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    斑猫ゆき

    キメツとk田一中心。

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    斑猫ゆき

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    炭魘♀前提の彦魘♀。炭魘♀が結婚した世界線で今もひとりで生き続けている未亡人にょたんむと子孫の🎴彦くんのお話④
    今回は全年齢です。

    あなたが空におちるとき もうすぐ、冬が来る。
     そのせいか、とっても眠い。ページをめくる指に、じんわりとストーブの熱が伝わってくる。炙られた指先は温められて滑らかに動くどころか、血行を良くして眠気を全身に運び始める。
     放課後の図書室には既に他の生徒はいない。しんとした空気が張り詰めて、僕の周りに巡らされている。司書の先生が勧めてくれたこのストーブ脇の席を退くのもなんだか悪いような気がして、ずっと座ったままだ。もうすぐ最終下校時刻を指すはずの時計が、しかつめらしい顔して本棚の上から僕を見ている。
     そういえば、遅くなるって家に連絡するの忘れちゃったな。まあ、いつものことだって思ってくれるかな。そこまで考えたところできし、と思い出したくなかった胸の奥が痛み、慌てて意識の先を本に向ける。
     『話題の新刊』というコーナーからなんとなく持ってきたそれは、蓋を開けて見ればやたらと難しい哲学の本だった。序章を読み終えた辺りで雲行きが怪しくなってきて、一時間経っても片手で数えられるくらいのページしか踏破できていない。なんだろう、人と人とが関わり合っていくうち、それぞれの認識によっていろんなものが変わってしまう……みたいな? 全然、よくわからない。きっと、そんな簡単にまとめられるなら本にする必要ないんだろうなぁって感じだけど。
     もう帰らなきゃいけない時間だし、ギブアップしてしまってもいいのに惰性で読んでいる。同じ文章を行きつ戻りつして、なんとか噛み砕いて飲み込んで。ああ、眠たいなぁ。どうして人間は冬眠しないんだろう。冬眠しないからやることがなくて寒い中でもせわしなく働いているのか、それとも働かないと世界が動いていかないから仕方なく冬も起きているのか。少なくとも僕はふたつめだと思う。だって、そうじゃなかったらこんなに眠くなるはずないもの。
     窓から見える校庭の隅に、うっすらと煙が立ち上っている。用務員さんが集めた落ち葉を燃やしているところだった。勿体ないなぁ。あんなにあったかそうな落ち葉のお布団を。昔、お兄ちゃんと遊んだっけ。集めた落ち葉の中に思いっきりダイブするの。かさかさ鳴る落ち葉は思った以上に柔らかく温かで、つい僕はそのまま眠ってしまったんだ。
     いまだって、眠ってしまいたい。このままゆるやかな温かさに身を任せてしまえたら。そんな誘惑を頑張ってこらえて、手の甲で目をこする。そうして思いっきり勢いを付けて立ち上がると、本をもとあった場所へと戻しに行く。
     寝るのは、だめ。本当は眠るのが大好きだけれど、今はこわい。こんな気持ちでうとうとしていると、眠りにおちる一歩手前の無意識の中で、考えないようにしていた記憶の蓋がゆるんでしまう。そうして現れてくる心臓を掠める嫌なつめたさを持った影に、つかまってしまうから。
     あ、駄目だ。意識すると思い出しちゃう。
     ぞわっと背筋を走るのは、後ろめたい気持ちよさ。目の前の本棚を遮るみたいに立ち現れてくる、きれぎれの息と、白い光景。僕じゃない名前で僕を呼ぶ声と、お姉ちゃんの肌の色。身体は限りなく近くにあるはずなのに、どうしたってお姉ちゃんが遠い。僕の血のなかの深く深く、そのみなもとに手を伸ばし、乞い縋るお姉ちゃんが。駄目、だめだよ。理性は警告を飛ばすのに、感情はそれを振り切ってひとつの行き先に辿り着いてしまう。どう足掻いても動かせない。もう百年以上前に決まってしまった結論に。
     魘夢お姉ちゃんが好きなのは、やっぱり曾々おじいちゃんだけなんだ。
     ストーブからはもう離れたのに、身体が熱い。嫌な汗が額を伝う。僕は大きく息を吐いて、無理やりに一歩を踏み出す。司書の先生に挨拶をしたときも、ぎこちなく見えたらしい。少し気遣わしげな顔の先生に、難しい本を読んだせいで肩が凝ってるんです、って笑って誤魔化す。壁に貼ってある図書館だよりの字に意識を逸らしながら、まっすぐ出口に向かって歩いて行った。
     あれから、お姉ちゃんのところには行っていない。連絡するのもなんだか気まずくて、メッセージアプリもずっとそのまま。お姉ちゃんからもメッセージは来ていないから、開かずに済んでいるというのもある。だけど、それがまた気が重い。お姉ちゃん、今度こそ僕のこと嫌いになっちゃったんだろう、って。そう突きつけられているようだったから。
     お姉ちゃんの家にはとても行けないけれど、まっすぐ家に帰るのが続くと、お姉ちゃんのところに寄らない理由を勘ぐられてしまう。今までは毎日のように通っていたのに。だから、ここのところ学校の中で時間を潰す日が続いている。読みたくもない本とにらめっこしてこんな遅くまで図書室にいるのは、そんな訳だ。
     廊下に出ると、もう窓の外は大分暗くなっていた。真っ赤に燃える夕日が、立ち並ぶ屋根の隙間にかろうじて引っかかっている。その心もとない明かりを無下に押しやるみたく、蛍光灯が無機質な光を等間隔に灯していた。廊下の端から端まで見渡しても、もう、誰もいない。
