恋と呼ぶにはあまりに鈍感(hj←ym) その日はたまたま委員会が休みだった。
午後の授業が終わると、近藤さんは志村姉を追いかけて居なくなり、土方さんも職員室に用事があるとかですぐに教室を出ていった。
残された俺は、それならたまには早く帰ろうと思ったところまでは良かったが、席を立って次の行動を失敗してしまう。
いつも一緒にいるメンバーだからと変に声を掛けたりせずに、そのまま帰ってしまえば良かったのだ。
挨拶をしようと声をかけた沖田さんに、自ら捕まりに行ってしまった。
「ゲームすんのも飽きやしたねェ」
「結構進みましたもんね。そろそろ帰りましょうか」
時計を見れば、一時間も経ってはいなかったが、さすがにぶっ通しで学校の椅子に座りっぱなしには疲れてしまった。沖田さんも同じだったらしく、首を左右にゆっくりと傾けると、帰るかァと言って荷物を手に取り立ち上がった。
俺もバッグを肩に掛けると、沖田さんがアッと小さく声を上げて俺を指差す。
「山崎ィ、おめーチャリ通だったよな。後ろに乗せてくんね」
「いいですよ。沖田さんちなら、ちょっと回るだけですし」
「今度自販機でジュース奢ってやしまさァ。土方さんの金で」
「えっそれって最終的に俺が土方さんに怒られるやつじゃないです?」
テヘッとウインクをしながら頭を小突く真似をした沖田さんは、悪びれる様子もなく「そんな事ありやせんて」と言うが、絶対にそんな事があるやつだと俺は確信している。
だが沖田さんは気分が良かったらしい。冗談ではなく奢るつもりでいたようで、帰る前に自販機へと寄り道することになった。
銀八先生に見つかるとうるさいからという理由で、職員室に近い所ではなくあえて利用の少ない自販機に向かうことにした俺と沖田さんは、ばかみたいな噂話で盛り上がった。
風紀委員をしていると、色んな話が耳に入って来るのである。
例えば、目撃者が誰もいないのに誰かの視点で始まるトイレの幽霊の話とか、花壇の花は妖怪が育てているから一日で咲くとか。それは怖い顔の園芸部員がプランターから花壇に植え替えただけで、怪談でも何でも無かったのだが。
現在地から一階に降りて、角を曲がったところに自販機は設置されている。
自販機の近くに来たとき、その奥で誰かの緊張したような声が耳に飛び込んできた。
「土方くん、あの…」
慌てて影になるよう柱に隠れた俺達の目に入ったのは、土方さんと、こちらに背中を向けた女子生徒の二人である。
こちらから見える土方さんは、困惑したような表情でポケットに手を突っ込んでいるが、女子生徒の方は手をぎゅっと握りしめて落ち着かない様子だ。
そんな二人を見て、沖田さんはこそこそと俺に囁いた。
「うえ、ありゃ何でェ。土方さんのくせに告白されてんじゃねーか」
告白。
まさか、そんな現場に居合わせてしまうとは思ってもみなかった。
自分が告白されている訳でもないというのに、謎の緊張感で俺は手に汗をかき始めていた。
土方さんは、女子生徒に断りの返事をしていて、女子生徒は気まずそうに土方さんに「聞いてくれてありがとう」と言って、俺達に背中を見せたまま走り去ってしまった。
その子の声は震えていて、もしかしたら泣いていたかもしれない、と俺は思う。
「いけないんだー、土方さんが女子のこと泣かしてやしたー」
「ちょ! おま! いつからそこに!」
どう考えても見てみぬふりをした方がいいだろ、という空気を無視した沖田さんが、いつの間にか俺の隣りから土方さんの目の前をチンピラのように絡んでいた。
「あの女が、アンタに声かけたとこからでさァ」
最初からじゃねーか! と、青筋を立てながら怒鳴る土方さんはすっかりいつもの調子で、俺はなんだかほっとしてそばに駆け寄った。
「何だ山崎、お前も居たのかよ」
「すみません、邪魔しちゃ悪いと思って…」
「あー、まぁ、そうだよな」
先程の女子を思い返しているのか、土方さんは頭を掻いてため息をついた。
だが、そんな土方さんの脇腹を肘で思い切り突いた沖田さんが、楽しそうに笑って自販機を指差した。
「見たくもねぇ告白現場を見せられた慰謝料として、俺とこいつにジュース一本ずつ奢ってくだせェ」
「はぁ!?」
「いやいや、沖田さんそれは無茶苦茶ですって!」
結局、何だかんだで人のいい土方さんは俺と沖田さんにジュースを奢ってくれて、俺は沖田さんのことを家まで送ってから家に帰った。
学校でのことを、毛布に丸まりながら思い出すと、何だかもやもやとした気持ちを思い出した。
土方さんが告白されて、もし断らなかったらどうしようと、どうしようもないことを考えてしまった。
そして断ったとき、心底ホッとしてしまったのだ。
「友達が取られるって、こんな感じなのかなぁ…。沖田さんが告白されて、誰かと付き合うってなったら、彼女のほうが心配になるけど…」
沖田さんも土方さんもモテるのは知っていたけど、今まで彼女ができるなんて考えたことがなかった。その可能性を目の当たりにして、驚いてしまったのかも知れない。
尊敬している土方さんが、遠くに行ってしまうような、そんな感じだろうか。
そんな事を考えながら、俺はゆっくりと眠りについた。