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    H_kSarahgi_Q

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    H_kSarahgi_Q

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    刀剣乱舞の小説、一度は書いてみたくてね。こういう感じっつーかこういう設定のやつ。まだ文章として全然整ってないけど見てくれ。

    取り残された亡霊たちへそれが発覚したのは夏休みがまもなく始まるというときだった。単位の取得や卒論、更には運よく就活も早くに終えてしまい、学生最後の夏休みを使って海外へ短期のホームステイに出ようと計画をし、そのために必死にバイトも頑張った。目標金額も貯まり、プログラムに申し込み、さてあとはパスポートを…というとき。

    「貴方の戸籍は抹消されています」
    「えっ」

    役所の窓口で淡々と事務的に言われたそれ。
    とは言え、その現象自体は実は珍しいことではない。うっすらと社会問題になってはいるその現象は、『歴史修正主義者』が『歴史改変』を行ったために起きる現象とされている。では、教科書に載っているような歴史、例えば徳川家康は『関ヶ原の戦いで石田三成に勝ち、江戸幕府を開き、征夷大将軍に任ぜられた』という歴史が改変されたのか。
    そういうわけではない。
    大きな流れとしての歴史は改変されていない…否、歴史の守護者である存在が守っているというのだが、その過程で本来の『歴史』ならば死ななかったはずの名もなき人が犠牲になったため、その子孫にあたる現代の人の戸籍が、改変されてしまった歴史に従って抹消されてしまう、つまり『存在しないことになった』という現象が起きていることは意外と知られている。
    とは言え、それがまさか自分の身に降りかかるとは誰もが思わないことだ。罹るはずがない難病に罹ってしまうようなもの。

    「マジか……」

    海外へのホームステイは露と消えた。

    更には決まっていた就職先からも『戸籍のない人間は雇えない』と内定取り消しを食らった。
    大学は卒業できたけれど、これも温情からというよりは厄介払いに近かったのだろうと思う。戸籍のない人間を退学処分にする手間も卒業させる手間も同じ。それに相変わらずの少子高齢化。戸籍が抹消された学生も立派に卒業しましたよ、という安心の実績があれば多少なりとも学生は集まってくる。学校経営だって金がかかるのだからそれを集めなければならないし、そこは理解できる。

    さて、戸籍の消えた彼女は大学を卒業したあとどうなっているのか。

    彼女は今、歴史の守護者たちのいる異次元空間を飛び回る仕事をしている。というより、これくらいしか就ける仕事がなかった。政府からの救済措置だ。
    世間と比較すると給料はよくないが、こうして日頃からあちこちを渡り歩いているので別に維持しなければならない自宅が必要なわけでもない。必要な衣類は持ち歩いている鞄に入れて、立ち寄る宿などで自分で洗濯をする。金を使う場面と言えばこうして食事をするときくらいなものなので、これで十分だし、仕事を貰えただけでもありがたい話だ。運がよかったのだろう。
    「次の現場は……と」
    貸与されている端末を弄る彼女のいで立ちは黒のパンツスーツにローファー。『仕事現場』はいつだって未舗装の道。ヒールでなど歩き回れるものではない。今履いているこのローファーも随分くたびれてきてしまったけれど、くたびれたことによって皮が柔らかかくなり非常に足が楽なので買い替える気にならないのだ。

    現代時空ではごくありふれた服装だけれど、この特殊時空では少々目立つ。今も行きかう人々の視線が少々痛いけれど、これももう慣れたし、…彼らも自分と同じ。行き場所をなくして、ブローカー経由でこの時空に入り込んできて生きる人たちだ。敵視などできるわけがない。彼らは自分と違い、政府に救ってもらえなかった人たち。現代時空とは流れる時間の速さの違うこの時空にしか生きる場所がないのだ。
    生きることもできなければ、死ぬこともできない、亡霊のような自分たちには、現代時空に居場所はない。
    「ご馳走様でした。お代、ここに置いておきます」
    空になったどんぶりの傍らに代金を置いて暖簾をくぐって店を出た。



    「第三七九五鳥居、ここか」
    指示された鳥居の前に立つ。この先に目指す『本丸』がある。番号からするとかなり初期からある本丸のようだ。
    本丸、とは、歴史の守護者たち、刀剣男士たちにとっての城のようなもので、彼らはそこを拠点に歴史修正主義者と戦っている。刀剣男士とは日本の歴史において名だたる刀たちの付喪神だ。そして彼らを率いるのは『審神者』。審神者とは、眠っている『物』の心を励起する技を持つ者のことで、やはり歴史改変によって戸籍が抹消された者たちが多い。その審神者によって人の身を得た刀剣男士たちは、歴史を改変しようと企む歴史修正主義者が各時代へと送り込む時間遡行軍と戦い、『正しい歴史』を守っている。