     なんだか心細くなって、ぎゅっとポケットの中のものを握りしめる。お姉ちゃんが小学校の卒業祝いにくれたハンカチ。お気に入りでずっと使い続けていたから、もう刺繍のスズランも少しほつれてきていた。お姉ちゃんは新しいのを縫ってくれるって言ってたけど、それを頑なに拒んで、同じものを持ち続けている。それは、今も同じ。あんな事があっても、手放すどころか御守みたいに毎日ポケットに忍ばせている。ごわごわになりかけた生地が、指の中でざらざらとささくれ立つように感じた。
     昇降口まで来ると、やっと帰り支度をする生徒達がちらほらと見受けられた。きっと遅くまで部活動に勤しんでいた子達だ。僕も部活に入っていれば、独りで図書室に籠もる必要なんかなかったのだろう。だけど、なんだかそれは不実なような気がした。お姉ちゃんにしたことを忘れたいのに、能動的に忘れる方向へ持って行こうとするのは許せない。矛盾してるかもしれないけれど、僕の中ではそれは分かち難く両立していた。それに、そんな不純な動機で真剣に部活へ打ち込んでいるみんなの中に入っていくのは申し訳ないし。
    「炭彦! いま帰りか?」
     下駄箱からスニーカーを抜き出したところで、隣から声をかけられた。良く通る、大きな声。これは。
    「あ、桃寿郎くん」
     見慣れた金の髪と大きな瞳。思った通り、桃寿郎くんだ。きっと彼も部活帰りだろう。溌剌とした彼の態度に、ほんの少しだけ元気を貰う。何はともあれ、ひとりでくよくよしなくていいのは有り難い。司書の先生に挨拶したときより、少し自然に笑えた気がする。
    「珍しいな、君がこんな時間まで残っているなんて」
    「あはは……ちょっと、図書室で本読んでたんだ」
     嘘じゃない。眠気と格闘して繰ったページの内容はほとんど覚えてないけれど。それでも桃寿郎くんは疑うことなくそうかと相槌を打ってくれた。正直、ほっとする。
     桃寿郎くんは迷いがない。言葉にも、行動にも。僕がいつも何かと理由を付けて部活への勧誘を断っても、変わらずに接し続けてくれる。あまりの割り切り具合に何を考えているのかわからなくなることもあるけれど、そのまっすぐな姿勢は見ていてとても眩しい。だから、こういう頭の中がぐるぐるしているときに彼がそばにいてくれると、少しだけ勇気づけられる。
     桃寿郎くんとは途中まで通学路が同じだから、どちらが言い出すともなくふたりで下校する流れになった。今日の数学が難しかったこと、もうあと一ヶ月もすれば冬休みに入ること。とりとめのない会話を交わし合ううち、陽はとっぷりと沈んでしまった。街灯の明かりが等間隔に並ぶ下を歩いて行くから、お互いの顔が照らされては沈み、また明るくなり、というのを周期的に繰り返している。
     話題が僕の住んでるマンション裏で生まれた野良犬の赤ちゃんのことから移り変わるところを探しているうち、桃寿郎くんがそういえば、と口火を切る。
    「君の親戚のお姉さんは息災だろうか? 最近とんと話を聞かないが」
     正直、ぎくりとした。
     一番、いま話題に出して欲しくなかったこと。
     なんで桃寿郎くんが、魘夢お姉ちゃんのことを?
     焦る頭がくるくる回って、ほんの少し前の出来事を引っ張り出してくる。そうだ、放課後はお姉ちゃんの家のことをお手伝いするから部活には入れないって、桃寿郎くんの勧誘を断ったんだ。まだ秋が来る前、とっても陽射しの強い日のこと。
     今考えればとんでもない思い上がりだったけれど、少なくともそのときの僕は自分がお姉ちゃんの助けになれるって本気で信じていた。好きな人そのものにはなれなくても代わりにはなれるし、暮らしていく中での手助けくらいは、って。
    「えっと……なんていうか、ちょっと、喧嘩しちゃって」
     誤魔化しの言葉をきれぎれに吐き出す度、ちくりと胸が痛む。ほんとは全部僕が悪いのに。
    「それは大変だ! 炭彦、きちんと仲直りするんだぞ?」
     桃寿郎くんは太い眉を気遣わしげに寄せて、僕の方を覗き込んでくる。その瞳にははっきりと強い光が湛えられていて、街灯と街灯の間の一番光の届きづらい隙間でも、炎みたいに揺らめいているのが分かる。彼みたいに割り切れたら、楽なんだろう。だけど。
    「……でも、僕お姉ちゃんに酷いことしちゃったから」
    「しかし、君は言っていただろう。少しでもお姉さんの助けになれたら、と」
     ぐ、と喉の奥が詰まる。僕の胡乱な話を、都合が良いところだけを抜き出した保身みたいな話を、桃寿郎くんは親身に聞いてくれている。そして、僕の迷いを断ち切ろうと悪気なく、無邪気にお姉ちゃんへ縋っていた今までの僕を突きつけてくる。それが、どうにも辛い。
     桃寿郎くんのことだ。もし僕がほんとうのことを全部話したとしても、きっと真摯に受け止めて、支えてくれるだろう。それでも、あの一部始終を伝える訳には行かなかった。
     あれは、お姉ちゃんと僕の失敗だから。
     お姉ちゃんがどう思っているかわからない。だから、その一端でも僕以外の他人に明け渡す訳には行かないのだ。
     そして、お姉ちゃんの気持ちを確かめに行く勇気は、いまの僕にはない。
    「大丈夫。君がお姉さんを思う気持ちは、あの一件で俺にもよく伝わってきた! その気持ちを素直に伝えられれば、きっとお姉さんも許してくれる!」

