手料理 隣で眠る恋人を起こさないように、そっとベッドから抜け出す。顔を覗くと、恋人は健やかな寝息を立てて気持ち良さそうに眠っていた。今日はお互い休みだからと昨日は大変盛り上がってしまったので、起きるまではまだ時間がかかるだろう。剥き出しの肩にそっと布団をかけ直し、まろい頬をひと撫でしてからキッチンへ向かった。
『このベッドで朝飯食うってやつ。向こうで本当にやってんのかな。』
『"breaksfast in bed"か。日常的な習慣じゃなくて、ちょっとした記念日なんかにやるらしいな。』
『ヘェ、流石。』
『興味あんのか。』
『いや、オレ歯磨いてから食いたいし。でも朝起きた瞬間から今日はちょっと特別なんだって分かるの、なんか良いなって思って。』
頭の中で、映画を観ながら2人で交わした昨夜の会話を反芻させる。最近作るのは恋人に任せきりだったので、手料理を振る舞うのは久々だ。もう少し自分も作らねばと反省しつつ、やるかと腕捲りをして鍋を手に取った。
酢と塩を入れて沸騰させた湯に卵を落とし、ぐるぐるとかき回す。そのまま4分ほど待てばポーチドエッグの出来上がり。トマトを輪切りにして千切ったレタスの上へ置いた時、トースターからチンという音が鳴った。取り出したマフィンからは香ばしい香りともに湯気が立っている。トレイの上に出来上がった料理たちを乗せて、最後にコーヒーとオレンジジュースを添えれば"breaksfast in bed"の定番メニューの完成だ。そこで少し考えて、ため息をひとつ吐いた後に冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
『朝イチで飲むビール、背徳感あるせいかめっちゃ美味い。』
と、以前に恋人が宣ったのを思い出したからだ。いつもなら止めるところだけれど、今日はちょっと特別な日ということで。
時計を見ると10時を過ぎたところだった。頃合いだろうとトレイを持って、まだ恋人が眠っている寝室へ向かう。
今日は記念日でもなんでもない。強いていえば、久しぶりに二人で一緒にゆっくり過ごせる、ただそれだけ。それだけのことが、こんなにも嬉しくて幸せだと思えてしまって、自分は恋人に出会って作り替えられたのだと痛感させられる。
起きた瞬間から今日はちょっと特別だと分かった時、愛しの恋人はどんな顔をするのだろうか。トレイを片手に寝室のドアをそっと開けた。
2人の、少し特別でなんでもない1日が始まろうとしていた。