館で五条と任務の途中であり二手に別れた直後だということをすっかり忘れ、これが呪霊の見せる幻覚だということに気付かない。
覗き穴の向こうの二人は一糸まとわぬ姿になっていた。女は立ち膝になり五条は両手で女の胸を執拗に攻めている。時折、ビクビクと女の身体が動くとその度に歌姫の身体も疼く。まるで自分が五条にそうされているかのように。触らずとも自分の秘めるその場所がぐちゃぐちゃに乱されているのも分かりつい、思ってしまった。
(私にも触って欲しい)
その瞬間、女の胸に顔を埋めていた五条がゆっくりと歌姫の方へ顔を向けた。アイマスク越しではあるが目が合ったに違いない。
(ヤバっ!)
覗き穴から目を離すと同時に聞きなれた男の声が左耳へ注がれる。
「歌姫〜なにしてんの?」
「ひゃう!」
いつもよりも少し低いが甘さを含んだその声に歌姫は全身がぶるりと震えた。
「あは! 何その声? 僕の声で感じちゃった?」
「っ! んな訳な……」
文句を言おうと五条の方へ顔を向けて、ふと違和感に気付く。
「……アンタ、隣の部屋に居たわよね……?」
「ん? 隣? 居ないよ、僕はずっと歌姫とこの部屋にいたじゃん」
「は? 何言ってるのよさっきまで隣の部屋にいて私はこの穴か……ら……」
そう言って今さっきまで見ていた壁の穴を指さそうとした筈なのに、歌姫の背中に壁らしきものは無く。
「なん、でさっきまで覗いてた部屋にいるのよっ」
一瞬にして歌姫と五条は覗き穴で見た部屋へと移り、二人の下には布団が一組敷いてあった。
「だから〜さっきから歌姫何言ってんの?ずっと一緒にこの部屋にいたじゃん」
「……ちが」
「違わないよ? 僕と歌姫はここにいてずっとこういう事、してたでしょ?」
いつの間にか五条によって布団の上に組み敷かれた歌姫は抵抗する間もなく唇を塞がれた。
「ん、ふ」
「ね、さっきと同じくきもちよくなろうね」
「ん……」
(ああ、そうだった。私、ここで五条と……)
ちゅ、ちゅと五条から注がれる口付けに少しずつ意識を手放そうとした時だった。
声にならない叫びが目の前で聞こえたと同時にガラガラとコンクリートの崩れる音、そして一瞬浮遊したかと思えば誰かの腕に包まれる自分の身体。そしてーー
「なぁに、良いようにされちゃってんの、歌姫?」
優しく呼ばれて応えようとゆっくり瞼を開くと、そこには一緒に気持ちよくなろうと柔らかな笑みで誘ってきた時とは別人の明らかに苛立った表情をした本物の五条悟が歌姫の顔を覗き込んでいた。