     思わず、心の臓を掻き分けて、口を開きかけた熱いもの。

     桃寿郎くんはなんにも知らないくせに、って。

     それを必死で押し止めて、僕は俯いた。何か言葉を発しようとすれば、押さえている衝動が転がり出てしまう。だから何も言わない。
     わかってる。桃寿郎くんがお姉ちゃんのことを、僕たちのことを知らないのは当たり前。だから、桃寿郎くんは自分の想うことを正直に差し出しているだけ。僕から伝えられた情報を受け取って、考えが及ぶ限りのことを。
     唐突に、わかってしまった。どうして自分がこんなにイライラしているのか。桃寿郎くんが僕たちのことについて何も知らないなりに元気づけてくれている姿が、あの頃の僕と重なるから。お姉ちゃんの長いながい時間のほんの端っこを知っただけで、お姉ちゃんの支えになれるなんて無邪気に思っていた、ほんの子供でしかない僕に。

     僕だって、お姉ちゃんのこと全然知らなかった。

     そう、認めてしまうのが怖いんだ。

    「大丈夫だ、炭彦。君なら」

     僕の様子を見かねたのか、桃寿郎くんはそれだけを僕に差し出して、明日の天気の話を唐突に始めた。いつもだったらその言葉には無条件に全幅の信頼を置いてしまうのだけれど、今日ばかりはそんなポジティブに乗り切れる気分じゃない。僕とお姉ちゃんの問題の中に桃寿郎くんはいない。桃寿郎くんに頼ることは、どだい無理な問題だから。
     だけど彼の気遣いを無下にするのも何か違うような気がして、明日傘を忘れないようにしないとだねぇ、なんてふわふわした話題を返す。そのままふんわりとした雑談を続けながら、僕たちは家路を辿った。
     大通りの交差点で桃寿郎くんと別れて、パン屋の角を曲がる。僕の住んでいるマンションまでは、あともう少し。表通りに面した道よりも街灯が少なくなって、夜の暗さが戻ってきている。道なりにちらちらと並ぶ窓の明かりをぼんやりと眺めながら歩いていると、誰かが遠くから呼ぶ声がした。
    「炭彦」
     真正面から呼びかけるそれが、大きく手を振っている。街灯から少し離れた所にいるから、仔細ははじめわかりにくかった。だけど目を凝らすと、だんだんと輪郭がしっかりと見えてくる。見慣れた顔。カナタお兄ちゃんだった。
    「お兄ちゃん、帰ったんじゃなかったの?」
    「心配になって戻ってきたんだよ。炭彦が全然メッセージ返さないから」
     お兄ちゃんは口を尖らせて、走ってきた僕にスマホの画面を見せる。そこに写るメッセージアプリの画面にはお兄ちゃんからの短い呼びかけがいくつも残されている。そうだ、図書室では通信機器の使用が禁止されているから、電源を切っていたんだった。図書館から出た跡は桃寿郎くんと話し込んでいたから、通知を確認するのをすっかり忘れていた。気まずさで顔に血が上ってくるのがわかる。
    「あ、うん……ごめん」
     まだ冬に片足を突っ込んだくらいの季節でも、陽が暮れてしまえばもう風は身を切るくらいつめたくなる。赤くなった頬をやすりで削るみたいに、北風が痛い。ふるふると首を振っても、寒さを吹き飛ばすレベルの運動量には全然足りない。
    「……炭彦」
     少し低い響きを持った、お兄ちゃんの声。視線だけで横を向けば、じとりと目を細くして、僕の方を見ていた。お兄ちゃんがこういう顔するのは、少し機嫌の悪いときだ。きっと僕がメッセージ無視したから怒ってるんだろうな。そんな当て推量で、もう一度謝ろうと口を開いたけれど、お兄ちゃんの言葉の方が速かった。

