告白金塊戦争が終結し、反乱分子として裁かれる軍を中央から守るために奔走する鯉登と、鶴見中尉の遺留品を僅かでも見つけられたらと函館の海を攫っていた月島。
「私のちからになって助けてくれ」
鯉登から月島への願いで再び二人が共に歩み出し、様々な困難を乗り越えて行った。
それから暫く経ち、まだいくつか関門はあるが大分反乱分子の汚名は返上出来た頃・・・
「久しぶりに今晩、私の家へ来ないか?」
鯉登の申し出に月島は
「承知しました」と答えた。
「お前は休む時があったのか?」
先に布団に横たわっていた鯉登が隣で起きて爪の手入れをしている月島に尋ねた。
「そうですね・・・休むと余計な事を考えそうで、そうならぬ様自分を追い込んでいたのかもしれません」月島は少し手を止め、考えながら呟いた。
「そうだな、ずっと私はお前が寝入ってるのを見た事がなかった。あの時までは」
「あの時とは?」
「コタンの小屋で休んだ時だ。なかなか寝付けなくて苦しそうに力が抜けなかったお前を必死になって体を擦ったり、子守唄も歌ったなぁ。やっと寝付いた時はホッとした」
「そんな時もありましたね」
「それからはどうだ?」
「列車から運ばれて病院にいる間は記憶にないくらい寝込んでいて・・・ずっと暗闇を、泥濘を歩き続けているような、心地良い眠りではなかった。それからは今までとさほど変わりないかと」
「ふふっ、眠らないと鬼の子になるぞ、月島ぁ」
「何ですか、それ?」
「郷里の子守唄でな・・・」
爪の手入れを終えて床に入ってきた月島に鯉登は歌って聴かせた。
うっつけうっつけ うしのこ
ねむれねむれ ねこのこ
おきれおきれ おにのこ
よいよいよいよい よいよいよ
「コタンの時の子守唄とは違いますね」
「あの歌は母上が私が小さい時によく歌ってくれたのだ。ゆなの木は薩摩より南に植わっている木でな、この歌を聴くと温い気分になって好きだった。
さっき歌ったのは兄さあがよく歌ってくれた歌だ。兄さあにちょっかい出してなかなか寝なかった私に、寝ん子は鬼の子になっど、とよくからかわれたものだ」
「では私は鬼の子ですね。たくさん殺してきたし、利用して死なせた者もいた。あなた方親子をも利用し・・・」
「その言葉はもう二度と言うな」
鯉登はぴしゃりと月島の言葉を遮った。
「失ってきたものの大きさ故に、自分の仕事や中尉殿の理想がそれに見合うかどうか追求し過ぎただけだ。それは過去のこと、今は前を見ろ」
「・・・そうでした、すみません。でも私はあなたを守るためなら鬼になりますし地獄へも行きます」
「では私も鬼になり地獄へ行こう」
「いや、あなたはだめです」
「どうしてだ?お前は私の右腕。どこへ行くのも一緒だろう?」
「あなたにはたくさんの部下がいるでしょう。共に地獄へ落ちたら聯隊はどうするんですか?」
二人の譲らない主張は堂々巡りになり
月島が溜息混じりに「…もうこの話はやめましょう。埒が明きません」と提案し
鯉登も苦笑いしながら「そうだな、全く健康的でない」と受け入れた。
「それよりも月島、もっと近くに来いっ」
と鯉登は腕を広げ、隣の床にいた月島を自分の床へ招き入れた。
「鬼にならぬよう、地獄へ落ちぬよう、互いに気を張ればきっと大丈夫だ。
だがせめてここで二人でいる時は気を緩めようではないか」
コタンの時と同じ様な添い寝の形で、月島の頭が鯉登の肩に寄りかかった。
「牛の子の箱の様な寝方では少し窮屈だから、猫の子みたいにコロンとこっちへ転がって眠れ」
再び子守唄を口ずさみながら月島の体をトントンと叩いたり擦ったりした。
「懐に抱かれて寝る事がこんなに心地よいと感じたのは、あの時が初めてでした」
月島がポツポツと自分の思いを語り始めた。
「俺は今まで子守唄を歌ってもらった記憶もなければ、こんな風に抱かれて眠った記憶もない。コタンの小屋での添い寝で何というか、初めてあなたに甘える事が出来たような気がします」
「よかった。ふふっ、もっと甘えていいんだぞ」
鯉登は月島の頭を愛おしげに撫でた。
少し躊躇いながら月島は語り続けた。
「あなたとの共寝は、あなたを自分の支配下に置きたかったというか、監視するのに手懐けていれば都合が良いと割り切っていた。
その上でお互いに快楽を得て溜まっている物も出せるなら良いではないか、と開き直ってもいました。
だが、どれだけ抱いてもあなたは俺を受け入れ、汚れていくどころか気高く美しくなっていく。俺の名を呼び慕ってくる。
あなたの真っ直ぐさと無邪気さへの思慕と憧れと嫉妬心でぐちゃぐちゃになって手酷く抱いた事もありました。
だけどあなたの眩しさに無意識に惹かれてそこから目を逸らしていたんです。
コタンでの出来事がなかったら自分の気持ちに向き合う機会はなかった。あなたの俺を呼ぶ声、一言一言が俺を救ってくれた」
一気に自分の思いを伝えた月島は
そうだ、列車での「この男を開放してやって下さい」で俺は鶴見中尉との道連れから引き戻され、「私のちからになって助けてくれ」がなかったら海から戻る勇気がなかっただろう・・・つくづく俺はこの人に生かされている、と鯉登からの言葉を反芻した。
「お前は優しい男だな、月島」
鯉登が微笑みながら月島の頬に手を触れた。
「私もお前に何度も命を救われた。樺太の仕掛け爆弾から。
大泊で杉元に刺された時は鶴見中尉と睨みあってまで私の側から離れなかった。
ビール工場で溺れた時もアシリパ確保優先を無視して私を救助してくれた。
函館の列車でお前が手榴弾を投げようとした時に私が駆けつけたら投げるのを躊躇った。あれは私が巻き添えになるのを避けようとしたのだろう?
あぁ、あと樺太でクズリに私が噛まれた時に私をおぶって逃げてくれたな。お前の方が背が小さいのに」
最後の方で思い出し笑いをしながら月島に語りかけた。
「助け合って救われてきたのはお互い様だ。これからもお前と共に生きていきたい」
鯉登の告白の後、月島は起き上がり改まって床に正座し真っ直ぐ鯉登を見つめた。
「鯉登少尉殿、お願いがあります。今宵あなたと契を交わしたい」
「ど、どうした突然」
鯉登は顔を赤らめ動揺した。
「その・・・仕切り直させて下さい。これからあなたを大事にしていきたいので・・・」
月島まで顔が赤くなって言葉が詰り、暫く沈黙が流れた。
その後、どちらからともなく
「ふふっ」「あはは」
笑いが漏れた。
「月島ぁ、嬉しか」
鯉登は破顔し月島にそっと抱き付いた。
そのまま抱き合って床に倒れ、久しぶりの深い口づけを交わした。