    公に存在を証明する戸籍がない者たちをこうして異次元空間に閉じ込めて歴史修正主義者と戦わせる。
    まったく政府は都合のいい技術を生み出したものだ。


    鳥居に向かって一歩踏み出すと、ヴン、と空気が揺らいだのがわかる。耳が一瞬詰まったような気配がするけれど、これももう慣れた。特殊時空にある万事屋街から更に繋がる別の特殊時空、その時空の歴史修正主義者たちに居場所を気取られぬよう、審神者によって張られた結界だ。
    その結界を越えると、そこには先ほどまではなかった大きな武家屋敷のような建物が出現した。なるほど、これがこの本丸か。これまで回ってきた本丸には天守閣のあるところが多かったのだが、ここは派手さのない落ち着いた佇まいの本丸だ。
    表門をくぐり、玄関に立つ。
    「ごめんください」
    臆することもなく、少し大きめの声でそう声をかける。しばらくすると、パタパタと足音が聞こえてきて、二人の見た目には少年がやってきた。よく似た顔と切り揃えられた髪がとても印象的で、良家のお坊ちゃんといった雰囲気だ。
    「はい、どちら様でしょうか」
    「政府から派遣されて参りました」
    そう言うと、二人は表情を凍らせた。何故政府からの遣いがやってきたのか、心当たりがあるのだろう。
    「……こちらの本丸の初期刀である歌仙兼定、近侍である三日月宗近、留守居役として政府に届けのあった鶯丸、以上三振りへのお目通りを願います」
    怒るでも責めるでもなくただ淡々と。
    それが彼女の仕事だ。


    通された畳敷の部屋からは手入れの行き届いた綺麗な庭がよく見えた。
    短刀たちが走り回って遊んでいそうなところだが、生憎そうした様子は見えない。いや、もしかしたら自分が来訪するより前はその光景があったのかもしれない。だとしたら申し訳ないことをしたものだ。縁側に出て静かな庭を眺める。
    本丸を静かにさせる存在。それが自分。
    「お待たせした」
    「いやあ、着替えに手間取ってしまってな、あいすまぬ」
    「なんだ、茶も出していなかったのか。すまない、すぐに旨い茶を淹れてこよう」
    三者三様の挨拶に、彼女は
    「お気になさらず。お茶もお気持ちだけいただきましょう」
    と言って返した。相対して座ると、三振りとも少し表情が厳しくなった。
    「……何故、私がここに来たかはおわかりですね?」
    「ああ、この本丸の主たる審神者が不在だからだろう」


    これが彼女の仕事だった。
    何らかの事情によって審神者が不在となった本丸の対処をすること。
    審神者が不在となる事情は様々だ。審神者としての職務の放棄であったり、審神者としての霊力が衰えたことによる引退、また死没したり、中には精神を病んですべての刀剣男士を自ら折り、本丸の機能を破壊する審神者もいたりする。そうした本丸の後始末が彼女の主な仕事であり、これまで何度も審神者に見捨てられてしまった刀剣男士たちと本丸の処分を行ってきた。彼らは刀の付喪神だ。付喪神は荒ぶれば禍をもたらし、和ぎれば幸をもたらすとされるものだ。そして『神』はそれを信仰する『人』がいなければその存在はないも同然。
    神も人も、誰にも見向きされないのは、哀しい。
    その哀しみが禍の化してしまう前、つまり、主たる審神者がいなくなることで制御できなくなり、政府や人の子に対して害悪となる前に、主を失った彼らを処分しなければならないのだ。
    とは言え、彼女自身、そのことについては烏滸がましいと思っている。歴史修正主義者の正体はよくわからないが、それと戦って欲しいと人に乞われてその願いを受け入れてくれたのに、こちらの勝手で元にお戻りください、とは何とも虫がよすぎるではないか。

    それはさておき、現在、この本丸の審神者は留守をしている。それは政府に対して正式に届けがあって認められているもので、その理由は病気の療養。なので今回彼女はこの本丸の処分をしにきたわけではない。
    「では、そなたが俺たちの『監督者』か」
    少し細められた三日月宗近の目が彼女を見据える。
    「話が早くて助かりますが、事前にどなたかからお聞き及びでしたか?」
    「ああ、現世に療養に出る前夜、主が俺たちを全員集めて話してくれたからな。…規則により、自分が留守の間は政府から監督者が派遣されてくるが、決して失礼のないように、とな」
    そう言って鶯丸は口元に小さく笑みを浮かべた。
    「そうですか、それは助かりました。…今回私が行うのはこの本丸の霊力の維持と歴史干渉が起きた際に部隊を派遣する時空転移の許可程度ですから、監督者というよりは一時凌ぎ役という方が正しいでしょう。慣れた頃には、私はこの本丸を出ることになると思いますが、…何卒よろしくお頼み申します」
    こうして、彼女の第三七九五番本丸での仕事が始まった。