    「何か隠し事してるでしょ」

     じとり、またひと睨み。
     それに射竦められて、僕はカエルみたいに首を縮め身体を固くした。
    「あ、う……」
     引っ込めた言葉の代わりに、呻き声が喉をかすめる。そのまま目を逸らして、口を固く閉じた。嘘をつこうとしても、すぐ顔に出てしまう。だからなんとか言葉を出さずに誤魔化したかった。けれど、その態度でもう隠したいことがあるってバレバレなんだろう。お兄ちゃんは盛大な溜息をついて。かぶりを振る。
    「魘夢さんのこと?」
     ……どうして桃寿郎くんといい、こう、聞かれたくないことを感じ取るのが得意なんだろう。
     だけど、すぐに気づく。こっちの道だとお姉ちゃんの家からは遠回りだ。それでわかったんだろう。僕がお姉ちゃんに会いに行っていないこと。別の場所で、時間を潰してたんだって。いや、寧ろそれを見越して、お兄ちゃんはこの道で張っていたのかも知れない。頭の中でいろんな事がぐるぐるする。もしかして、もしや、きっと。
     もうここまで来たらしょうがない。僕は観念して頷いた。
    「昔だけどさ、言ったよね。あの人にあんまり関わらない方が良いよって」
    「そう、だったね……」
     忘れられない、あの日のことだ。僕とお姉ちゃんが初めてああいうことをした日。お兄ちゃんと一緒にお泊まりに行って、だけど僕だけお姉ちゃんの部屋で寝た。
    その頃から、お兄ちゃんにはわかっていたんだろうか。お姉ちゃんの優しい目が、僕たち自身にすべて注がれているモノじゃないことを。
    「別に何があったか、僕からは聞かないよ。だけど、炭彦がそんな顔してるのはやっぱり心配だから」
     言葉自体は事も無げな響きだったけれど、しっとりと柔らかく、僕の胸に入り込む。さっきの桃寿郎くんとのやりとりが、今さらながら素直に受け止められてきた。わからないなりに、みんな僕のことを心配してくれている。それは本来とてもやさしく慈しい事だって、やっと、思い出せたような気がする。
    「お兄ちゃん」
     耐え切れずに、僕は口を開く。お兄ちゃんは遮ったりはしなかった。ただ、静かな目でこちらを見ているだけで。
    「……僕、お姉ちゃんのこと知りたかったんだ。ううん、お姉ちゃんだけじゃない。いろんな人のことを知るのが好き。みんなそれぞれ違う、その人だけの物語を」
    「うん」
    「だけど、お姉ちゃんのこと知る度に、すごく辛いんだ。僕はお姉ちゃんの人生を変えた大事な人たちの子孫だから、お姉ちゃんとこうしていられる。だけど、僕自身はお姉ちゃんのことを変えられない」
     吐き出されていく声は、際限がなかった。かたちにならなかったはずのものが、全部区切られていく。言葉になってしまう。表現されていく端から、そこに収まらない気持ちががこぼれ落ちていくような気がした。それでも、止められない。気持ちを言葉にしなければ、知ることなんてできはしないのだから。
    「ねえ、どうしよう。お兄ちゃん。知りたくなかった。こんなのはじめてだもん。お姉ちゃんの大事な人にはなれないって、お姉ちゃんのこと知る度にはっきり分かってくる。嫌だよ、嫌だよ、こんなの……」

     お姉ちゃんのこと、知りたいって思ってた。

     お姉ちゃんはどんな食べ物が好き?

