大学で同級生の両片思いモブ霊「霊幻くん、この前言ってた講義のレジュメ、持ってきたよ」
「わりぃなモブ、助かった」
茂夫が差し出した2枚のレジュメを、新隆は少しだけ眉を下げて受け取った。A4サイズのそれは夕陽を受けて、茜色に染まっている。
「最近バイトが忙しくてさ」
「学生の本分は学業だと思うけど……」
「だよなあ」
新隆は茂夫の顔を見ると、目を僅かに細めて優しく笑った。なんでそんな顔をするのだろう、と茂夫が思っていると、冷たくて心地よい秋風がふわりと吹いて、微かな煙草の匂いを運んできた。
「……霊幻くん、煙草吸うんだっけ」
「悪い、嫌いだった?」
「ううん」
心臓が、ひっそりと痛みを訴えてくる。
(なんだか、寂しい匂いだ)
茂夫の浮かべる表情から何を読み取ったのか、新隆はデニムのポケットから紙製の箱を取り出した。
「吸ってみたかった?」
「ここ、喫煙所じゃないよ」
「こんな時間だし、今誰もいないだろ」
ほら、と、口元に吸い口を近づけられる。
「火の付け方、わかる?」
「知らない」
「咥えて、ストロー吸うみたいにしてろ」
「うん」
言われたとおりにしていると、ライターのカチッと鳴る音がした。ジリジリと紙の焼ける微かな音。そして次の瞬間、喉の粘膜に勢いよく強い刺激が広がった。
「ッ、ゲホゲホッ」
咳き込みながら、生理的な涙が目尻に溜まっていくのを感じる。
「どう?」
面白がるような声が降ってきて、茂夫は苦しげな声を搾り出した。
「なんていうか……ゴホッ、強烈………」
まるで毒だ、と内心で呟いていると、新隆は茂夫が手にしていた吸いさしを、さっと取り上げて口に咥えた。彼がゆっくりと息を吸い込めば、灯っていた火がじわりと赤く光る。新隆は一瞬茂夫から顔を背けると、ふっと紫煙を吐き出した。
その仕草が様になっていて、なんだか彼を遠くに感じる。
「……おいしい?」
「ん、苦い」
「じゃあ、なんで吸ってるの?」
そう問いながら、今になって、口の中がすうっと冷たくなる感覚に気付く。メントールだ、と考えていると、新隆は冷たい息を吐いて微笑んだ。
「寂しいから」
茂夫は、ざらつく喉で生唾を飲み下すと、人差し指で空気を緩く割いた。じゅ、と音を立てて、煙草の火が消える。
驚いた顔をしている彼の手首を握って、己の方へと引き寄せる。
「なら、僕を選んで」
切々とした言葉を載せた息はやはり苦く、そして、まだ僅かに冷たかった。