    三振りは本丸に集うすべての刀剣男士を大広間に集めた。全部で九十七振り。今日は遠征や出陣をしている者はなく、すべての刀剣男士が揃っている。一部は入りきらずに廊下にも並んだ。
    「さ、監督者殿」
    三日月宗近に広間の上段へと促されたが、彼女はそれには従わず、下段に座った。上段に座すべきは自分ではないとわかっている。それを見た三日月は少し驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻り、彼女のすぐ隣に座した。
    「知っての通り、我らが主は病のために現世に一時戻られて養生しておられる。その主が留守の間、この本丸を維持するために来られた監督者殿だ。主が仰られていた通り、皆、くれぐれも粗相のないように」
    留守居役を任されている鶯丸がそう言うと、一同は頭を下げた。どこの本丸の鶯丸も細かいことは気にするな、と言うものなのだが、この本丸の鶯丸はそうでもないのだろうか。
    「短い間とは思いますが、皆々様、何卒よろしくお頼み申します」
    彼女、否、ここからは『監督者』と呼ぶことにする。監督者がそう挨拶をして一礼をして顔を上げる。

    ああ、視線が様々だ。

    好意的なもの、興味津々のもの、そして敵意のあるもの。

    まあそんな敵意向けなさんな、あんたたちの主が戻るまでの間のことだし、私も長居をするつもりはないからさ、ちょっとの間だけ我慢してよ。

    そう思ったけれど、監督者はそれを口にはしなかった。
    これは仕事だ。規則に従い、この本丸を維持するだけ。そこには何の感情もない。


    政府からの使者をそのようなところにはと言われたが、監督者は『ここがいい』と四畳ほどしかない板敷の布団部屋のようなところを一時的な居室として所望した。狭い方が落ち着くのだ、と。
    「しかしいくらなんでも政府の御使者、しかも女性を四畳しかない布団部屋にというのは」
    「横になれるだけの広さがあればそれで充分ですので。あと、私の分の食事は不要です」
    「えっ」
    「それが規則なので。こちらのご扶持であったり畑などで収穫した野菜はこの本丸の方々の食糧であって私がいただくべきものではありません。私のことはどうぞお構いなく」
    そう言うと監督者は布団部屋の襖を閉めてしまった。


    「そういうわけだから、彼女の分の食事は不要だ」
    少し、否、かなり不機嫌そうな顔をしながら歌仙兼定は大根の皮を手際よく剥いていく。
    「どうやら、監督者殿は少々風変りな女性のようだね」
    同じく、手際よく野菜を刻んでいる燭台切光忠は少し困ったように笑った。
    「うーん、遠慮してるんじゃないのかなあ?確かに監督者さんの言う通り、どの本丸も食糧は現物支給されてるもんじゃなくて自分たちでなんとかしてるもんだし」
    燭台切の隣では太鼓鐘貞宗が米を研いでいる。政府から食糧の支給はない。代わりに審神者の給与と諸経費が支給されていて、各本丸はそれでやりくりをしている。肉や魚は万事屋で購入するけれど、米や野菜は本丸内の田畑で自分たちで育てたものを食べている。この本丸には現在九十七振りの刀剣男士がいて大所帯だが、幸いにも昨秋に収穫した米は豊作。今年一年は十分に食っていけるほどの蓄えがあるし、野菜などの作物も季節ごとに旬の野菜がよく収穫できるので、保存が効く根菜などは食糧庫に保存してある。
    「そうだったとしてももっと言い方があるだろう。まったく風流じゃない」
    可愛げがないよ、と歌仙兼定は憤慨している。
    「まあまあ。何を言っても政府のお役人だからね。そういうものなんだろうと思うよ。主もよく仰っているじゃないか」
    刻んだ野菜を大きなフライパンに入れる。政府の役人というのは面白味もなければ融通も利かない、ただ規則に従うだけの絡繰人形のようなものだ、とそう言っては審神者は笑っていた。
    「歌仙くん、……三日月さんは、そのことについて何か言っていた?」
    「本人がそれを望むのであればそれでよい、と」
    「そう。三日月さんがそう言うなら僕らは従うしかないね。主が定められた掟ではあるけれど、彼女には適用されないだろうし」
    「まあ、…そうなんだが」
    その場の空気がふと重くなる。

    「…俺たちにできることはない」
    そう声がした方に歌仙兼定が視線を落とした。その場にしゃがんだ大倶利伽羅は芋の皮を剥いている。その大倶利伽羅に歌仙兼定が何か言い返そうとしたが、それより先に燭台切光忠が口を開いた。
    「そうだね。三日月さんのことは、小狐丸さんや他の三条派に任せておけば大丈夫さ。僕らは僕らの役目をこなそう。人の身体は何かを食べなければ持たないんだ。健康でいられなくなってしまう。…厨番である僕らが、この本丸のみんなの健康を守らなきゃ」
    燭台切はコンロに火をつけた。