     曾々おじいちゃんとはどうやって出会ったの?

     だけど、そんな素朴なことばっかりでは我慢できなくなって、お姉ちゃんのいやらしい、醜いところも全部知りたくなって。曾々おじいちゃんの代わりでも良いって、そう割り切ろうとして。
     だけど、なりきれなかった。
     僕は曾々おじいちゃんじゃないから。お姉ちゃんとの出会いも、関係も、辿ってきた時間も、全く違うものだから。
     頬が冷たい。いつの間にか、言葉と一緒に涙が際限なく流れ出していた。おちる雫の通った跡が、北風に晒されてひんやりする。それなのに、目頭の熱さは冷めることを知らなかった。
     お兄ちゃんは静かに僕の背を支えながら聞いてくれていたけれど、やがて大きな息をつくと、僕の顔をじっと覗き込んだ。あ、またあの顔になってる。細くなった目。怒ってる。
    「炭彦」
    「……うん」
     何を言われてもいい、って覚悟しているつもりだった。お兄ちゃんの忠告を無視したのは僕だから。
     手の甲でごしごし涙をこすり取って、できる限り真剣な顔をする。僕の準備が出来たのを見計らってくれたのか、お兄ちゃんは軽く頷いて、次の言葉を紡ぐ。

    「お前さ、ちょっと図に乗ってるんじゃない?」
    「え?」

     思ってもいなかった返答に、僕は思わずお兄ちゃんの顔を見た。さっきまでと同じ、怒っている感じではあったけれど、そこになんだか柔らかいものが入り交じっているような気がする。まるで、違う色の糸がたくさん寄り集まって出来たきれいな刺繍みたい。
    「ちょっと会話して、一緒にいたくらいで、人間のことなんて全部理解できる訳ないじゃない。しかもあの人百年以上も生きてるんだよ。百年分のことを正確に理解するなら、最低でも百年かけなきゃ語り尽くせない。そうじゃない?」
     お兄ちゃんの言葉はあまりに簡潔で、正しくて。耳を塞ぎたくなってしまうくらいだったけれど、それでも聞き取る端から胸の中に染み入っていく。心臓を掠めるあの嫌な暗い影だって、気にならなくなっていくくらいに。
    「確かに、知ればお前に都合の悪いことや、知ってもどうしようもなかったこともあるかも知れないよ。だけど、それだけが全部じゃないでしょう?」
    「……そう、だよね」
    「あの人のこと知りたいって言うなら、諦めないでよ。ちょっと知っただけで、それが全てだと思い込むなんて、そんなつまらないこと、しないで」
     呆けた顔で、僕はお兄ちゃんの目を覗き返す。空の色を閉じ込めたみたいな黒い瞳は、きつい口調とは裏腹にどうしようもないほどに優しかった。
     そういえば、昔聞いたことがある。なんでそんなに思った事を言葉にするのがうまいのって。
     そしたらお兄ちゃん、ちょっと悲しそうな顔をして教えてくれた。おばあちゃんに意地ばっかり張って素直になれなかったのが、すごく悔しかったんだって。だから、思った事はすぐ口に出すようにしてるって。
     きっと、お兄ちゃんは自分みたいになって欲しくないんだろう。お互いを知ることができるうち、思いを伝えられるうちに、やれる限りの方法を試しておかなければ、きっと後悔する。そう、いうことなんだと思う。
     それだって、僕が勝手にお兄ちゃんのことを解釈しただけなのかもしれない。だけど、どんなに僕が知りたいって思っても、その人のことを知り尽くすのはどだい無理なんだろう。人生はその人だけの物語だから。他の人が読み尽くすことなんて、出来るはずがない。
     だとしても、僕はみんなのことを、お姉ちゃんのことを知りたいって変わらず願う。だって、全部理解できないからって諦めたら、そこで終わりになってしまう。わからなくったって、きっと、わかろうとすることに意味があるから。
     すっと胸の中が開けたような気がした。暗い空に向けて顔を上げ、大きく息を吸い込む。夜の黒がすきとおって肺の中に回る。黒。お姉ちゃんの色。曾々おじいちゃんが笑う写真の彩り。やっと、それを安らかに受け止められる。
    「……ねえ、お兄ちゃん」
    「なに」
    「協力して欲しいことがあるんだ」
     顔を寄せて、お兄ちゃんにそっと耳打ちする。辺りには誰もいなかったけれど、この計画はひとまず僕ら以外の世界に対しては隠しておきたい気持ちだった。
    「いいよ、いいね」
     お兄ちゃんはにっこりと笑って、頷いた。
     その顔は僕よりもずっと幼い、ほんの小さないたずらっこみたいに見えた。

