「完了、と」
鏡から片足を伸ばし、何の問題も無く現実世界にイルーゾォは降り立つ…はずだった。
今しがた発した自分の声がいつもより高く、地面に降り立った視線は心なしか低い。自身に降りかかった違和感に慌てて鏡を振り返ったイルーゾォは言葉を失った。
「待て……何が、どうなってやがる」
目の前に映る自分の姿は全体的に小さく、丸みを帯びた曲線の体、張り裂けそうな胸。誰がどう見ても『女性』そのものだった。
本物かどうか体のあちこちを触ってみても、手のひらから伝わる肉質は本物で、ずっしりとした質量を持つ胸はいくら揉んでも縮まなかった。
「マジかよ……」
鏡の中で起きたことを必死に思い返してみると、一つ思い当たる節があった。
それは、今消した相手がスタンド使いであったということ。能力こそハッキリと明かされていなかったが、もしその能力が性転換させるものだとしたら全て説明がつく。
目を閉じたイルーゾォはため息と共に、何かの間違いではないかと僅かな希望を持って目を開き…再びため息をついた。
リーダーになんて説明しよう。
それよりもこれからどうなるんだ、俺は。
そもそも組織に居られるのか。
色々な疑問が頭を飛び交い、一段と深くため息をついたイルーゾォはふらつく足元である部屋に向かった。
◆◆◆
通い慣れた部屋のドアを無言で叩く。
中から短い返事が聞こえたのを確認してから静かにドアを開け、気配を消すように部屋の中へ入ると後ろ手でドアの鍵を掛けた。
「お疲れさん……って……イルー、ゾォ?」
いつも見慣れたホルマジオでさえ言葉の最後に疑問符を付けるほど、今の姿には違和感があるらしい。
もう開き直るしかない。
下を向いたままイルーゾォはホルマジオが座っているであろうソファへ向かって足を進めた。
「お前……どうした?」
「多分、スタンド使いにやられた」
「その声……おい、ちょっとこっち向け」
いつものように肘掛けにもたれて座っていたのだろう。がさがさと姿勢を立て直す音が聞こえ、イルーゾォはその方向へ向かっておずおずと顔を上げた。
「…………」
「女になっちまった」
「……みたいだな」
頭の先から爪先まで、ホルマジオは舐めるようにじっくりとイルーゾォを見つめた。その視線に対して、居心地悪そうに目をそらしたイルーゾォの手首に衝撃が走る。
あ、と気付いた頃にはぐいと引き寄せられた手首にバランスを崩し、いつもより軽い体はホルマジオの上に落ちていった。
「うは、でけぇ」
「お前な……」
しっかりと受け止められた体は当然、女性用下着など付けておらず、たわわな胸はマシュマロのようにホルマジオの顔を包み込む。
しばらく楽しんでいたホルマジオだったが、ふと顔を上げると口を開いた。
「スタンド使いにやられたってんならソイツを倒せば元に戻るんじゃねぇの?」
「本体はさっき倒した」
「……まぁ、そのうち戻るだろ」
「もし戻らなかったら……」
「しょうがねぇなぁ。その時は俺の嫁って事で──」
「馬鹿言うな」
茶化すホルマジオの言葉を遮ってイルーゾォは口を尖らせた。
誰よりも先にコイツに会いに来たのは間違いだったかもしれない。そう思い始めた時、突然視界が暗くなり、尖らせたままの唇がチュッとリップ音を立てる。何が起きたのか理解したイルーゾォは顔を赤くして言葉を探した。
「怒んなよ。マジで可愛いぞ、お前」
「……嬉しくない」
「そんな顔して怒られても余計にそそられるだけだっての」
再び軽く口付けたホルマジオはイルーゾォの耳をそっと舌でなぞり、甘く噛むとそっと囁いた。
「今日は楽しませてもらうからな」