アカシア 上 最近、チャンピオンになって暫く経った私に、嫌がらせをしてくる人が居る。実家に、傷ついたポケモンの写真を送ってくるのだ。
「今日は、ワンパチ……」
写真のなかのワンパチは、ポケモン勝負で傷ついたようなの怪我をしていた。へたりこんでいて、もう動けないよと鳴きそうなようすだけれど、誰かの手で無理やり立たされていて、その行為に胸が痛み、言い知れない腹が立つ。
「いやだなあ」
この写っている手のどこかに、この〝誰か〟を特定するものがあればいいのに。そんなことを思いつつ、今日も写真を棄てるわけにもいかず、警察に届ける。
昨日はケロマツだった。一昨日はエアームド。ポケモン勝負で戦った野生ポケモンを、一々、撮っているのかな。酷いヤツも居たものだと、途方に暮れるしかない。昔だったら自分で犯人捜しをしたかもしれないけど、一日がチャンピオンになったことでスケジュールが埋まっていて、そんなことできやしないんだ。
「この写真、消印がないぞ。待ち伏せてれば、犯人、ユウリの家に写真を投函しにくるんじゃないか?」
相談をしたホップに指摘され、本当!? と、驚く。そういうところ抜けてるなよなあ、と呆れられてしまうが、確かに消印は、無い。気づくの3枚目にしてだったけど、気付かせてもらえてよかったー! 心底思って、ヒンヒン泣きそうになっていると、ホップは、見かねたのか頭を撫でてきた。
「待ち伏せるんだろ? 俺も協力する。待ち伏せるぞ」
「でも、助手の仕事は?」
「ソニアは、話せばわかってくれるぞ。それより自分のことを大事にしろ、ユウリ」
もっと早く、1枚目から相談しなきゃだめだぞ。真剣な面持ちで言われる。
「辛かっただろ、辛さはガマンしちゃだめだ。自分一人で何か行動を起こすのはいい、でも人に頼ることも忘れちゃだめなんだ」
「……ゴメン。ありがとう、ホップ」
本気の本気で心配してくれた様子のホップは、わかってくれたならいいよと、いつもの朗らかな表情に戻る。博士を目指して学びだし、視力が少し落ちてかけ始めた眼鏡の奥の目が大人びてきている気がするのは、時間が経つにつれてだ。
その日、リーグ関係者さんにも話し、1日の休みをもらうことになる。厳密には、ダンデさんに話したら、根を詰め過ぎだと思っていたから丁度良い休みだと言ってもらえたのだ。すると、傍で聞いていたキバナさんが、オレサマも手伝うぜ・と、ホップと私の頭をぽんぽん軽く叩いて笑顔で言ってくれる。
「でもキバナさん、ジムが」
「休みにする! 替えは利かねえからなー。連日連戦だったから丁度いい。保護者が必要だろ。ダンデは忙しいし、オレサマに任せろって」
そんな簡単にジムって休めるのかなあ。でも、大人のひとが居てくれるのは有難かった。心強いし、何かあったときにも頼れる。結局、キバナさんが保護者の下、私とホップで、私の家に今夜は一泊になる。といっても、庭でキャンプだけど。久々に家に帰ると、まあホップくんと、ジムリーダーのキバナさんね! とママが喜んでいた。お仕事は? と聞かれ、今日は休みを頂いたよと、さっそく庭でテントを広げながら言う。
「ほら、ママが教えてくれた、写真の話。あれでね」
「そっか。いいと思うわ、あなたチャンピオンになったとはいえ、働きすぎよ。ユウリ。子どもは遊ぶのが仕事なんだから! 勉強と仕事はおまけ!」
夕飯はママが支度するわね! と家に入っていく ママを見て、ありがとーう。と返していると、ユウリ。と、キバナさんが頭を撫でてくる。
「いい親御さんだな。仕事と勉強はオマケだなんて、器がでかい」
「ユウリの母ちゃんは、本当にユウリ想いだぞ。昔っから」
「そっか、お前ら幼馴染か」
昔から一人娘で、大事に育てられてきたのか。そのキバナさんの言葉に、そうなのかもと今更ながらに照れくさくなりつつ笑う。進みだした道は違っても、歩いてきた道は一緒。ホップはポケモン博士になる道を選んだわけだし、これから寂しくもなるとは、確かに思う。
でも、それがなんだっていうんだ。ホップをはじめ、縁がある人はそう簡単に離れてくれやしないものだろう。
「ユウリんちの夕飯、何かな~」
テントを張り終え、キバナさんが家の中を気にしている様子を見て、ホップが一言。
「キバナさん、子供っぽいぞ」
手厳しいなーと思い私は苦笑するが、さすがキバナさん、それくらいでは怒らない。「いつまでも、ハートはそうありたいぜ?」
「大人の余裕、子供の好奇心。トレーナーである前に、人間としてどっちも持っていたいよな」
「ん? なんかジムリーダー、言うことが違うぞ、前言撤回だ!」
「はは。もっと褒めろ~」
歳を重ねていって、することが増えて、苦労もあって、今後どうなるんだろうとも思うけれど。私の周りの大人の人たちは、社会で言われているほど窮屈そうじゃない。そう思って、そう口にすると、頑張りを認めてくれる仲間や、ポケモンが居るからな、とキバナさんは屈託なく笑う。
ここまで