         *

     その日、帰ってからすぐに僕は思いつきを実行に移した。お兄ちゃんと一緒にお父さんとお母さんを説得して、荷物をまとめて。小学生の時からずっと貯金し続けていた豚の貯金箱を割るときは流石にちょっと躊躇したけれど、このときの為だったんだと割り切ってトンカチを振り下ろした。粉々になった豚さんはあとで丁重に公園の隅へ埋めてお墓を作ろう。
     これで軍資金もばっちり。あとは勇気をふるってメッセージアプリの画面を開き、お姉ちゃんにメッセージを送って、完了。お母さんの方からも、電話をしてくれると言っていたから、もう外堀は埋まっただろう。

     かくして、準備は整った。

     幸い桃寿郎くんと話していた予想は外れて、次の日に雨が降ることはなかった。空に昇った水を逃すまいとぴっちりと蓋をしたように張り詰めた雲の下、僕はこれ幸いと大きなリュックを背負って登校したのだ。着替えや参考書がこれでもかと詰まったリュックを目にしたクラスメイト達に登山へでも行くのかと驚かれたときも、迷いなく答えられた。だって、目的はひとつだから。
    「お姉ちゃんと仲直りしに行くんだ」
     そう言ったら他の子達は首を傾げたり冷やかしたりしてきたけれど、桃寿郎くんは微笑みとともに背中を叩いてくれた。頑張れっていうその声は、やっぱりいつもみたく僕に元気をくれる。
     学校が終わったあとは、一目散に魘夢お姉ちゃんの家を目指して走った。途中あのビルの壁を伝っていけば速いなとか、赤信号も車の屋根を飛び石にしていけば渡れるのになとか、近道をしたくなるのをぐっと我慢する。ここで問題を起こしたら、元も子もない。またランニングマンが走ってるって指さしてくる小学生の子たちに、ちょっと恥ずかしい気持ちになるけれど、無視して舗道を走っていく。そうして陽が落ちきる前になんとかお姉ちゃんの家に辿り着いた。
     家の前庭は、この前訪れたときよりも大分荒れていた。あのあと結局草刈りもできなくって、放置したままの雑草が枯れかけながらもかろうじて背をぴんと張っている。それを掻き分けるようにして、飛び石の上を渡ってドアの前に立った。
     玄関のインターホンを鳴らすと、お姉ちゃんの声がノイズ混じりに聞こえた。沈みかけとはいえ、まだ夕日は残っている。その光が入らないくらいほんの小さく、ドアが開く。その隙間に手を掛けて、僕は玄関に入っていった。
    「……炭彦」
     お姉ちゃんの呆然とした顔が、ほんの間近にある。だけど陽の光に当たらないよう、あるいは僕に近づくのを敬遠するように、すぐにすっと身を引き三和土から上がる。黒い服に、片方を眼帯で隠した目。あのときと、変わってない。そしてきっと、昔から。
     僕はそんなお姉ちゃんを怖がらせないように、無理にお姉ちゃんに寄らず、その場に立った。
    「お姉ちゃん、この前はごめんね。それに、無理に押しかけて」
     これだけは伝えなきゃいけない。悪いのは、僕だから。
     そして、多少強引な手段でお姉ちゃんの生活に割り込んでしまったことも。
     お姉ちゃんの家は学校までほど近い。ふつうに歩いても十分と少しで着いてしまうくらい。だから、お兄ちゃんと一緒に頼んだのだ。僕がいつも壁を伝い降りたり車を飛び越えたりして危険登校で怒られるのは、ひとえにぎりぎりまで眠りこけて寝坊してしまうせい。ならお姉ちゃんの家に泊めてもらえば、登校時間の短縮になって危険登校も減るはず、って。
     僕がお姉ちゃんちに入り浸ってるのはいつものことだし、お父さんとお母さんもさほど嫌な顔はしなかった。それどころか、少しでも危険登校で呼び出されるのが減るならって、積極的にお姉ちゃんにかけあってくれたぐらいだ。だから僕も、これからは頑張って早く起きる。お姉ちゃんへ会いに行く口実だけで終わらせるのは、協力してくれたみんなに申し訳ないから。
    「僕、お姉ちゃんのことが知りたかった。だから、つい先走って……あんな、お姉ちゃんの弱みにつけ込むみたいなことして……ごめんなさい。ほんとに、ごめん」
