reversal story シティ7の住居区に完全無法地帯のアクショと呼ばれる区画がある。そこにある廃墟のようなアパートにピンク色のロングヘアーの女性がベースを担いでその髪を高い位置で束ね、ビスチェとスキニーパンツスタイルで佇んでいた。今まさに気合いを入れて中に入ろうとしている。彼女の名前はミレーヌ・ジーナス。
こんなところで本当に誰か居るのかと、恐る恐る足を進める。中も相当のオンボロ具合だ。すると階段を登りかけたところで一人の少年と出会った。ギターを持っている。背格好は成人女性のミレーヌと同じか少し低いくらいか。紫色のタンクトップを着た、栗色の髪の毛が逆立っているのが特徴だ。
「ねえ、ファイアーボンバーのメンバー面接会場ってここでいいのかな? キミ、知ってる?」
声をかけられた少年はミレーヌの方にゆっくりと視線を向ける。
「オネーサン、受けに来たの? 何? ベース?」
「うん。そうなの。あとボーカルも募集中って張り紙があって」
「オネーサン、いくつ?」
「えっ……21だけど」
ミレーヌが質問してるのにも関わらず、この少年はお構い無しに聞いてくる。思わず答えてしまったが、なんだか雲行きがあやしいとミレーヌは感じた。
「見た目より結構、歳とってんだな」
「ちょっ そういうキミはいくつなのよ」
「14」
ミレーヌは額に手を当てて、フゥとため息をついた。声をかけた相手を間違えてしまったと後悔している。
「あのねえ……年上にはそれなりの敬意を払っ」
「おっ、なんだこの生きもの」
「ちょっと。話しを聞きなさいよ」
その少年はミレーヌの肩に乗っている銀河毛長ネズミという種族の生物を指した。ミレーヌとは幼い頃からずっと一緒にいる。大親友というか分身のようなものだ。
指で軽くつつかれるとキィと鳴き声を発する。
「コラ! グババをいじめないで!」
「いじめてねーじゃん。可愛いがってんだろ」
少年は優しく撫でると、グババは笑顔になり撫でられたところからウットリし始めた。どうやら気にいったようだ。
「キィ! キィ」
「もう〜〜、丁寧に扱ってよね」
「分かってるっての」
グババは少年の手のひらに乗った。あまり他人の方に行かないのに珍しいとミレーヌは驚く。じゃれ合いながら、少年とグババはその奥にある部屋へと入っていった。ミレーヌは置いてかれたと思って慌てて後を着いていく。
「レイ〜〜、面接希望だぜ」
少年に手招きされたので少し緊張しながらも、ミレーヌはその奥の部屋へと足を踏み入れた。その中には男性と女性の合わせて二人がいてミレーヌはファイアーボンバーのメンバーと認識する。髭の生えたダンディな男性と大柄な女性。女性はゼントラーディ人のようにみえる。
「バサラか。お前の紹介か」
「そこで会ったんだよ」
バサラと呼ばれた少年はそのまま部屋にあるソファにグババと一緒に腰掛ける。メンバーの家族か何か、なのだろうとミレーヌは思う。
そしてすぐ様、試験は始まるようだ。
「ミ、ミレーヌ・ジーナスです。よろしくお願いします」
「レイ・ラブロックです。リーダーやってます。こっちは、ドラムのビヒーダ。じゃ、早速ですが弾いて貰えますか」
ミレーヌはベースを弾き始める。こうみえてもかなり弾きこんできてる。ファイアーの曲も何曲か聞かせて貰ってるし、メンバーになるために努力はしてきたつもりでいる。
どうしても受かりたい気持ちがミレーヌにはあった。ベースを弾きながら声も出して歌い始める。
するとソファーに座っていたバサラはギターをかき鳴らしてミレーヌのベースと一緒に弾き始めた。レイは一瞬、ビックリした表情をしたが、素早くビヒーダに目配せをしてミレーヌとバサラの音に続けて演奏を重ね合わせた。
事前にファイアーボンバーの曲を弾くことを決めておいて良かったとミレーヌは心底思う。これは凄い手応えを感じるし、何よりハーモーニーが合わさって息がピッタリだと感じた。
凄くやりやすい。心が踊る。そんな感覚を味わった。
「どう……でした、か?」
