マヴ愛され/お題:ハロウィン「Trick or Treat」
子どもたちの楽しげな歓声が風にのって聞こえてくる。
ピート・ミッチェルことマーヴェリックはそちらへと首を巡らせてからふと振り返った。
「君たちも、こんなところにいないで楽しんできたらどうだ?」
視線の先には一年前の作戦で共に飛んだ教え子たちが、格納庫で出番を待っている機体を眺めたり整備士たちと会話をしたりと思い思いに過ごしている。
「こっちも楽しいですよ」
「向こう行ったら手伝わされるじゃないですか」
「俺たち観客の方なんで」
若者たちは実にドライだ。いや、一年前に二週間ほど飛行技術を教わった(後に生死をかけた作戦に共に参加した)相手にわざわざ会いに来てくれるのは義理堅いと言うべきか。
去年は直前でキャンセルせざるを得なかったハロウィンのエアショーにマーヴェリックが出ることを、教えたわけでもないのに若いアヴィエーターたちはどこから聞きつけたのか当日になって示し合わせたようにやってきたのだ。
おそらくルースターをハブに伝わったのだろう。ミッションのメンバーたちは所属基地間という物理的な距離をオンライン上での繋がりで補っているようだったから。マーヴェリックも誘われて何度か会話に加わったが、あまり年寄りが参加するのも若人たちに気を使わせてしまうだろうとここ最近は疎遠になっていた。
顔を合わせるなりフェニックスに「寂しいからもっと参加してください! ルースターばかりにじゃなくて私達にも返信もして!」と叱られてしまい恐縮したのはつい数時間前のことだ。
「ところでエアショーに参加するタイプだったなんて、意外です」
「そうかな」
「いや、マーヴェリックは飛べるチャンスは絶対逃さないぞ」
ホンドーがひょいと顔を覗かせる。
「訓練だろうとエアショーだろうと、テストパイロットだろうと」
からかうように眉を上げるホンドーに、若者たちはなるほどと訳知り顔で頷く。
「エアショーは単純に好きなんだよ。みんな楽しそうに飛行機を見上げるだろ? それを見るのが大好きなんだ」
「プログラムにないことはなし?」
「あーいやぁまぁ……それは」
マーヴェリックはきまり悪そうに視線をそらし、その様子にそれとなく耳を澄ませていた整備士たちが笑い出す。ないこともやるらしい。
「ちゃんと事前に打ち合わせておけば司令に怒られることもないんですよ!」
「そのとおり」
「わかってはいるんだけど……」
離陸するまではプログラムどおりに飛ぼうと思っているし、そのつもりだ。でもこちらを見上げるキラキラした瞳に気づいてしまうとなにかしらサービスをしたくなってしまうのだ。その結果、上司に叱られ観客からは喜ばれることになる。自分も気持ちよく飛べるので天秤は観客寄りに傾くことが多い。
特にハロウィンの時期のエアショーでは常より多く観客に視線をやってしまう。『死者の霊が現世に戻ってきて生者にまぎれている』のなら、このパレードの中に会いたい人の顔が見つけられるのではないかと。子供の頃からの癖で今も探してしまうのだ。
その時ふと、少しばかり曖昧だったが興味深い記憶が蘇った。
「そういえば昔、日本に赴任した時に、現地のスタッフから聞いたことがあったな。日本にも似たイベントがあるって。
えーと、たしか“obon”だったかな? そのスタッフの家では野菜で動物を作るんだって言ってた。小さな焚き火を目印に、先祖の霊がその動物に乗って帰ってくるんだそうだよ」
「野菜の動物? 全然想像つかないな」
「検索してみろよ」
「なんてワード? obon? vegetable? animal? そんなとこか」
「あった! マーヴ、これ?」
画像検索でヒットした画面に、マーヴェリックはうなずいた。
「そう、それだ」
「syouryouuma? なんて意味だ?」
「いや待てsyouryouuma、artでなんか違うの出るぞ」
「車とかバイクみたいの出てきたんだけど。動物じゃなくていいの?」
「乗れればOKみたいな感じか?」
「こっちはすげー作り込んだ馬」
「ガ○ダム」
「お、戦闘機まである。マッハじゃ振り落とされそうだな」
「いや、外にはへばりつかねーだろ。ホラーだそれ」
「輸送機くらいでかくないと効率悪いだろ」
「効率の問題じゃないと思うなぁ」
各々のセルフォンで検索を始めたら予想外に盛り上がりだした。
マーヴェリックは『家族の用意した乗り物に乗って死者が帰ってくる』というフレーズが心の片隅に残っていたのでそのエピソードを覚えていたが、どんなものかまでは特に調べたりしなかった。ただ、当時、自分もそれを用意したら、グースに会えたりするんだろうかと思っただけだった。
「あの時ちゃんと調べてみたら良かったな」
グースのことだ、バイクや戦闘機の形で作ったら、大喜びで乗ってくれそうだ。
「マーヴェリック! そろそろ時間です」
「わかった」
マーヴェリックは呼びに来たスタッフに向かって片手を上げてみせ、改めて教え子たちに声をかけた。
「じゃあちょっと行ってくるよ」
里帰りしているだろうグースとアイスを迎えに、と心の中で付け加え、おそらく今までで一番澄んだ気持ちで青空の下へ足を踏み出した。
end.