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    財前光が恋だと気付いたのは鏡の向こうの自分の顔を見たとき です。
    #shindanmaker
    https://shindanmaker.com/558753

    昔の掘り出し物です

    ありえへんマジで‼️最初はユウジに引き摺られて来た合宿で、成り行きで崖を登り合流したのだけれど、新しく気の合う友達も出来たし、強くなれている自覚の芽生えるテニスはまあまあ面白い。みんなと、あの人と、四六時中一緒にいられるのが嬉しくて。辛い練習、面倒くさい人間関係に、来て良かったとは思い切れないけれど、それも悪くない、と楽しんでいる自分がいた。

    「何かいい事でもあったのか」と風呂上りの日吉に聞かれて顔を上げた。ギュッと眉間に力が入る。水を差されたような気がするのは、それまでいい気分でいたからで、奥歯を噛み合わせるのはそれまで表情筋が緩んでいたからだ。
    スマホの画面を消し、二段ベッドの柱に肘を突いて覗き込む日吉を睨み、すぐに目を伏せ謝った。彼は何も悪いことはしていない。
    「すまん」
    「気にするな。話したいなら聞くが、別に強請って聞きたい訳じゃない。切原がいなくて良かったな」
    海堂は一人で走りに出ていて、日吉と一緒に風呂に行ったはずの切原は、どうせ誰かと遊んでいるのだろう。今は部屋に二人だけだった。
    切原は決して悪いやつではないのだが、いかんせん声がデカすぎる。懐っこいのは美点だが、偶にしつこ過ぎてうるさい。
    「……顔洗ってくるわ」
    おざなりに見送られ、わざと人の来ないような辺鄙なトイレまで歩いて、洗面台に手を突いてふと鏡を見た。我ながらひどい顔だと思う。流水音を聞きながら、らしくもない、落ち着けと自分に言い聞かせ、執拗に顔を冷水に浸けた。火照った頬が冷えきり、綻んだ口元が凍るまで。
    タオルを取ろうとして、無意識にポケットに入れていたスマホに気付き、取り出す。何気なく点けて、いつもなら調子が悪くなかなか開かない指紋認証が一発で認識され、先程まで見ていたメッセージアプリのバンドロゴの背景が目に飛び込んでくる。そういえば先日新しいバージョンが発売されていた、と努めて関係ない事を思い出すが、本当に何気ない短く脈絡のないやりとりを目で追うのは止められなかった。
    直近は「猫のおる」と言うたった四文字と、構図も下手くそなトラ猫の写真。文章とやたらタイムラグがある写真の、端に映り込む浅黒く日焼けした長い指で、また顔を洗う羽目になった。
    長く水を使い今度こそ頭を冷やしきり、画面を見ないようにしてアプリを閉じ、部屋に戻る廊下を歩いた。

    謙也さんが好きだ。
    謙也さんが、好きだった。
    何かが上手くいかないと気付いたのは最近だ。原因も、もう思い当たっている。けれど、認めてしまったら決定的に変わってしまう気がして、知らないふりをし続けている。要は怖がっているのだ。傷付けるのが怖い、ただの後輩でいられないのが怖い、困らせるのが怖い。言い訳ばかり言って何もせず逃げ回って、ただ怠惰なのだ。

