甘え下手 逢瀬はホテルと決まっていたわけではなかった。
なんとなく、タイミングで、会えそうな時を見計らって、それとなく声を掛け合う。あたるはいつも面倒くさそうな素振りを見せていたが、文句を言いつつ約束の時間にはやってきた。
学校へ行けば必然的に顔を合わせていた高校時代とはわけが違う。互いにきちんと意味を持って約束を交わさないと、会えない関係になった。それが、焦がれに焦がれた「大人」だった。
裸になる前にヘッドボードのアラームをセットする。夜の八時に合わせると、あたるの眉が寄った。
「…やけに早いの」
「…接待だからな」
無論、「接待を受ける側」だ。ほうそうか。嫌味たらしくため息をついたあたるに、「そんな中途半端な時間から?」と聞かれたが、「お前のためにこの時間にしたんだ」と言えば面白いように黙った。
「…俺のためとか言うな、押し付けがましい」
「接待があると言えば来んかっただろう」
「来るわけなかろう」
「ほら、見てみろ」
抱き合いながら、キスをしながら、素肌の温度を確かめながら、距離を測った会話をする。言いたい放題言えて、喧嘩が出来て、感情をぶつけ合いながらセックスが出来る、唯一無二の関係。馬鹿みたいだな、と思うと同時に無性に泣けて困った。
「諸星、次は」
「能書きは良いから、はよしてくれ」
「…分かった」
元から妙に大人びたところがあった。馬鹿でいい加減で無鉄砲なのに、どこか他の同年代とは一線を画す表情をするときがふとあった。そこが魅力でもあり、悔しさを感じる部分でもあった。はよしろ、と閉じた瞼の白さに、胸が苦しくなる。
互いに互いを最優先する間柄ではないから、暗黙の了解で行きついた。それなのに、いつの間にか落ち着いてしまった関係性に、縋りたくて仕方ない。どういう関係なんだろうか、僕たちは――。
「――諸星」
名前を呼んで、服を脱がす。薄い白いシャツは簡単にはだけ、あたるの素肌をさらけ出す。突如として伸びてきた腕は面堂の首を抱いて、ぎゅうぎゅうにしがみつく。
「――はよしろ、と言うとろうが」
切羽詰まった声と、それから見たことのない虹彩に心臓が跳ねた。そのまま唇を唇で塞いで、体を繋げた。軋むほど、何度も何度も――。
次に目を覚ますとアラームが鳴る十分前だった。
気だるい体を奮い立たせ、上半身だけを起こす。すぐ隣であたるが寝息を立てていて、その無防備さが妙にほっとした。
ああもうこんな時間か。どうしたって感じる名残惜しさに頭を振って、仕方ないシャワーでも浴びるか、と床に足を付けたタイミングで、シャツの裾を引っ張られつんのめってしまった。
「………どこ行くんじゃ」
くぐもった声とともに、布団の中から伸びてきた手。語尾が少し掠れていて、情事の余韻を感じさせた。布団にくるまっているため表情はうかがい知れないが、想像に難くない。あたるが面堂のシャツを引いている。その事実が面白くて、胸が苦しい。
「………どこって風呂だが」
「………あ、そう」
紛らわしいことすんな。と呟いたきり、ぱっと離した手元が切なかった。風呂に入る気にもなれず、胸の奥からふつふつと笑みが込み上げてくる。あたるが忌々しそうに聞く。
「…貴様ひとりで風呂に入る気か?」
「そのつもりだが」
「ふうん、そうか」
不貞腐れた横顔があまりにも可愛かったので、思わず笑った。それくらい、素直な方が面堂も嬉しい。
「…お前、もっと素直に甘えられんのか」
ベッドの端に腰を下ろし、後ろ手であたるの髪の毛を乱暴に撫でた。あたるの髪の毛は汗で湿って少しウェーブがかっていた。
「接待、行かん方が良いか?」
「ふん、好きなとこに勝手に行けば良いだろ」
「お前は素直に甘えられんのか」
「なにを言うか、甘えとるだろ」
「駄々こねとるようにしか見えん」
「あほ。――あ」
いつになく、愛しい気持ちだった。そのまま口を塞いで、裸のまんま押し倒す。
火照った素肌そのままに馬乗りになってあたるの首筋を食んだ。キスをしている間に、設定しておいたアラームが鳴った。ピピピ。滑稽なリズムが二人の余韻を撫でていく。どきどきした。それはもう、たまらなく。
もう、行かなきゃ。
名残惜しい気持ちで唇を離すと、あたるも物足りなさそうにしていた。至近距離で目が合ったあたるは、それはそれはねだるような瞳をしていて、どうしたって下半身が疼く。
「…面堂」
名前を呼ばれ腕を掴まれ、引き寄せられるままに耳を食まれる。ピピピ、と鳴り響くアラーム。
「――もっかい、したい」
「――は」
艶っぽい瞳は釘付けになるほど熱い。そのまま、唇を噛まれた。
ああ、負けだ。僕の負け。
「――面堂、もっかい」
今の今までへたくそだったくせに、ここぞという時だけ甘え上手になる。