吉田松陰がカルデアに召喚された。
待ちに待ったその吉報に、カルデアの高杉晋作は歓喜の声を上げ三味線を掻き鳴らし、歓迎パーティーのため厨房に自ら赴きメニューを考え、食堂に手作りの飾り付けまでこしらえた。
あのSAITAMAの地で言葉を交わした彼とは別の霊基だったとしても、師と再び同じ時を過ごせることを何よりも望んでいた弟子だったのだ。
ゆえに、祝いの席で傾ける杯のペースがいつもより早くなってしまったのも、また必定。
「せんせぇ~、僕はねぇ、わかっているんですよぉ」
主賓席に静かに座っていた松陰にくだをまいて絡んでいるサーヴァントがいると思ったら案の定それは高杉だった。
「うわっ、社長どうしたんですか、大丈夫ですか?!」
彼のこんな姿を見たことがなかったマスターは慌てて水の入ったコップを手渡そうとしたが、それを無視して泥酔状態の高杉はずいとマスターに顔を近付ける。
「きみぃ、マスター君。邪魔をしないでくれたまえ。僕は今ねぇ、松陰先生と親睦を深めているところで……ぅおえっ」
酒臭い息と共に捲し立てる彼だったが、積もりに積もった酒のせいで気分が悪くなったらしい。慌てて口をおさえて顔を青くする。
「あぁもう!食堂で吐くのは以蔵さんだけにしてくださいよ!」
近くにあったバケツを素早く手繰り寄せ、高杉に差し出すマスターだが、どうやら彼は吐き慣れていないらしく小さく唸るだけでなかなかすっきりしない。マスターは彼の背を優しくさすりながら、せっかくの歓迎会なのにと心の中で呆れてため息をつく。ひどく申し訳なくなって主賓席をちらりと見ながらおずおずと声をかける。
「すみません……えーっと、松陰…先生?」
召喚したばかりでまだどう呼んだらよいのかわからなかったが、これが一番しっくりくるので彼の弟子がいつも呼んでいるものに倣う。それを聞いた松陰は、ふむと一度頷いて「気にすることはありません」と言った。そして、いまだバケツに頭を突っ込んで獣のように唸っている弟子を一瞥する。
「晋作」
松陰は鋭い声で短くそう呼びかけると、高杉の背に添えられていたマスターの手を緩くどける。瞬間、その服を掴みバケツから彼の顔を引き上げ、突然のことに驚く高杉の口へ己の指をぐいと押し込んだ。
「ぐ…ぁっ」
内からせり上がる嘔吐感と松陰から与えられる圧迫感に高杉は顔を歪める。
「マスターに迷惑をかけるのはよしなさい」
端から見ても喉が苦しくなるほどに、松陰は高杉の口に突っ込んだ指に力を入れる。マスターも思わず自分の口元を手でおさえた。
「ぁ、ぐ、おぉぇぇぇぇえっっ」
盛大な逆流音と共に勢いよく再びバケツへ頭を戻す高杉の横で、松陰は涼しい顔をして汚れた己の指を拭う。
しばらくマスターに背をさすられていた高杉は、出すものを出してすっきりしたのか、今度はふふふと怪しげな声を上げて笑いだす。
「ふふ、先生、上手に吐けたでしょう。岡田君とは段違いだ。んふふ、存分に褒めていいんですよ先生」
「そんなことより今日は早く休みなさい」
松陰はそう言いながら持っていた手拭きで高杉の口元を煩雑に拭う。
「そんなこととはなんですか!」
そう高杉が返した言葉に重なるように、がやがやと喧しい一団が近づいてくる。
「なんじゃ、そやつももう限界か?これだから幕末の腰抜けどもは!」
「そう言うノッブも足元フラフラですけどー?」
「あれ?高杉さんも戻るのかい?」
「皆わしを置いていきよる……なんでじゃぁ……」
「おいリョーマ、そんなクソ雑魚ナメクジ背負う必要なんかないぞ。ゲロの海に捨てておけ」
いつもの調子でやってきた彼らに松陰は気圧されながら数度瞬きして、少し考えを巡らせたかと思うと、彼を頼みますと一言添えて一団に向けて高杉を押しやった。
「なっ、ちょっと先生、僕はまだ」
すがろうとする弟子の手を離し、師は「それでは」と簡単に挨拶を投げる。
「つれないこと言わないでくださいよ先生!僕はわかっているんですからね!」
シミュレーターで美味いハマグリを狩に行くか、そいつを肴に飲みなおそうか、などと言葉を交わしながら引き上げる彼らに引きずられながら、高杉は手足を振り回して声を上げる。
「先生が僕を認めてること、わかっているんですからねーー!」
羽目を外しすぎないようにと彼らに声をかけて見送ったマスターは、高杉の最後の言葉を聞いたであろう松陰を横目で盗み見る。
存外、嬉しそうな顔をしている。
「よかったんですか」
「ええ、たくさんの仲間がいますから。今の彼には」
眼鏡の位置をなおしながらそう言う松陰に、マスターはふうんと何気なく返事をし、改めて新たに召喚されたサーヴァントに向き合う。
「先生も、その仲間の一人ですけどね」
そう言って差し出した手に、シェイクハンドですかと笑いながらサーヴァント吉田松陰は応えた。