     喋っているうち涙が出そうになるけど、ぐっとこらえる。僕もぐちゃぐちゃになってしまったけれど、いちばん辛いのはお姉ちゃんだ。愛する人達に先立たれて、そうして寂しさを持て余したまま僕に押されて。
     それでも。
    「だけどやっぱり、お姉ちゃんのこと知りたい。お姉ちゃんが何を感じて、どう思っているのか、知りたいよ。今度はちゃんと、ゆっくり時間をかけて」
     お姉ちゃんは薄暗い玄関のした、しばらく目を伏せて何かを考えていた。けれど、やがて諦めたみたいにゆるくかぶりを振った。
    「お前の母さんから泣いて電話が来たよ。お前の寝坊癖が治るまで預かってくれって。そういうことだったんだね」
    「いい?」
    「……ここまで話が進んでて、断れないでしょ」
     お姉ちゃんは苦い顔をしていたけど、駄目とは言わなかった。だから僕もよろしくお願いします、と思い切り頭を下げて、靴を脱いだ。しばらくぶりに歩く廊下はいつもと同じようにきしきしと音を立てるけど、相変わらず掃除が行き届いている。僕はお姉ちゃんに続きながら、後ろ手にごそごそとリュックのポケットを探った。膨らんだそれは表面を辿っていくのも大変だったけれど、なんとか目的のものを探り出す。
    「これ、しばらくお世話になる分の食費にして。お母さんからももらってるかも知れないけど……」
     リュックのポケットに入れていたビニール袋を、先を行くお姉ちゃんに差し出す。ちゃり、と硬貨が擦れ合う音がいくつもかさなって、重たい響き。貯金箱の中身を全部回収してきたものだから小銭ばっかりだけど、それなりの金額はあるはずだ。だけどお姉ちゃんは首を振るばかりで、どうしても受け取ってもらえなかった。
    「子供がそんな気を回すもんじゃないよ」
     そう言い張って、とりつくしまもない。仕方ないから、こんどお姉ちゃんにプレゼントを買う資金にしよう。そう決心しつつ、僕はずっしり重い袋をしまい直した。
     台所の前を通ると、炊飯器から湯気が漂ってきていた。あったかい匂いが華に辿り着くなり、思いっきりお腹が鳴った。そういえば、ここまで思いっきり走ってきたからお腹空いちゃった。それを聞いてお姉ちゃんは困ったみたいに笑う。
    「いきなりだったから、ご飯もお前の好きなの用意してなかったし……口に合わないかもよ」
    「いいよ、別に」
     普段お姉ちゃんの家でお世話になるときは、ハンバーグとかカレーとか僕の食べやすいものを用意してくれていた。だから、お姉ちゃんのいつも食べてるご飯をご馳走してもらうのは初めてかも知れない。それだけでも、すっごくわくわくする。
     用意してくれていた二階の客間で荷物の整理や着替えをしているうちに、お姉ちゃんが夕食の準備をしてくれた。さっと着替えて、明日の授業に必要なものをリュックから普段使いの鞄に移していく。家にいるときとは比べものにならないくらい、しゃきっと準備が決まっていくのは、お姉ちゃんの家にいるお陰だろうか。
     居間に降りると、良い匂いにまたお腹が鳴る。お姉ちゃんは笑って、僕を食卓に着くよう促した。大盛りのごはんに、鮭大根に、お漬物にと、和食ばっかりだ。いつもお姉ちゃんが出してくれる子供向きのご飯よりは大分慎ましやかだけど、美味しそう。あとは……これ、なんだろう。野菜っぽいけど、なんか先っぽがもじゃもじゃしてる。杉の木の葉っぱみたいな。
    「お姉ちゃん。これ、何?」
    「タラの芽のおひたし」
     返ってきたのは簡潔な答え。小鉢の中のそれをしげしげと見つめる。今まで食べたことどころか見たこともないから、どういう味がするのか予想が付かない。だけど、思い込みだけで残すのも申し訳ないし、何よりお姉ちゃんの普段食べてるものの味は気になる。ぐっと唾を飲み込むと、思い切って口に放り込んだ。お出汁の味が良く染みて、歯ごたえが良いし、思ったよりは青臭くない。タラの芽はすんなりと舌の上に馴染んで、あっという間に喉の奥に消えていった。
    「おいしい……かも」
