こだわりの塩大福「あー…」
アジトの一室、徐にKKは歎声を漏らす。周りには数多の調査書やら文献やらが所狭しと放置されて、彼自身も半ばそれらに埋もれつつソファにダラリと座していた。
ここ数日、解決した側から新たな依頼が入り調査書を纏める暇もなく西へ東へと奔走していたKK。
要はこの男、疲労困憊なのである。
そんな彼が虚空を見詰めながらポツリと一つ、言葉を溢す。
「塩大福が食いてぇ…」
それは本当に小さな、聞き逃すのが容易い程の声量であった。しかし今、アジト内は各々が手元の作業に没頭している所為もあり、普段よりは静寂に包まれている。
だからと言っては何だが、KKの独り言は同空間に居る凛子の耳に丸っと届いていたのであった。
「(…この男が甘味を食べたがるなんて、相当お疲れのご様子だな)」
こんな時は黙って塩大福の一つや二つでも差し入れしてやれば良いのだろうが、生憎と塩大福に対する拘りが何故かしら強い事を凛子は聞き及んでいた。
何でもこの男行きつけの和菓子屋があるのだとか。その店の塩大福以外、塩大福とは認めないと手に持った大福に齧り付きながら豪語していた。
更に言えば、429通りから一本外れた路地にあるということ以上の詳しい場所はKKしか知らない始末。
「はぁ…。難儀だな」
凛子の溜息混じりの呟きが虚空に消える。KKが彼女の言葉に反応を示すことは無かった。
一方その頃───
「……あれ?こんな道あったっけ?」
麻里の付き添いついでに日用品や雑貨の買い出しに429通りに訪れていた暁人は、偶然にも大通りから一本外れた路地を見つけた。
人がごった返す大通りとは打って変わり、通行人の疎なその道は随分と歩きやすそうだ。
暁人の胸中にほんの小さな冒険心が宿る。こういった場所を見つけたら、人は誰しも興味が湧くものだろう。
そっと路地に足を踏み入れる。
一体何処に繋がっているのだろうか、きょろきょろと周りを見渡しながら歩を進める。そんな暁人の目を引いたのは、ふうわりと風に棚引く若草色の暖簾を掲げた小さな店だった。
暖簾の右下に抜染された文字を見るに、どうやら其処は和菓子屋のようだ。
興味をそそられ、暁人は揺れる暖簾を潜り店の中へと入る。
こじんまりとしたショーケース、その中には多種多様の和菓子が並べられていた。真ん中を占めるのは、今の季節柄人気の高い苺大福。しかし暁人の気を引いたのは、ケースの端に置かれた別の和菓子だった。
連日重なる依頼により、KKをはじめ仲間達は皆疲労困憊気味だった筈。こんな時は甘い物でも差し入れしよう、そう思い至った彼はカウンターに静かに佇む店主に呼びかけた。
「すいません」
「いらっしゃいませ、何をお求めですか?」
「この苺大福を五つと…
あと、コレ。この端のものを二つ下さい」
「畏まりました、お包みしますので少々お待ち下さいね」
店主から受け取った小包を手に、意気揚々と店を後にする。
「いいお土産が出来たな」
思わず上がる口角を何とか抑えながら、アジトに向かって歩き出した暁人。彼が疲弊したKKに、この差し入れを届けるまで。そして彼の相棒が小包の中身を見て歓喜の声を上げるまで。あと───