    日が落ちて月が姿を見せた頃、半鐘の音で夕食ができたことを本丸の皆が知る。
    「あれ…?」
    「どうした、乱」
    乱藤四郎が食堂を見渡して首を傾げている。
    「監督者さんがいないなあと思って」
    「そういえば、姿がないな」
    厚藤四郎も食堂を見渡す。
    「ボク、監督者さんと一緒に晩御飯食べようと思ってたんだけどな…。あっ、もしかして、半鐘が鳴ったらご飯だよっていうの知らなくて、ご飯の時間だって気が付いてないのかな」
    「あり得る!乱、呼びにいってやろうぜ!」
    「うん!」
    立ち上がりかけた二振りを彼らの長兄である一期一振が引き留めた。
    「監督者殿は、我々と食事はなさらないそうだ」
    それを聞くと、乱藤四郎と厚藤四郎は驚いた顔をする。
    「えっ、どうして?」
    「さあ、その理由は私にもわからんが」
    何故でしょう?お腹はすかないのでしょうか?と藤四郎の短刀たちが長兄を質問攻めにする。

    「それが規則なんだそうだ」
    相変わらず不機嫌そうな歌仙兼定が野菜の煮物が山盛りに盛られた大皿を彼らの前に置く。
    「規則?規則って政府の規則?」
    「さあね、詳しいことは僕も聞いていないし聞く気もないから聞かなかったが、……おかげで、主が定められたこの本丸の掟が破られてしまった」
    この本丸の掟。それは、出陣などがなく本丸にいる者たちは皆で揃って食事をすること。
    「じゃあ、監督者さんはどこでご飯を食べるの?」
    「万事屋街に食べに出ると言っていたから問題ないよ。……冷めないうちにお上がり」
    歌仙は次の大皿を取りに厨に戻っていった。
    それを見送った乱や厚たちは何とも言えない表情で顔を見合わせた。

    深夜、万事屋街で定食を食べてついでに銭湯で風呂も済ませてきた監督者は三七九五本丸の布団部屋に戻ってきた。
    寝巻がわりの浴衣に着替えて帯を締める。浴衣はいい。一枚で済ませられるから洗濯ものも削減できる。先ほど万事屋街に出たとき、コインランドリーを見つけた。初めて見つけたけれどこれは有難い。おそらく自分のように出張に出ている政府の職員たち向けなのだろう。今までは立ち寄る本丸の洗濯機や物干し場を借りていたものだが、これでそれをしなくて済む。食事に出るときに立ち寄って洗濯物を放り、食べて銭湯に寄った帰りがけには終わっているだろう。明日早速利用しよう。
    畳まれたままの布団に寄りかかり、端末の電源を入れる。
    通知がいくつか来ている。そのうちの一つが『さっさと今日の報告書を出せ』というもの。
    「………」
    自分は監督者であり今回は審神者の代理としてこの本丸に赴任した。つまりこの本丸を預かっているのは審神者ではなく政府だ。その担当者である以上、報告義務があるのはわかる。
    「うわ……ダルいな…」
    だが作文は得意だ。適当に書いて出せばいいだろう。鞄からワイヤレスキーボードを取り出し端末とペアリングさせ、床に置いて入力を…と思ったが、少々暑い。障子を開けると、そこからは庭がよく見えた。池には月も映っている。
    心地いい風が入ってくる。監督者は障子を開けたまま壁に寄りかかり、膝に乗せたキーボードをパチパチと叩き始めた。
    「おぉ、本当に布団部屋にいるのか!政府の役人にもこんな狭いところを好むやつがいるとは驚きだな」
    頭のてっぺんから足先まで真っ白な刀剣男士がこちらを覗き込んできた。
    「…鶴丸国永」
    「俺を知っているとは光栄だな」
    「知っていますよ。これまでにも、貴方とは別の『鶴丸国永』を何振りも見ましたから」
    「ああ、そうか。そういうのがあんたの仕事だそうだな。三日月から聞いたよ」
    鶴丸国永はその場に座った。手にしていた銚子と猪口を二つ、傍らに置く。
    「私に何か御用でしょうか?」
    「つれないな、しばらく寝食を共にするんだ。少しくらいあんたと仲良くなりたいだけだよ。どうだ、一杯」
    顔は笑っているし言葉も悪い意味ではなく軽い。

    でもわかる。
    彼の奥底には、私に向けた敵意がある。
    お前にこの本丸を好きにはさせぬという、明確な敵意だ。
    薄い金の瞳に滲むその敵意に気付かぬほど、監督者は鈍感ではなかった。そして、それでいい、とも思った。

    「私は下戸ですので遠慮します。それと、私はただこの本丸を維持するために預かりにきただけであって乗っ取るようなつもりはありませんから、どうぞご安心ください」
    仕事が残っていますので、と言うと監督者は障子を閉めた。

