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    はじめ

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    はじめ

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    ワードパレット
    10.婚
    旦那さん/触れる指/慈しむ
    で小説を書きました

    大人になったあたるくんとしのぶちゃんがお茶する話
    ※面あたの世界線
    ※しのぶちゃん視点

    #面あた
    face
    ##大人面あた

    かわいい共犯者 買い物の帰り道で偶然あたるくんに会った。
    数か月ぶりに会ったというのに、その月日を感じさせないほどに彼は一切変わりなく、本当に自然と私の世界に簡単に溶け込む。立ち話もなんだからと誘われて、近くの喫茶店で軽くお茶をすることになった。日曜日の午後三時。太陽は西の方角に傾き始めていたが、まだまだ燦々と明るい。心華やぐおやつどきだ。
     喫茶店のドアを開けると、カラン、と小気味良いベルが鳴る。店の奥のボックス席を案内され、四人掛けのテーブルに向かい合うようにして腰を下ろした。
    「あたるくんは変わらないわね」
     壁に立て掛けてある分厚いカバーのメニューを開きながら独り言のように呟けば、あたるくんが目をぱちくりとさせる。少年と青年のちょうど中間くらいの顔つきに、少しだけ胸が軋んだ。
    「頬っぺた、痕がついてるわよ」
     おそらく、ガールハントをして振られたのだろう。右の頬に赤い手形がついている。
     つんつんと自分の頬を指で突きながら呆れてあげると、「そうなの、モテちゃって大変」だなんて、あたるくんはお決まりの台詞でおどけた。高校を卒業して数年経っても彼は変わらない。それがなんだか、馬鹿らしいのにこんなにも安心する。胸の奥や手足の指先に、じんと熱が浸透していく。
     毎日顔を合わせていた学生時代とは違い、大人になってそれぞれ就職して、別の友人も出来てコミュニティが増えれば、おのずと会う機会も思い出す回数も減る。それは、さみしくても仕方のないことで、そうして人生は色づいていくのだとも思う。
     それなのに、あたるくんは不思議なひとだった。久しぶりに会ったにも関わらず、久しぶりの感じがしない。笑えてしまうほどに、彼はいつまでも彼のままだった。
    きっとあたるくんの持って生まれた求心力のおかげだろう。顔を見た瞬間に会話が弾んで、まるで花が綻ぶようにして、一緒に過ごした日々が呼び起こされる。絡まっていた面映い記憶の欠片が、するすると解かれていく感覚だった。
     ここのおすすめはプリンアラモードらしい。誰かと来たことがあるのか、あたるくんがそう教えてくれた。さすがに今となっては嫉妬なんてしないけれど、誰だろうかと想像を巡らせるくらいは許して欲しい。
    あたるくんのおすすめにするわ、と言って、メニューを閉じると、彼はそれはそれは嬉しそうに笑った。
     固めのプリンには煮詰めた香ばしいカラメルがかかっていて、自家製の生クリームが添えてある。付け合わせのオレンジとチェリーがよく冷えていて美味しかった。
     あたるくんが頼んだのはホットのコーヒーで、プリンが届くなり、「一口おくれ」と悪びれもせずに言うので、テーブルの下で膝を蹴ってあげた。
    「痛て」
    「食べたかったら自分も頼めば良いじゃない」
    「いいじゃないか、ケチ。ほら、しのぶ」
     あーん、と子どもみたいにくちを開ける。名前を呼ばれてちょっとだけどきっとしたことは内緒にして、しょうがないなとその口元にプリンを運んであげた。
    「うん、美味い」
    「あら、美味しいわね」
    「もう一口おくれ」
    「だーめ。あとは私の」
     そう言ってから、銀のスプーンで卵色のプリンを掬い上げる。しのぶのケチ、と不貞腐れるあたるくんを、可愛いだなんて思う余裕さえあるのに、高校生みたいなデートをしているきぶんだった。体も心もすっかり成熟した大人なのに、馬鹿みたいに心が弾んで、心臓が暴れ出しそうで、鼻の奥がツンとなる。私たち、こんな夢みたいに幸せなデートをしたことがあったかしら。もう、忘れちゃったわ。
     ほどなくして、陽が翳り雲が動き、テーブルに影が落ちた。そろそろ夕飯の支度をしなくちゃ。そんなことを思っていると、おもむろにあたるくんが窓の外を見る。なんにも言わずにぼうっと空を見上げたかと思うと、突然私の方に向き直り、「このあとどうする?」と声を潜める。少し大人びた表情は、確かに色気が灯っていた。
    「…このあと?」
     わざととぼけると、あたるくんが僅かに目を伏せて、「せっかく会ったのに」と掠れた声で続けた。だめ? と甘えたような声で、今度は左手を撫でられる。久しぶりに触れたあたるくんの手。触れる指がじんと熱い。私の薬指に光る指輪を弄りながら、しのぶ、と一度だけ名前を呼んだ。
    「…だめ、もう帰らなくちゃ」
     努めて毅然とした態度を持って、あたるくんの虹彩を見る。繋がった指は、名残惜しくて振り解けない。それなのに、私はあたるくんの誘いを拒む。
    「どうしても?」
    「どうしても」
     そう私が突っぱねると、あたるくんがちぇっとため息をついた。ぱっと手を離して、その場で伸びをし、もっとしのぶと居たかったな、と本当か嘘か分からないような言葉を切なげに続けた。
    「うそおっしゃい」
    「本当じゃい」
     そうして私に「振られる」ことを選んだのよね。知っているわ。仕向けた、と表現したら、あたるくんがかわいそうかしら。ああ、なんて馬鹿で、優しいひとなの。泣けるほどに。
    「途中まで、送っていくよ」
     あたるくんがそう言って席を立ち、伝票を掴んでレジへと向かう。女の子に対してはスマートすぎるほどのエスコートをするのも健在だった。
     お礼を言うタイミングを逃しつつ、あたるくんの背中を追い掛けてレジへと向かうと、先に会計をしていた初老の男性と不意に目が合った。あたるくんと私、交互に目配せをして、にっこりとほほ笑んで、予想だにしないことを言う。
    「ええ旦那さんだね」
    「………旦那さん」
     即座に「違う」と否定をするのも、何故だかもったいない気がした。
     恋人ではなく夫婦に間違えられるなんて。それだけ大人になったのね、と感慨深く思っていると、あたるくんが「そうじゃろ」と言った。くつくつと嬉しそうに笑いながら、もう一度。
    「ええ旦那さんじゃろ」
     私の顔をうかがいつつも、鷹揚に笑って世界一優しくてさびしい嘘をつく。絶対に本当にはならない、残酷な嘘。 
     一度は伴侶となる未来を想像した、ある意味特別な相手だった。もしかしたら、初恋かもしれない。あなたと人生を共にすることは、けっしておかしなことではなかった。むしろ望んだことでさえあった。あなたが好きよ。いえ、好きだったわ。
     店を出て、暫く歩いて、ここで良いわと別れを告げる。
    「またね」
     と、あたるくんが手を振る。私の姿が見えなくなるまで、ずっとずっと手を振っていることが、なんとなく空気で伝わってきたので、私は少しでも駆け足で、あたるくんの見えないところまで急いで走った。 
     あなたの旦那さまは、さぞお怒りじゃないかしら。かつての恋人とのデートだなんて、大丈夫かしら。ああ、でも、あの人も女性には優しいわね。目を瞑ると、涙が零れそうだった。
     交差点を曲がって、ひとしきり歩いて、あたるくんの視線を感じないところで立ち止まって息をついた。どくどくと波打つ心臓を撫でながら、面堂くんのことを思い出していた。世界がもっと、今よりもほんの少しだけでも優しくなれば、旦那さん同士の愛の育みも、きっと祝福されるだろう。もっと、もっと、いまよりももっと。それを私は願ってやまない。
     下を向くと涙が出そうで、だから私は前を向く。
     今日のデートを私は一生慈しむのだろう。いつでも思い出せるように、胸の奥の宝物箱に大切にしまっておこう。きっと生涯、私の心を優しく灯す、二人だけの秘密のデートを。
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    名前を呼べばすっ飛んで来る関係。