曲を演奏し終えたミレーヌは恐る恐る評価を聞く。レイに向けて問いかけたが、レイは横にいるバサラにそのまま問いを投げかけた。
「どうだ? バサラ」
先程の少年、バサラはギターを置くと、
「ま、いいんじゃね」
と、得意気に答える。ミレーヌは薄々勘づいてはいたが、この14歳の少年もバンドのメンバーなのかと驚きを隠せないでいた。
「もしかして、キミ……」
「ん? 何、オネーサン。ギター&ボーカルは俺だよ。熱気バサラ。よろしくな、ミレーヌ」
「ちょっ、ちょっと! 呼び捨てにしないでよ」
「なんだよ、いいだろ。別に」
「おっ 早速、仲良くなったのか」
レイはミレーヌとバサラの掛け合いを見て生暖かく微笑んだ。どうやら嬉しいらしい。
「な、仲良くって……」
正直、ミレーヌは少し不安になってきた。バンド募集しているファイアーに入らないとこの先どうやって暮らしていこうかを悩んでいるからだ。
「なんだよ? 不満なのか。そんなの俺の歌を聞けば吹っ飛ぶぜ」
バサラは思いっきり歌い出す。先程のセッションでは歌は歌って無かったので確信が持てなかったがこれはファイアーボンバーの歌声だった。ラジオで聞いた曲。まだ本格始動はしてないからメディアには姿を見せて無かったので、どんな人達なのか知らなかったミレーヌはそこも不安だった。
でもこうしてメンバーに会うことが出来て生歌も聞けてミレーヌは不安が一気に吹っ飛んだようだ。ずっと会いたいと思っていたバサラの生歌を間近で聞けて、目頭が熱く込み上げてくる。凄い声量だ。
「凄い……」
ミレーヌは呟く。目の前の歌い手が少年とか自分より年下だったとか、そんなのはもう関係なくなってるし感動で舞い上がっている。嬉しくてバサラの手も握る。
「凄いよ! バサラ」
「お、おう……」
バサラはミレーヌが思った以上に素直に褒めてくるので少し調子を狂わせた。ここでありがとうとか言えればいいのだが、そこはまだ若いからか、手も握られてるし、どう反応していいのか照れてしまって何も言えなくなっていたようだ。
そしてそういう所だけ、ミレーヌに察知された。
「全く素直じゃないんだぁ。やっぱり、まだまだコドモだよね」
「なんだよ、ガキ扱いすんなっての」
「褒めてるのよ? だって凄い良い声だった。あたし、アナタの歌を聞いてメンバーに入りたいって思ったのよ」
すうっと息を吸ってミレーヌは歌いだす。最初に歌った曲。バサラも歌った曲。一緒に歌えたらどんなにいいかって思ってた曲だった。ミレーヌはバサラの手をもっと自分に引き寄せて、一緒に歌うことを希望すた。バサラもミレーヌの意図を咄嗟に汲み取って、直ぐに声を出し始める。二人の歌のハーモーニーが混ざりあって、この部屋の空間は甘い果実の如く歌声で溶け込んでいくように響き渡っている。
ツインボーカルを募集していたとはいえ、中々合う人は見つからないでいた。ベースだけでもとは思っていたが、まさか、ベースもボーカルも、しかもあのバサラと息ぴったりな相手か現れるとはリーダーのレイもびっくりしている。
これは凄いことになるぞ。とレイは密かに野望を巡らせていた。
「では、これからよろしく。ミレーヌ」
「はい。レイさん、ビヒーダさん、バサラ」
「ハハッ。さん付けは要らないよ。なあ、ビヒーダ」
レイはビヒーダに向かって声をかけるとドラムのスティックで返事をするように鳴らした。どうやら歓迎してくれてるようだ。
「なんで俺は呼び捨てなんだよ」
「アンタが先に呼び捨てたんじゃない」
バサラから抗議があったがミレーヌはもう慣れた様子であしらって、そのままレイに、もうひとつの重要な項目のお伺いを立てる。
「あの……それと、住み込みOKとも書いてあったんですけど」
「ん? ああ、住まい探してるのか。うーん。アクショのアパートならどこでも部屋あるから書いておいたんだが、女の子だからなぁ」
「オネーサン、何? 家出?」
バサラが話に割って入ってくる。
「オトナには事情があるの!」
「行くとこないならここに住めばいいじゃん。レイも言ってるけど部屋ならたくさんあるぜ」