    スッと頭上に影が差した。見上げると、逆光とメガネがノートを片手に話しかけてくる。
    「お困りのようだね」
    「い、ぬい……、さん」
    「データの臭いがする」
    「ヒィッ、柳蓮二ッ」
    「ふむ、それが財前光の素の反応か」
    頭上からいきなり声を掛けられたら誰でもビビる。
    「登場の仕方ですわ。何ですか」
    絡まれる程親交はないはずだ。満面の笑みで両方から肩を抱き、さながら捕獲された宇宙人の様に連行された。ノートとメモ紙の散らかった部屋に放り込まれる。何処で何をしているのか知らないが、千歳の姿はない。机に向かっていた観月が呆れたように振り返った。
    「今度は何やらかす気ですか? 全く……。他人の恋路なんて放っておけばいいんですよ。他人が口出そうが手出そうが、結局なるようになるんですから」
    良かったら、と、食品としてありえない色と明らかに口にしてはいけない臭いの汁を柳に手渡され、空いているベッドの縁に座らされた。心底嫌そうな顔で零さないでくださいねと観月が言ったので観月のベッドなのだろう。誘拐された訳を聞こうと、見えない目を睨んだ。
    「いきなり何なんすか、と君は言う。身も蓋もなく言ってしまうけどね、千歳がうるさいんだ」
    「は?」
    「事ある毎に財前、財前。隣で発情されてみろ、休むものも休めなくてな。もういっそ原因からどうにかしてしまえと思って君を連れてきた」
    「しばらく観察していたが、どうにも我々が今我慢している意味も無さそうだ。財前、君千歳のことが好きなんだろう?」
    矢継ぎ早に繰り出される言葉の意味を理解して飲み込むまで時間が掛かった。千歳が?
    固まった頭に畳み掛けられる。
    「忍足謙也が好きだと言っているらしいが、側から見ればそうは思わないな」
    「分かりやすく簡潔に述べるとするなら、そうだな……。最推しとガチ恋の対象が必ずしも一致するとは限らない、と、そういうことだ」
    「推しの世界に入りたいタイプと意地でも入りたくないタイプとあるだろう? 見る限り、きみは後者だ、およそ75%の確率でね」
    「ガチ恋は別枠で考えるべきだな。オタクたる者、棲み分けは何より大事だ」
    例えが絶妙に分かるような分からないような。「データオタクだからな」と先読みされた。そこはハモらなくていい。
    ため息を吐いて頭を垂れる。
    「分かってるんすよ、ほんまは……。分かってるんです。けど今更どうしたらええんかわからんのですわ。散々違う人が好きやって、泣きついてきてて、今更」
    謙也のことは好きだ。何かをするなら応援するし、追えるものなら生涯追いかけるつもりだ。幸せになってほしいと思う。けれど、この人が欲しいと思ったことは一度もないのだ。
    「今更、千歳先輩が好きやって言える訳ない……」
    あんな短いやりとりでもプライドが融ける。劣情まみれの惨めったらしい自分の顔を見てしまったら、もう認めざるを得ない。
    欲しいと思う人はただ一人、一緒にいた時間は他の誰より短いのに、どんな時もずっと傍にいた千歳だけだ。
    わざわざ荷物を一つ増やし、得意ではない端末の操作をしてまで、自分が見聞きし感じた事を共有してくれるのが嬉しくてたまらない。光、と呼んで手招きし、大きな温かい手で隣に置き、きつい目元を蕩けさせて優しく微笑む千歳が好きだった。甘えられているのが心地良く、甘やかされているのが切ないほど嬉しい。互いに自由をして余計な気を使わないので、千歳の隣では息ができる。
    橘や手塚、鷲尾や惷と話す姿は、正直いい気分はしない。俺の先輩なのに、と縛る権利も資格もないのが悔しかった。
    千歳が欲しい。触って、求めて、愛してほしい。光、と呼んで、死ぬまで傍にいてほしい。自分が可愛げとは程遠い男で、彼の隣に立つには不相応だと分かっている。それでも千歳が好きだった。
    言葉を紡げば熱が上がり、頭が茹だる。熱心に話を聞いている乾と柳の視線に耐えきれなくて、膝を引き寄せ縮こまった。
    「なるほどこれがかわいいのか」
    「いいね、若々しい」
    「一つしか違わないだろう。赤也もこれくらいかわいければな……」
    「なんだかわいくないのか? うちのはもっとかわいいが」
    「かわいくなくはないぞ。ただ、可愛さ余って憎さ百倍とも言う」
    「貴方達、話が脱線し過ぎです。ほら、そういう事らしいですよ、千歳くん」
    はっと顔を上げた。背筋が凍る。音を立てて血が下がる。目の前のベッドのカーテンがほんの少しだけ開き、叱られた犬のような顔をした千歳が蛍光灯の下に出て来て、困ったようにひかる、と唇が動いた。
    手に持ったままだった汁を千歳目掛けて投げつけスピードスターも驚くロケットダッシュをかました。方々から悲鳴が上がる。まともに汁を食らった千歳、飛沫を被った観月、嬉嬉としてスピードガンとストップウォッチを構えていた乾と柳。
    逃げようとしたらドアが開かない。回らないノブを力任せに回し、肩でドアを押す。
    「なんでっ、クソ!」
    「プライバシーに配慮した結果だが?」
    「待って待って! 逃げんといて!」
    恥ずかしさのあまり死んでしまいたい。鍵に掴みかかった手を引かれ、背中からすっぽり抱かれる。振り切って飛び出そうにも窓は観月にドアは乾と柳に封鎖され、舌を噛み切ってやろうとしたら背後から抱き止めている千歳に顎を固定され、そのまま抱え上げられた。身体に回る固い腕、背中に感じる胸の温かさがどうしようもなく自分を惨めにする。
    「放せや! ありえへんマジで」
    「ばってん放したら逃げっとだろ?」
    「当たり前やんけ! こんな、こんな風になってもうてそのまま居れるか!」
    「いかんいかん! 舌ば噛もうとせんで!」
    骨が砕けそうな程阻止されて、痛みに呻くと口腔に指が突っ込まれた。皮の味と転がる爪の感触が宥めるように舌を愛撫する。諸共噛みちぎるなんてできるわけがない。全身で暴れれば逃げ出せるだろうが、そんな事をすれば千歳も怪我をする。
    言葉も出せず、抵抗もできず、ただ涙する。だから嫌だったのに。動きを止めれば、そっと床に下ろされた。
    ごゆっくり、と、ギャンギャン喚く観月を引きずって乾と柳が退出し、シンと静まった部屋で千歳の呼吸が大きい。きつく抱きしめられ首筋に髪が触る。慎重に抜かれた指が唾液で光る。
    「光、死のうとするんは止めとうせ」
    「なら盗み聞きせんかったらええんやないんですか?」
    「俺ん事好いとうと?」
    「聞いてたんでしょ」
    「直接聞きたか」
    「違いますよ、知っとるでしょ」
    「嘘はいけんよ。ねえ、好きって言っとうせ」
    「……困るやろ」
    「嬉しすぎて困るかもしれんねぇ。光、俺は好きでもなか子にこぎゃん事せんよ」
    は、と肩口に焦げそうな程熱い吐息がぶつかり、歯が皮膚を破る感覚とときつく吸われた痛みが、ひどい快感になって脊髄を下に駆け抜ける。こんな状況でもしっかり反応してしまう自分が本当に嫌だった。
    「い、嫌や、怖いから嫌」
    怖い、と耳元で繰り返され、恐怖が込み上がった。身を捩って腕から逃げようと試みるが、体格差のせいで簡単に胸の中に引き戻される。
    「ちゅーしたかもん。好きって言って」
    涙を堪えると喉が鳴るのがあまりに惨めで。
    抱きしめる腕が強まり、背けた頬に唇が付き、鼓膜に直接「光」と吐息が吹き込まれる。鳥肌が立ち膝が笑い、支えられてどうにか立っている。どちらかも分からない程、鼓動がうるさい。
    のぼせて白く眩む頭に「好いとうよ」と囁かれて、とうとう最後の理性が途切れた。
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