    スゥ、と鶴丸国永の目が細くなる。
    「……本当につれない小娘だな」
    鶴丸国永は銚子と猪口を持つと、またどこかへと歩き去った。





    監督者がやってきてから数日が過ぎた。幸いにも管轄時間軸において時間遡行軍が動き出すことはなく、おかげで監督者とこの本丸の刀剣男士たちとのコミュニケーションはほとんどない。いや、正確に言えば、監督者側がそれを一方的に断っている、という状況か。粟田口の短刀たちは何かにつけて監督者と遊びたがったりしているようだが、監督者はそれを悉く断る。
    『すみませんが、仕事がありますので』
    と言って、四畳半に引きこもり、腹が減ったら財布と端末だけ持って万事屋街に出かけていくし、夜は洗濯物を持って銭湯に行き、月が中天に差し掛かる頃に本丸に戻ってくるのだ。
    「まったく、あやつは何をしにここへ来たのやら」
    「この本丸を維持しに、だろう」
    「あれならば監督者などおらぬも同然じゃ。居る意味がわからぬ」
    「致し方あるまい。我らは審神者の霊力がなくばこの肉の器を保つことはできぬ。主の代わりにあの者が我らの心を保ち肉の器を維持してくれているのだ。……今はあの者に生殺与奪の理を握られているも同然、何も言うことはできん」
    『まだやっておるのか』、と小狐丸が白く柔らかな髪をゆらゆらと揺らしながらこの審神者の執務室にやってきたのは四半刻ほど前のこと。なかなか居室に戻らない三日月を迎えに、わざわざ二階にある審神者の執務室にやってきたのだ。薄暗い燭台の灯りの中、三日月は審神者の執務机に向かっていた。
    「それはそうと、まだ終わらぬのか?いい加減眠たくなってきたぞ」
    「ははは、すまんな。先の出陣の際の報告書を提出できぬまま現世に療養に行くことを主がずっと気にしていたからな、代わりに俺がやるという約束をしたのだ。……だが主がいつも仕事をしているこの『ぱそこん』という箱は、俺には扱いが難しくてなあ」
    何度か審神者に教えてもらったことはあるのだが、審神者の発する用語の何一つも理解できなかった三日月には何もわからなかったのだという。
    「できもせぬことを引き受けるでないわ。困ったやつじゃな」
    小狐丸は三日月の頭をごく自然に慣れた手つきで抱き寄せた。藍色の髪を撫でる。三日月も抵抗するようなことはせず、ただされるがままになっていた。
    「主様のご病状はいかがなものなのかのう…」
    「さてな…。近侍であったのに、緊急の療養が必要なほど主の体調が悪化していたことに気付けなかった俺には知る権利はない」
    ふと三日月の顔から笑みが消えた。究極のマイペースと言われ、常に笑みを絶やさない三日月だが、今回の件では随分と責任を感じた。実際、へし切長谷部や巴形薙刀にはかなり責め立てられたし、皆の前で手をつき頭を下げて審神者の異変に気付けなかったことを詫び、近侍を下りるつもりであると伝えた。だが、主の体調の悪化にはこの本丸の誰もが気付けなかったし、審神者の留守の間、本丸をまとめる刀剣男士は誰かとなったとき、やはりそれは三日月宗近以外にはいないという結論になったのだ。それも固辞しようとした三日月だったが、審神者からも自分が留守の間の本丸を頼みたいと言われてしまったため、審神者が療養から戻るまでという期限を設けて引き受けることにした。
    「せめて、主が気にしていた報告書くらいは書き上げてやらねばな」
    「先日の二部隊同時出陣の件か」
    「ああ」
    パソコンを使うことができなかった三日月は手書きで報告書を書いているらしかった。流麗な文字がそこに並んでいるが、果たしてこの文字を政府の担当者は読むことができるのだろうか。
    「……あの監督者にやらせるわけにはいかぬのか?あの娘ならば、そのぱそこんも使えるだろう」
    「まあそうなんだが、……俺がやると主と約束をしたものだからな」
    小筆の先に墨をちょいちょいとつけてそれを報告書に滑らせていく。
    同じ三条派の中では、実は『末っ子』になる三日月宗近は意外と頑固なところがある、ということを知る刀剣男士は少ない。三条派の刀や、三条に近い鶴丸国永はそれを知っているが、比較的年若い打刀たちや短刀たちは知らないことだ。
    「日がなやっても終わらぬことをいつまでやるつもりだ?」
    「明日の夜明けまでには終わらせるさ」
    「つまり今宵はこの小狐丸に一人寝をせよと言うのじゃな?」
    「すまんな」
    ここまで言ってもダメということは何を言ってもダメである、ということを小狐丸はよくわかっている。小さくため息をついた。
    「致し方あるまい。今宵はお主に付き合うてやろうぞ」
    「徹夜は人の身にはよくないぞ」
    「一人寝をするよりずっとよい。肉の器より先に心が死んでしまうわ」
    「鶴のようなことを言うのだな、珍しいこともあるものだ」
    日頃、この時間は階下から酒盛りを楽しむ刀剣男士たちの賑やかな声が聞こえてくるのだが、もうそれも随分と聞こえてこない。酒好きの者たちは揃って『次に皆で酒を飲むときは、主の快気祝いだと決めたんだ』と言う。
    一体いつまでその禁酒が守られるかはわからないが、殊勝なことだと思う。
    「……静かな本丸というのは、やはり寂しいものだな」
    「………そうじゃな」
    小狐丸はもう一度三日月の藍の髪を撫でた。