「え……ここ?」
確かに家を飛び出してきた。今まで親の言う通りにして生きてきたが、どうしても聞けない事情が出来たからだ。一人で暮らしていくのは大変なことだと分かってはいるつもりだ。ここで選り好みしてる訳にもいかないと理解してるはずなのに今ひとつ勇気を出せないでいる。
「グババも気にいったってよ」
「キィ! キィ!」
バサラの肩の上からミレーヌへと飛び移ってきたグババはミレーヌの頬に擦り寄る。
グババのお目目もクリクリでここに住むことを希望しているのが分かる。
「グババ……ほんとに?」
「キュ!」
ニコニコのグババにミレーヌは自分が何のために出てきたのか、何をしたかったのを今一度思い起こすことが出来た。迷ってなんかいられない。ミレーヌはグババに感謝した。
「俺もレイも居るし、どこ使ったってかまわないしな。レイもそうだろ?」
「まあ、俺は一向に構わんが」
レイからも了承を得たし、ミレーヌは覚悟を決めた。
「……分かったわよ。その代わり、へんなことしないでよね」
半ば冗談交じりで、ミレーヌはこう返事をした。ここに住んでいいとすんなり自分を迎えいれてくれて嬉しいという照れ隠しもあったと思う。バサラもレイも凄く良い人達だということも分かってるからこそだったのだが……。
「ふーん?」
今のミレーヌの言葉に引っかかりを感じたのか気分を害してしまったのか、バサラが意味深な返事を返す。ミレーヌはしまったと思ったが、謝る隙を与えられず、先程と変わって意地悪い笑みをバサラは浮かべていた。
「な、なによ」
ミレーヌの顔を覗き込むように近づいてきたバサラに思わず後退ってしまうが、あまり怯むのもなんだか釈然としないミレーヌは気を取り戻して目の前にいるバサラを真っ直ぐに見遣った。お互い目線は同じくらいで凄く近い。
その瞬間、唇と唇が触れた。
バサラの唇がミレーヌの唇そっとキスをしたのである。
ミレーヌは今、何が起こったのか理解出来ず硬直してしまった。
そんな状態はお構い無しにスっと顔を離したバサラは満足そうな表情で、もう一度改めてミレーヌに向けて挨拶をしてきた。
「よろしくな、ミレーヌ」
ペロッと舌を出したバサラはわざと自分の唇を舐めてミレーヌに艶かしい仕草をする。その様子を見てハッと硬直から解除されたミレーヌは瞬時に自分の今の状況を理解した。認めたくない事実を突きつけられて、思わず奇声を上げてしまう。
「あた、あたし……、あたしのファーストキス‼」
これにはバサラもびっくり。
「え? オネーサン、21でしょ。まじかよ」
まさかまさかの今まで大事にしてきた、キス。いつか好きになる人とするのだろうと夢を見てきたミレーヌは7歳も年下の男の子にこんな簡単に奪われるなんて信じられないし、信じたくない。夢なら覚めて欲しいと懇願するが、どうやら間違いのない現実のようだ。ワナワナと握りこぶしを作って震わせている。
本当にどうしてくれようか。
ミレーヌは後先なんて考えられずに心のおもむくままに爆発した。
「こん……の、クソガキぃ〜〜‼」
「おー……怖っ」
「返してよっ あたしのっ」
こうして今後、名物になるであろう二人の喧嘩はしばらく続いたのだった。
いきなりキスをされるというハプニングもあったが、見事にファイアーボンバーのメンバーとなったミレーヌ。そして、レイとこの7歳年下の生意気ボーカリストの熱気バサラと、アクショのアパートに一緒に住み込むことになってしまって、一体この先どうなってしまうのだろうかとミレーヌは早々に頭を抱える。一度決めたことを覆すのはプライドもありしたくない。やんちゃバサラとひとつ屋根の下になって何もないなんて考えられなかった。
でもふと、初めてのキスはちょぴり柔らかかった……なんて……。それを思い出して頬を赤らめてしまい、慌ててミレーヌは思考をストップさせる。不覚にもときめいてしまったとか絶対にバレたくないのだった。
「絶対に絶対に! 次はこんなことにならないんだから。覚えてなさいよ、バサラの馬鹿っ」
つづく。