君が夢中 この冬一番の寒波が襲来した週末、暖を取るために面堂の家へ行くと水乃小路の嫡男がいた。通されたリビングは面堂不在で、広いソファに居心地の悪そうに一人ぽつんと肩を縮こませている。
「おまえ、ひとりか?」
珍しいこともあるもんだな。そう続けて、向かい側のソファに腰を下ろすと、重ぼったい前髪の隙間から飛麿が大きな瞳を覗かせた。人よりも眩い光を放つその瞳は、まるで光源みたいだ。竦むなんてことはしないが、目が合った瞬間にばれないように少しだけ身構える。
「…けっとうを申し込むつもりが、ここまで連れて来られた」
あたるの動揺とは裏腹に、飛麿はがっくりと項垂れてみせた。
「決闘?」
「うん。終ちゃんに」
「…ああ、なるほどね」
机の上でさみしそうにしている手紙を一瞥して、合点がいった。おおかた、「若のご友人だ」「お通しせよ」だとかなんとか言って、ここまで担ぎ込まれたのだろう。案外、古風かつ横柄な態度を取るわりに気の優しいところがある彼は、流されやすいというかなんというか、いくぶん流動に弱い節がある。いかにも面堂も身に付けていそうな、上等な着物を纏う飛麿を横目で見た。
「遊びに来たと思われたんじゃないか?」
「ばか言うな。遊びで決闘なんか申し込むか」
「その遊びじゃないわい」
日本語って複雑だな、なんて呑気に思っていると、女中がお茶を運んできてくれた。お茶請けのクッキーを受け取るタイミングで口説いてみるも、可憐な笑顔で躱された。その様子をつまらなさそうに眺めていた飛麿が、ふうと息をつく。そのまま会話が途切れて、くすぐったいような沈黙を共有した。太陽が翳り、雪が降り始めた。妙に寂しさを伴う、休日の午後だ。
面堂も了子も飛鳥もいない場面で飛麿と二人きりというのは、ほとんど初めてのことだった。共通の話題なんて、「あれ」しかいない。出会った年代は違うにせよ、その時間の長さでは敵わなくても、二人は面堂で繋がっていた。悔しいというよりも、なんだか場違いな気がしていた。
ティーカップに口をつけつつ、いかにも寒そうな窓の外を見やる。面堂はいつ戻ってくるんだろう。あたると飛麿が屋敷に来ていることは、了子の耳に届いていないんだろうか。
そんなことを思っていると、飛麿が身じろぎ、「どうしてそこまで執着するんだ」と、あたるに聞いて寄越す。真っ直ぐ、射抜くような光る眼で。
「…執着?」
「終ちゃんに、してるだろう」
執着。舌の上で言葉の意味を転がしてみた。
「…執着してるのはお前の方じゃろ」
子どもの頃からいがみ合っていた、というが、仲は悪くないように見える。思ったことをそのまま聞き返すと、飛麿は項垂れて、悔しそうに頬杖をついた。
「…おれはただ、終ちゃんと決着をつけたいだけだ」
「ふうん、そうかね」
飛麿がそういう理屈なら、あたるは面堂と決着なんてつけたくなかった。決着をつけたら、終わってしまう。あるいは、始まってしまう。勝負なんて、有耶無耶の方がきっと、うまくいくこともある、なんて平然と思う。
「…面堂が戻ってきたら、おれ、帰ろうかな」
独り言のように呟くと、心優しい面堂の幼馴染は弾かれたように顔を上げた。
「どうして?」
「どうしてって、お前ら決闘するんじゃろ」
だったらおれは、お暇するよ。含みのある声で囁いて、ソファに背中を預ける。両の手のひらでティーカップを包み込んでから、馬鹿みたいに高い天井を見上げた。
子どもの頃の面映い思い出は持ち合わせていないが、声変わりを終えたあとの艶のある甘えた声を耳元で聞いたことがある。背中や腰に伸びてきた長い腕で、骨が軋むほど抱きしめられたことがある。だから――。
「生憎あれは、おれに夢中じゃ」
清々しいまでの嫉妬と牽制が綯い交ぜになった心持ちだった。無表情で眇めると、飛麿は平然と言う。
「おれからしたら、お前の方も夢中に見えるが」
「馬鹿おっしゃい」
「つまらん嘘をつくな」
三秒足らず睨み合って、結局飽きて止めた。
リビングの外がざわついてきたので、早々に立ち上がってダウンを羽織った。そのまま、いそいそと帰り支度を整えつつ、「勝ち逃げって方法もあるぞ」と飛麿に必勝法を伝授をすると、飛麿はきっぱりと言い跳ねた。
「それはお前しか通用せん」
もっともな反論は聞かなかったふりをする。