    パン、と小さめの音がして執務室の襖が開いた。
    「三日月宗近、少々よろしいですか」
    不躾なそれに小狐丸が何か言いたげであったが、三日月がそれを制した。
    「これは監督者殿。いかがなされた?」
    「先日の出陣時の報告書がまだ上がってきていない、と政府の担当者から私に連絡が来ました。本来報告書の作成は審神者に課された職務ではありますが、この件について何かご存じではありませんか?」
    「ああ、それならば今書いているところだ」
    三日月が示した手元にあるものを見て、監督者は目を丸くした。
    「えっ、手書き」
    口をついてそんな言葉も出る。
    「うむ、主はいつも報告書をこの『ぱそこん』というなんでもできる薄っぺらな箱を使って書いているようなのだが、俺には扱えなくてな。なので仕方なくこうして」
    監督者はそれを遮った。
    「……とても美しい文字ですが、恐らくそれを読めるものは今の政府内にはいません。提出いただいても差し戻されると思います」
    「なんじゃと?字も読めぬとはなんと教養のない」
    「小狐丸」
    嫌味を言いかけた小狐丸を三日月はまたも制した。
    「主はいつも、出すことに意味があって内容など誰も目を通しておらぬと言うていたのでな。こうして手書きでもよいものかと思ったのだ。管狐に頼めば届けてもらえるのだろう?」
    「通常、審神者からの報告書はパソコンで作成をして、データ…電子情報化したものを専用回線…通信機能を使って提出しています。仰る通り、物理的な書面は管狐を通せば政府の担当部署に届きますし、報告書は提出することに意味があるのであってその内容を精査しているわけではありません。ですが今回の二部隊同時出陣はイレギュラー…通常ではあまり起こりえない事象であったため、政府の担当者も非常に気にしているのです。今回ばかりは指定の書式でデータで提出いただいた方がよいでしょう」
    監督者はできるだけ横文字を日本語に訳して伝えた。これまでの経験上、特に平安時代に打たれた太刀らに横文字では伝わらないことを知っている。
    「そうか……しかし俺ではぱそこんは扱えぬが」
    監督者は少し考えた。
    「二部隊同時出陣について、貴方は把握していらっしゃいますか?」
    「おおよそのことはな」
    「そうですか。少しお待ちください」
    監督者はくるりと踵を返して少し急ぎ目に階段を下りて行った。
    「いちいち細かいことを気にするものじゃな、政府の役人というのは。文字も読めぬとはまったく」
    「時代が違うのだ、仕方がない。…それにあの娘、ただ無愛想なだけではなさそうだぞ」
    「む?」
    三日月が机に広げた奉書紙や筆などを片づけていると、小さなポーチを持った監督者が戻ってきた。
    「失礼します」
    パソコンを起動する。
    「ほう、さすがだな。俺とは違って扱いに慣れている」
    「……パソコンは使えなければ我々は仕事になりませんから。パソコンを扱えるということは、仮名をすべて言えるのと同じ程度のことです」
    「お主、三日月に対してなんと無礼な」
    「小狐丸、よい」
    また三日月が小狐丸を制する。
    その間に監督者はパソコンを操作し、報告書のひな型を画面に表示させた。そしてポーチから取り出したUSBメモリを挿し、その中に入っていたソフトをインストールすると、更に別の小さなマイクをパソコンに接続した。
    「三日月宗近、ここに座ってください」
    「うむ」
    言われるがままに椅子に座った三日月の着物の襟もとにそのマイクが装着された。
    「……これで、貴方が喋った言葉がここに反映されます」
    「なんと」
    「試しに、……貴方の名前は?」
    「む?…三日月宗近、打ちのけが多い故、三日月と呼ばれる」
    三日月がそう言うと、その通りの文字がパソコンの画面に表示された。
    「これは見事だ。俺が喋った言葉がそのままここに書かれる。これならば、俺にも報告書が作れるということだな」
    「はい。間違えたときは、このキーを押せばその分だけ文字が消えます。自動保存もされるので、いちいち保存キーを押す必要もありません」
    監督者は更にバックスペースキーのところに小さくて丸い黄色のシールを貼った。
    「おお、俺にも扱えそうだ。礼を言うぞ」
    「いえ、提出いただかないと私が文句を言われてしまうので。…提出の期限はもう少し引き延ばしておきますが、無理のない範囲で早めにお願いします」
    書きあがったら教えてください、と言うと監督者は執務室を出て行った。
    「なんとも便利なものを持っておるな、あの小娘。主様もこのようなものを使われていたことはなかったはずじゃが」
    「うむ。…やはり不愛想なだけではないようだ」
    軽く座り直すと、三日月は監督者がセットした音声入力システムを使って報告書の作成を始めた。




