ある主人公の悲劇 ドナテロとイチャイチャしたい。
湧き上がった欲求のままにラファエロはドナテロの部屋に押し掛けたのがつい先程のこと。
肝心のドナテロはパソコンの前でゲームを遊んでいるところだった。
「あれ、何か用?」
「……や、別に。暇だから来ただけ」
いきなり部屋にやってきて、イチャつきたいからゲームを止めてくれ──とは言えない。照れくさいし、多分呆れた目が返ってくる。
なので彼の隣に座り、遊んでいるゲームを横から鑑賞することにした。モニターの中では主人公らしい女性が、古びた屋敷の中を謎を解きながら探索していた。
なぜか一ページごとに散らばったメモを集めたり、なぜか異様に手の込んだ仕掛けで扉を開いたり。普段はもっぱらアクションや格闘を遊んでいるラファエロからするとなんとも奇妙な屋敷である。
「なんでドア一つ開けるのにパズル解くんだよ。ここ住んでたやつ毎回これやってたのか?」
「いいだろゲームなんだから。……まあでも、書斎に行くのに毎回彫像の向き変えるのは想像したら不便すぎるよね」
くすくすと笑うドナテロ。今ならいけるのでは、とそっと腕を回して肩を抱く。イチャつきたい欲はいまだ健在だった。
画面の中の主人公があらぬ方向に走って壁に激突する。数秒の沈黙の後、彼女は再び何事もなかったように歩き出した。
どうやら肩を抱くのは許してくれるらしい。うっすら赤くなった頬を見て、ラファエロは口元を緩ませる。もうこれで満足、と言ってもいい心地だ。
温かな気持ちでゲームプレイを眺める。主人公が屋敷を進み、曲がり角を曲がる瞬間、物陰にぼんやりした人影が一瞬映る。
「ん……?」
気のせいだろうか。主人公は気付いた様子もなく歩いていく。鏡の前を通りすぎる際、またもや人影がちらりと鏡に映る。窓に小さな手形がべたべたと叩き付けられる。何もいないのにカーテンが人型に膨らむ。
ここまでくればラファエロもホラーゲームだと気付く。ホラーが特別苦手なわけではないが、怖くないわけではない。だが、イイ感じにドナテロの肩を抱いたこの状況で怖がる姿を見せられるだろうか。見せられるわけがない。
つまり、何でもない顔で画面を見続けるしかない。
ドナテロは操作に集中しているせいか平気な顔でプレイを続行している。主人公がスイスイ進んでいる横で、次々と起こる怪奇現象。その度に悲鳴を噛み殺し、身体を強張らせる。奥に進めば進むほど怪異は悪質になっていき、何もないと油断させたところで黒いヒトガタがガラス戸越しに出現したところで限界が来た。
「うおっ」
ついドナテロを抱いた腕に力が籠もってしまう。そこで、ドナテロの肩が小さく震えていることに気付いた。
なんだ、ドナテロも怖がっていたのか。
安心した気持ちで隣を見る。ドナテロは肩を震わせていた。肩を震わせて、笑っていた。
「く、ふふっ、ラファ、ぷっくく……」
かっと頬が熱くなる。ドナテロは最初から、ラファエロが怖がっているのに気付いていたのだ。
「て、てめぇ……」
「だって、くく、必死に我慢してるのかわいくて……」
かわいい、とこちらを見てくる赤い目にどきりとする。恥ずかしさがすうっと消えてしまった。
「なんでおまえはビビらねーんだよ」
「だってこれ二週目だもん、アイテムコンプのためにやってただけ」
道理でやたらとスイスイ進んでいると思った。脱力して肩に回した腕を下ろそうとすると、ドナテロの手に引き留められる。
「怖かったら抱きついてていいよ?」
言ったなこの野郎。からかうような笑みに、上等だと両手を回して思いきり抱きしめる。
「えー、ちょっと操作しにくいんだけど」
「二週目なんだろ、こんくらいハンデだと思え」
「何に対するハンデだよ……」
呆れた声が返ってくるが、身体は大人しく腕の中に納まったままだ。
なんだかんだでこの部屋に訪れた目的は十分すぎるほど達成できている。思っていたのとは少し違うが、まあいいか、とラファエロはドナテロの肩に額を摺り寄せる。
画面の中で主人公が壁に激突した。
end