深夜2時の告解について「ロイエンタール、今日の収録が終わったら飲みに行かないか?帰ってもエヴァがおらんのだ」
「……すまないが、既に先約が決まっている」
「……コレか?」
「違う」
銀河を煌めくトップアイドルが、控え室で交わすわりとどうでもいい会話。二人で出たトーク番組の収録の後、いつものようにその誘いはどちらともなく出る。夜通し仕事をした時などは、朝ごはんを食べに街へ繰り出す。
何かと女性との週刊誌報道が絶えない男だが、基本的にミッターマイヤーの方から誘った場合はこれまで断られることはなかった。女性との約束すら反故にしていると後からわかることもしばしばだ。
では一体、相手は誰なのだ?けれどどこか楽しそうな様子ではあった。その様子に、何故か胸の奥がちりと焦げ付く感覚を覚える。何なのだろう。端末の画面を眺めるその横顔は、これまでのミッターマイヤーに見覚えがない。
【深夜2時の告解について】
銀河を煌めく同盟アイドルの頂点に立つ男、彼の名前はヤン・ウェンリー。取り立ててすごいイケメンというわけではない。めちゃくちゃ歌やダンスが上手くはない。話術や楽器演奏の技術があるわけでもない。ただしクイズ番組だけはちょっと強い。そんな男がなぜか、同盟アイドルの頂点だ。
今日も情報番組で一緒に出た後輩のアッテンボローと微妙すぎる食レポをイジられまくったばかりだ。アッテンボローはダンスとドラムと食レポが上手く、自分のパスタ屋紹介チャンネルは登録数200万超えの人気ぶりを誇る。ヤンよりずっとアイドルらしい。
「せんぱぁい、お疲れ様です。飲みに行きます?」
「いや……ごめんね、この後会う約束をする人がいるんだ」
「ふーん?あんまり朝帰りしてユリアンに怒られないようにしてくださいね」
「気をつけるさ。でもユリアンも果たしてどうかな。あいつ今日はオフだからね」
ヤンはアッテンボローに小指を立てた。ユリアンには最近ガールフレンドができたことをアッテンボローも知っている。つまり、今日に関してはお互い言葉のない不可侵条約があるのだ。
「というわけでアッテンボロー、すまないね。他を当たってくれないか」
「……じゃあ一人寂しく動画の編集でもしときますよっと」
「ああ、それでまた投げ銭を荒稼ぎしてパスタをおごっておくれ」
「えっ先輩の金じゃないんですか!?」
猫背気味に収録局のビルから、流れてきた無人タクシーを拾ってカードをかざす。端末からメッセージを遡りコピペ、地点を車に指定して距離に応じた料金を支払う。少し遠いところなので時間がかかるが、行ったことのない場所ではない。窓に覗き込み防止の遮光スモークを付けると、ヤンはしばしの休息を得ることにした。楽しみなことはあるが、だからこそ疲れた顔で相手に接するのはさすがに格好がつかない。
「待たせてしまったかな」
「……俺も遅れ気味だった」
「ああ、メッセージ見れてなかった。すまないね」
「互いに忙しいのだから、気にしなくていい」
数ヶ月前、全宇宙の優れた俳優を決める発表会があった。俳優としても活動を始めたユリアンが同盟側の新人賞をもらい、その後の交流パーティーで少しだけ会話をした。
お互いに存在は知っているのに会話をするという、この世界ではよくある話だがいざ話してみれば露出している側面とは違う何かがある。特に酒が進んでいる時は余計に――
「何の話をしようか?まあ、まずは一杯飲もう」
「普段からチャットで会話はしているからな」
あの時ロイエンタールは胸ポケットから落としたヤンの端末を拾ったついでに、今後共に仕事をすることもあるだろうと連絡先を半ば強引に交換した。
それから会話がある日もあれば、ない日もある。特にヤンは返事が遅いことも多い。もしや過労で倒れたのではないかと生存確認をして、二日後に確認が取れたという場合もある。けれど、この言葉にしがたい友人関係のようなものは細々と続いていた。方や銀河帝国、方や自由惑星同盟。同じアイドルという肩書きだが物理的な距離は想像以上に遠い。それがむしろ、好都合だ。
顔が見えなくていい、声が聞こえなくていい、むしろ――その方が都合がいい。相方に、養子に、後輩に、マネージャーに、話したい内容ではない。
だけど三十年を生きる中で蓄積された心の澱は、何かに出力して誰かと共有してから仕舞っておきたい瞬間が必ず来る。
ヤンとロイエンタールは、同じ年に生まれた。その共通項から糸を辿るように、互いに通じ合うものを浮かび上がらせてはよくわからない安堵を共有する。そして宇宙で誰も知らないであろうこの関係に、ある種のスリルすら感じるようになった。
この数ヶ月で、ヤンは本来苦手であるはずの文字入力を、ずいぶん長めに返すようになった。ロイエンタールはヤンからもらったメッセージスタンプを、たまに使うようになった。でもそれはお互いの会話の時だけだ。秘密としては価値の高くない事実だけが、チャットアプリと履歴のバックアップに蓄積される。
今日のこの場も、ヤンからの誘いだった。この文字だけのやりとりという関係から遂に発展をするのか……ロイエンタールは半日考えた末に承諾し、そうして今ここにいる。もしかして、絶交を言い渡すためにわざわざ帝国方面の仕事を入れたのかとも思いながら。なら、ただ前のように『他人』へと関係がダウングレードするだけだ。
ロイエンタールが改めて本人を見た印象としては、本当に普通の、やや童顔寄りの男。
そしてヤンなら見たロイエンタールは、テレビより雑誌より、広告よりも綺麗な顔をしていると感じた。
「絶交を言い渡されるとでも思ったかな」
「……なっ」
「生憎、ただのチャット仲間に直接会って別れ話をするほど私も暇ではないよ。それは貴方もだろう」
「確かに、酒どころではないな」
「そういうこと。三十を過ぎてしまった独り身同士のくだらない身の上話とかは、ここで酒の肴にしてしまおうじゃないか。」
マティーニとプレリュードフィズのグラスが音を立てて、明日になれば忘れているような会話を訥々と始める。仕事仲間とも違う存在と飲む酒は、いつもと何か違う味がした。
――自分たちはもしかしたら友人になったのかもしれない。
バーの壁にある振り子時計が秒針を刻む。彼らの非日常をとらえながら、いつもと同じ動きを繰り返す。