    「ということがあってな」
    「ふーん」
    昨夜の出来事を三日月は、翌日、庭の掃き掃除をしていた加州清光に話した。だが加州清光はあまり興味はなさそうだ。
    「てかその報告書作るのをあいつにやらせればよかったんじゃないの?何もおじーちゃんが目の下にクマこさえてまでやることじゃないでしょ」
    「いや、俺が主と約束をしたことだからな、俺がやりたかったのだ」
    縁側に座った三日月は熱い茶を啜った。
    「まったく、おかげで眠くてかなわんぞ…」
    隣にいる小狐丸も疲れた顔をしている。
    「なるほど、小狐丸も付き合ったってワケね。相変わらず仲がよろしいことでー」
    「ああ、そうだな。仲良きことは良きことだからな」
    加州は嫌味を言ったのに、それに対してにこにこしながらこう返されてしまうと毒気が抜かれてしまう。
    「うむ、三日月を一人にはしておけぬしな」
    「おや、一人寝をさせるつもりかと文句を言うていたのは誰だったか」
    「はて、何のことかわからぬが?」
    挙句に惚気。
    「も――――――惚気はよそでやってっていつも言ってるでしょ、この万年新婚夫婦っ」
    「清光、いくら言ってもこの人たちが改めてくれるわけないってわかってるでしょ」
    加州と共に庭の掃き掃除をしていた大和守安定は苦笑いだ。
    「わかってるけどっ!言わずにはいられないってやつっ」
    年若い二振りの打刀たちのやり取りを小狐丸と三日月はにこにこしながら見ている。
    「ははは、お前たちはほんに愛らしいなあ。さ、加州、大和守、近う」
    「は?」
    「ん?」
    三日月が両手を加州清光と大和守安定に向かって広げている。加州はその意味をすぐに把握して、カッと顔を赤らめた。
    「こ、子ども扱いしないでよっ」
    「と言われてもなあ。俺に比べればお前は十分子どもなのだが」
    「ぐ……」
    「素直で可愛いよい子だ」
    「!可愛い…?本当?」
    「うむ、俺は嘘はつかんぞ。…お前は主によく懐いておったからな、寂しさもひとしおであろう」
    「!」
    「すまぬな、近侍の俺が、もっと早くに気付いてやれていたらよかった」
    三日月が悔いていることは加州も他の皆も知っている。
    「……何言ってんの、天下五剣がたらればなんて、みっともないよ」
    あまりに三日月が悲しそうな顔をするものだから、つい加州はそれに気づいていないフリをしてそんなことを言ってしまった。
    「そうか、みっともないか。はっはっは、それは参ったなあ」
    それでも三日月はそう言って笑う。それが、どうしようもなく淋しくて悲しい。
    「っ……」
    加州清光は竹箒を放り出して三日月の腕の中に飛びこんだ。
    ぐ、と堪えている様子の大和守安定を小狐丸が腕に抱き、背中を撫でる。元の主を最期まで守ることができなかった二振りだ。その分余計に今の主には懐いていたしどれだけ主を大切に想っているか、三日月も小狐丸もよくわかっていた。
    年少の者たちを支え、率いていく。それがこの本丸での己らの役目であり立ち位置。だからこそ、三日月と小狐丸は互いを『支え合い、弱音を吐ける相手』として大切に想っていた。
    「大丈夫だ、主が戻るまで、俺が責任を持ってこの本丸は守るさ。…そのためならば、あの娘…監督者も最大限利用させてもらう。お前たちもそのつもりでおれ。主が戻るまで、あの娘を利用しつつ耐え忍べ。よいな?」
    「………」
    コクン、と加州は黙って頷いた。