    あたるくんの「面堂のばっきゃろーっ」を受けて0.1秒ですっ飛んでくる面堂くんも、呼べばすぐに来るって分かってる確信犯なあたるくんも大好きです。
    恋より淡い 校庭の木々の葉はすっかり落ちて、いかにも「冬が来ました」という様相をしていた。重く沈んだ厚ぼったい雲は今にも雪が降り出しそうで、頬を撫でる空気はひどく冷たい。
     期末テストを終えたあとの終業式までを待つ期間というのは、すぐそこまでやってきている冬休みに気を取られ、心がそわそわして落ち着かなかった。
    「――なに見てるんだ?」
     教室の窓から校庭を見下ろしていると、後ろから声を掛けられた。振り向かなくても声で誰か分かった。べつに、と一言短く言ってあしらうも、あたるにのしかかるコースケは意に介さない。
    「…あ、面堂のやつじゃねえか」
     校庭の中央には見える面堂の姿を目敏く捉え、やたらと姿勢の良いぴんと伸びた清潔な背中を顎でしゃくる。誰と話してるんだ、などと独り言を呟きつつ、あたるの肩にのしかかるようにして窓の桟に手を掛けている。そのまま窓の外の方へと身を乗り出すので危なっかしいたらありゃしなかったが、落ちたら落ちたときだ。
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