花嫁 土曜の昼下がり、珍しく伊月兄妹はお互いに予定もなく、自宅でのんびりと暇を持て余していた。
ピンポーン、インターホンの音が鳴り響く。のんびりとソファに座ったままテレビを見ていた二人は、お互いに顔を見合わせる。のんびりし過ぎて、お互いに立ち上がりたくないのだ。向かい合ったまま、片手を突き出した。
「「じゃんけん!!」
ポン
「はい、どちら様でしょうか?」
見事に一本勝負に負けた暁人は、溜息を吐きながら、玄関へと向かう。鍵を外し、扉を開ける。目の前に整った顔立ちの男性が居た。つり目が印象的な男性は質の良いスーツを身にまとい、含みのある笑みを浮かべている。
「こちら、伊月暁人様のご自宅でしょうか?」
「は、はい」
丁寧な言葉遣いとフルネーム呼びに思わず、たじろきながら返事をする。
「私、先日助けていただいた狐です。」
「え?あ、はぁ…」
確かに、先週、たまたまマレビトに襲われそうになっていた狐を助けたことを思い出す。まさか、あの狐が化け狐だったとは、誰も思うまい。
「そ、それで今日は何の御用でしょうか?」
「はい、今日は暁人様をお迎えに参りました」
「お、お迎え?」
まさか、浦島太郎的な恩返しなのだろうか。人並みに動物は好きなのだ。例え、妖怪の類でも、動物は動物。モフモフな毛並みを触らしてくれるのだろうか。少し期待してしまった。相手が不敵な笑みを浮かべているのに。そう、完全に気が抜けていた。
「一目見た時から、私の花嫁にするつもりでいましたから」
「え?」
気づいた時にはすでに遅く、目の前まで迫っていた手を見るや否や、気を失っていた。
『花嫁』
「……」
意識が浮上する。ゆっくりと瞼が開かれると、狐の群れが目に入る。「あ、可愛い」などと思ってしまったが、そんなことを考えている暇などなかった。身体が動かず、喋ることも出来ないのである。視線も固定されているかのように、真っ直ぐに見つめ、視線すら動かせない。まるで、金縛りにあっているかのようだ。
「起きたね、それでは始めようか!」
パン、パンと、手を叩くような軽い音が鳴り響く。隣に居た人影が立ち上がったのが、影でわかる。散り散りになっていた狐たちが、一斉にこちらに視線を向けた。
「私の花嫁」
目の前に黒紋付羽織袴を身に着けたKKが現れた。満面の笑みを浮かべている。
「(KKじゃない!)」
姿形はKKだが、雰囲気が全く違う。
「どうかな?君の思い人をトレースしてみたよ」
満面の笑みのはずなのに、心から笑っていないように感じる。酷く冷たい感じがして、背筋が凍る。手が頬を滑り、唇をなぞる。
「大丈夫、私は一途だから、浮気なんてしないし、一生君を可愛がると約束するよ」
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「KKさんーーーーーーー‼‼」
平和な昼下がりに酷く慌てた麻里がアジトへと飛び込んできた。息を切らし、肩を上下させ、瞳に涙をためている。
「お兄ちゃんが!お兄ちゃんが‼」
慌てた様子で、先ほどの出来事を話し始めた。錯乱し過ぎて、支離滅裂だが、伝えたいことはわかる。
「それでお姫様抱っこされた暁人さんが、連れてかれたの?」
「うん。幸せにするから安心してほしいって、言ってたけど、絶対に信用できない‼」
絵梨佳の問いに答えるも、今にも泣きそうな顔で麻里は大声を上げた。
「大丈夫だ、すぐに見つける」
そう告げると、KKは麻里の頭を撫で、安心させる。未だに落ち着かない麻里を凛子や絵梨佳に任せ、アジトの外へと出る。KKから黒い煙が道筋のように漂っている。二心同体から離れ離れになっても、未だに繋がっている。決して切れない繋がりだ。急ぎ足で、終着点へと向かい始めた。
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「……」
「式の最後に、契りを交わせば終わりだから、もう少しだけ待っておくれ」
動けない暁人の腰に手を回し、引き寄せる。抵抗できないが故、すんなりと身を寄せる形となる。
「(……どうしよう)」
どんどん進んでいく結婚式に焦る。このままでは、本当に結婚させられてしまう。
突如、狐たちが集まる中央に火の玉が落とされる。周囲が火の海となり、狐たちの悲痛な鳴き声が響き渡る。キューーーン、キューーーーーン、鳴き声を上げながら、散り散りに逃げていく。静まり返る頃には周囲には暁人と花婿のみとなった。
「化け狐が、何してくれてんだ」
怒りに燃えるKKが暁人たちの方へと歩いて向かってきている。先ほどの火の玉を放ったのは彼のようだ。
「ちっ、人間風情が、少し力を持ったからと言って調子に乗っているな…」
化け狐が立ち上がる。せっかくの結婚式を邪魔され、激怒している。周囲が霧のような煙が包むと、大きな狐へと変貌した。尾は四本、毛並みは少し灰がかっている。
「は、そんな人間風情に意図も簡単に侵入されてるがな」
『一飲みで喰ろうてやるわ‼』
大きく口を開け、煽るKKへと襲い掛かる。横顔へ、風のエーテルを当て軌道をずらすと、透かさず、距離を取り、火のエーテルを溜め始める。最大火力まで溜め、顔面にぶち当てていく。化け狐も、エーテル溜めるまで時間がかかるのを理解すると、溜めさせまいと近づき、尾で払う。
「さっさと、鎮め」
KKの方が幾分か、有利なのか、化け狐が推され始める。数珠を持ってきて正解だったと、横目に暁人の様子を探る。無表情に反応のない様子に何か術を掛けられているのかと、考える。空虚な瞳がどこか遠くを見つめているようで恐ろしい。
「これで止めだ」
最大まで溜めた火のエーテルを近距離で懐へと放つ。あっという間に炎に包まれた化け狐は力なく、倒れていく。
「何、人の許可も得ず、嫁に迎えようとしてるだよ、暁人は俺のだぞ」
「(ーーっ⁉)」
『…ち、ちがぅ…わ、たし、の…』
「あの時から、ずっと俺のもんなんだよ‼」
火のエーテルを纏っている片手を、化け狐に向ける。
『うぅぅぅ…ぁきらめなぃ、からなぁ…』
小さい呻き声をあげ、姿か消えていく。どうやら、逃げていったようだ。
「暁人!」
「KK…」
化け狐が消えたことを確認したKKが暁人の傍へと近づく。
「たく、お前ってやつは…意識は戻ったな」
「あ、あのさ、KK…」
「ん?どうした?」
「さ、さっきの、お、俺のものって…」
「……」
「……」
あの時、KKは暁人の意識がないと思っていた為、ずっと言うつもりがなかった言葉を口にしていた。しかし、当の本人には意識があり、ばっちりと聞こえていたのだ。お互いに顔を真っ赤に口を閉じてしまう。
「…KK、僕がKKのものなら、KKは僕のものだよね?」
「…おまっ!」
恥ずかしそうに喋りかけてくる暁人に、ぎょっとしたKKが頭をがしがしと強く掻き乱す。
「暁人、結婚式でも上げるか?」
「へ?」
「ちょうど、白無垢着てるしな」
「……え?」
そう呟いたKKが、白無垢に覆われた暁人の紅い唇へと噛みつくようなキスをした。
ーおまけー
後日、エドにまだ狙われるなら、やることやってしまえば良い。あの手の輩は処女が好きだからなと言われ、顔を真っ赤にした暁人が絶句するのであった。