    本丸の中庭の更に向こうには畑が広がっている。ここで育てた野菜が食卓に上がるのだ。
    「おっ、いたいた!おーい桑名!豊前!」
    大きな笊を持った和泉守兼定が大きな声をかけると、生い茂った葉の合間から二振りが立ち上がって手を振る。桑名江と豊前江だ。和泉守はその葉をかき分けて彼らのもとに寄る。
    「今日の分の野菜採りに来たぞ――――」
    「今日は和泉守くんが厨手伝い?ご苦労様ぁ」
    桑名江は首にかけている手ぬぐいで汗を拭った。
    「いやー、俺久しぶりに畑来たけど、随分色んな野菜増やしたんだなあ」
    「うん、主が好きにやっていいって仰ったからねぇ」
    桑名江が顕現するまでは皆が持ち回りで畑当番をするなどしていたが、今は桑名江がほとんど畑や田のことを取り仕切っている。もちろん収穫量が多いときなどは手の空いている者が手伝うことはあるが、育てる野菜は何にするのか、どこにどれを植えるのかなどほぼすべてのことを桑名江が仕切ってくれているのだ。土の耕し方から肥料の分量、全部を改革してくれた結果、大農場のような様相を呈してきている。
    「ま、そのおかげでここの食卓には毎日美味い野菜料理が並ぶわけだ」
    「豊前が毎日手伝ってくれたり、厨番のみんなが美味しく料理してくれるからだよぉ」
    照れる桑名江の背を豊前江がぽんぽんと叩く。
    「米、今年も豊作みたいだよな」
    畑の向こうに広がっている田んぼには、少しずつ穂先の重みが増してきたらしい米たちが頭を垂れている。収穫まではもうすぐだ。
    「うん、いもち病とかもあまりなかったし、これでまたみんな飢えずに一年暮らせるよ。……米が収穫できる頃には、主も戻ってこられるといいけど」
    米の収穫は本丸の皆が総出で行う。審神者も刀剣男士たちも全員で鎌を持ち、金色の稲を刈るのが恒例行事だ。桑名江が顕現する前にも米は育てられていたが、桑名江と言う土のスペシャリストが顕現したことにより、米の収穫量は格段に上がった。もちろんそれまで通り皆が交代で草取りをするなどして世話もしたが、桑名江の指導が入ってからというもの、米の味も上がったように思う。そうして皆で世話をした米の収穫は年に一度の楽しみだ。それまでに審神者は果たして戻ってこられるのかどうか。
    一陣の風が吹き、稲穂が波打つ。
    「兼さーん!ごめん、洗濯もの多くて!」
    少し暗くなったその場の空気をぶち破ったのは、和泉守兼定と同様に厨手伝いの堀川国広だ。手にはやはり大きな笊。籠も背負っているようだ。
    「おお、国広!こっちだこっち」
    「うわあ、すごいや!どの野菜もきらっきらしてて美味しそう!」
    「みんなで毎日世話した結果だ。今日の飯、楽しみにしてんぞ?厨手伝い!」
    「任せてください!…って言っても、料理はほとんど伊達の皆さんがやってくれちゃうんですけどね」
    「っしゃ、収穫しようぜ!桑名、豊前、どれ収穫したらいいか教えてくれ!」
    「うん、まずは茄子からいこうかなあ」
    茄子。
    揚げ茄子の煮びたしは、審神者の好物だ。
    「……この野菜を、現世にいる主さんに届けることはできるのかな」
    「どうかなあ……でも茄子そのままよりは、煮びたしにしたやつのがいいんじゃないかなあ?」
    いつぞや、煮びたしばかりをおかわりして、長谷部に怒られていた。偏った食事をしないでください、と。それにしょげている姿を四振りは思い出した。
    「監督者に聞いてみたらどうだ?あいつ政府の役人なんだろ?現世にも自由に行けるはずだし、届けてもらえっかもしれねーぞ」
    豊前江の提案に堀川は顔を輝かせた。
    「豊前江さん、ありがとう!あとで監督者さんに聞いてみますね!」
    「おう!ここの畑で採れた野菜は栄養もあるからなあ、主もあっという間に治るかもしれねーぞ」
    審神者の喜ぶ顔を思い浮かべながら、パチン、パチン、と堀川は茄子を収穫していった。

    一方、堀川の隣でカブやニンジンを掘っている和泉守兼定は浮かない顔だ。
    多分、あの監督者は応じてくれないだろうと思う。そうしたことに関しての規則があるかどうかはわからないけれど、多分、応じてくれない。そういう性格だ。というより、人情味がない、という方が正しいだろうか。自分に課された仕事以外のことはしないといういかにもな役人気質の女だ。
    和泉守のかつての主、土方歳三は新選組の鬼の副長として有名であり、組織を束ねるために表向きでは冷徹な顔をしていた。でもその土方の傍らにあった和泉守は知っている。裏でどれほど彼が苦悩していたか。それは彼が誰より人情のある人間だったからに他ならないのだ。
    「…俺はあいつに頼るのは嫌だけどな」
    「えっ、兼さん何か言った?」
    「いや、なんも。……届けてもらえるといいけどな」
    「うん!まずは今日の収穫、頑張ろうね、兼さん!」
    土方と同じように慕う審神者がいないことでぽっかり空いた心の穴を、この堀川の笑顔がふんわりと羽毛布団のように温かく埋めてくれる。
    今、自分の傍らに常にいるのはこの堀川だ。その存在に戦場でどれほど救われたかしれない。
    「国広、監督者のとこに話しにいくとき、俺も連れて行ってくれ」
    「えっ、いいの?」
    「俺も主に、…好物の煮びたし、食ってもらいてえからな」
    「ありがとう、兼さん!」
    ほら、また。心がふわりとする。
    物のままであったなら得ることのできなかった肉体と心。不要であったはずのそれを与えてくれたことで、こうして堀川とも再会できたし、人間の持つ感情というものはとても忙しない。ぐるぐる動く。それを知ることで、あの人に想いを馳せることもできるようになった。それを与えてくれた審神者には感謝しかない。前の主が忘れられないと訴えても、『それが和泉守兼定という刀なのだろう?それでいい。お前を大切にしてくれた人のことを決して忘れてはいけないよ。その想いが、お前をもっと強くするから』と受け入れてくれた審神者。早く戻ってきてほしくてたまらない。一緒に稲刈りをして、精米したての銀シャリを一緒に頬張りたい。米が好きなのは、きっと豪農の家の出身であった土方の影響かもしれないけれど、でもそれすらも受け入れてくれた審神者と塩むすびが食べたいのだ。今生での一番の贅沢だと思う。
    それを叶えられるように、やれるだけのことをやろう。
    堀川と共に。
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