snbn② Alban side*
───数ヵ月後。
彼は周りからどんな視線で見られいるか、全くもって気づいていない。
憧憬、恍惚、劣情、恋慕...
どれだけ想っていても、彼には届かず、水と油のように弾かれてしまう。
「ブリスコーさん...」
彼の後ろ姿を遠目に眺め、アルバーンはポツリと呟く。
どこで生まれたかも知れない生い立ちのアルバーンは、行く当てもなくこの町で盗みを働き、ただ闇雲に生きていた。
ついこの間まで小汚い野良猫だったのだが、数カ月前、ひょんなことから恋の蕾を咲かせてしまったのだ。
自分はきっと、どんなに恍惚な眼差しを贈ろうとも見向きもされない大勢の道行く人よりも、『可能性』なんてあったものではない。
彼を想うことすら僕にとってはおこがましく、罪のように感じる。
そんな劣等感にさいなまれつつ、暇さえあれば彼の行動を尾行し、目で追い、惚けてしまう。
彼、サニー・ブリスコーさんは、この町の安全を守る立派な特殊警察官だ。
何か事件があれば真っ先に彼の部隊が出動するし、普段は暇さえあれば町のパトロールに勤しんでいる真面目な人。
態度は冷たく、いつも淡々としているが、太陽のように眩しい金色の髪に、桔梗のように美しく青紫に揺れる瞳。
180センチもある身長と、それに見合った逞しい身体...それはそれは申し分なく誰もが振り返ってしまう身なりをしている。
どういう訳か、僕の生い立ちを知り、お節介にも衣食住を与えてくれたファルガーと浮奇が、『悪さをしなければ好きにしていい』というものだから、今日も好きなように行動しているが、彼への想いを募らせるばかり。
「おばぁさん。今日はいい天気だね、調子はどう?」
遠く離れていても耳に心地よく届く甘い声。
あ、まただ...またあのパン屋の店主に話しかけてる...
アルバーンは気まずそうに、先程よりも身を縮こませて様子を覗う。
「あら、いらっしゃい。坊やの大好きなパンならさっき焼けたところよ」
そう言うと、サニーは普段のクールな彼からは想像できないほど目を輝かせて、この店自慢の『ねぎ胡椒パン』を手に取り、楽しそうに世間話をしながらコミュニケーションを取っていた。
ねぎ胡椒パンは、パン生地にネギと白煎り胡麻を練りこみ、仕上げにごま油でたっぷりコーティングしてふんわり焼き上げたものだ。
地元ではささやかではあるが名が知られたこのパン屋は、こじんまりとした静かな店内で、店主のおばあさんと、パン職人であるおじいさんの二人でお店を切り盛りしている。
「ん、ありがとうございます。」
「こちらこそ、いつもありがとうね。」
「ううん。何か困ったことがあれば、いつでも俺を呼んでね」
どっさりとパンが入った包み袋を受け取ると、普段であれば見せないような眩しい笑顔を浮かべて、その場を去った。
アルバーンは、ここが彼の行きつけのパン屋であり、店主とも仲が良いことは、彼を追いかけてからさほど日を置かずに知れた。
しかし、パン屋を去った彼を追いかける気力はなく、その場に俯いて自分の足元をジッと見つめることしかできなくなっていた。
───無理もない。
その店はかつて、眠る場所も、生きる術も、全てが『盗む』ことでしか得られず、足掻きもがいていた頃に〝巡回ルート〟として世話になっていた場所の一つだったから。
老夫婦が営む、さほど人も通らない路地裏の店。
盗みを働くには好都合の条件で、一体いくら店に損害を与えた事か...
生きるため仕方がなかった、と割り切っていても、
一目惚れした相手が守る町、
一目惚れした相手が目をかけている店、
一目惚れした相手の目に、自分のしてきた過ちがどう映るのか。
恐怖で目がくらむ。
いったい、何をすれば許されるんだろう。
僕は...いったいどうしたら、彼の心を盗めるんだろう。
彼の心さえ奪えれば、どんなに楽なことか。
恋が盲目であることを、彼のせいで知ったアルバーンは、彼の心を奪えたなら、自分の暗闇な過去を塗り替えてしまえるだろうと思考を巡らせた。
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