    「よかった」
     お姉ちゃんが笑う。テーブルに頬杖を突いて、僕の方を見て。
    「曾々おじいちゃんのね、好物だったんだ。今は季節関係なく手に入るし、いい時代になったよ」
     少しの間を置いて、唐突に、お姉ちゃんの唇がこわばる。
     そうして我に返ったとばかりに口を塞いだ。
     僕を曾々おじいちゃんに重ねたことを、また思い出しているのだろう。そうして、あんな風になってしまったことへの後悔を。いつまで経っても、お姉ちゃんの一番好きな人は曾々おじいちゃんなのに、って。
     だけど、僕は嬉しい。お姉ちゃんが曾々おじいちゃんのことを教えてくれるのは、本当に久しぶりだったから。僕が成長して写真の中の曾々おじいちゃんと近い歳になっていくにつれて、お姉ちゃんは昔の話をしなくなってきていた。あの夏祭りの夜くらいに軽く、どうってこともないくらいに昔話をするお姉ちゃんを、また見られてよかった、なんて。
    「やっと教えてくれたね、曾々おじいちゃんのこと」
     お姉ちゃんが曾々おじいちゃん幸せに暮らしていたというのなら、その頃のことをたくさん知りたい。お姉ちゃんがどんなことで喜ぶのかを知って、少しでも、僕もお姉ちゃんを幸せにして行けたら。
     だから僕は思い切りテーブルに身を乗り出して、お姉ちゃんに話をねだる。
    「ねえ、もっと教えてよ。昔のこと」
    「でも、きっとつまらないよ。お前にとっては」
    「そんなことない。お姉ちゃんにとっては、曾々おじいちゃんとの想い出ってとっても大切なものじゃない。僕だって、お姉ちゃんの大事なものを一緒に持っていたいよ」
     僕がほっぺたを膨らませると、お姉ちゃんは駄々っ子をあやすみたいときみたいに、仕方ないねって笑った。そうして、語り出す。僕の知らない、だけどそれがあるからこそ僕がある、大切なお話を。
     タラの芽は曾々おじいちゃんが大好きで、春が来るたびに山からたくさん取ってくるから、お姉ちゃんは頑張ってそれの調理方法を覚えたんだって。一緒に住んでた曾々おじいちゃんの友達が天ぷら好きだったから昔はよく天ぷらにしていたんだけど、今は油を使うのが億劫だからおひたしにするのが多いらしい。それから鮭大根は曾々おじいちゃんの兄弟子に当たる人の好物で、たまに遊びに来たときに、義妹さんと一緒になって作ってあげてたんだとか。
     話はだんだん枝分かれして、曾々おじいちゃんとその兄弟子っていう人との騒動について移ろっていく。
     なんでもその兄弟子さんはものすごく口下手で、誤解されやすいタイプだったんだって。だから曾々おじいちゃんはその人のところに押しかけていって、一挙一動ぜんぶから気持ちを理解して心を開かせようと頑張っていたらしい。それで今度は帰ってこない曾々おじいちゃんに業を煮やしたお姉ちゃんが乗り込んでいって、また大変なことになったとか。面白おかしく話される、今はもう昔のこと。
     手を着けられないままご飯が冷めてしまうんじゃないかと心配になるくらい、お姉ちゃんは饒舌だった。もしかしたら、今までは話したくても話せなかったのかもしれない。若いままで長く生きてるからとお姉ちゃんを知りたがる人がもしいたとしても、そこまでは興味が及ばなかったのか。それともお姉ちゃん自身が喋らないようにセーブしてたのかまではわからないけれど。
     予想することに意味なんてない。お姉ちゃんの考えは僕の考えじゃないから。それでも想像がたくさんあるぶんだけ、ほんとうのことを知れたときの驚きは大きくなる。そういうのって、すっごく楽しいじゃない。だから、お姉ちゃんのことをたくさん考えて、いっぱい答え合わせして、そうして一緒に歩んでいきたいなって、そう思う。
     喋っている間じゅう、空の色を閉じ込めたみたいな青い片目が、きらきらした光を反射していた。今まで見たことない、お姉ちゃんの朗らかな表情。その中に引き寄せられて落ちていくような心地すらするほどに、綺麗だった。

    「やっぱりお前は、曾々おじいちゃんにそっくりだよ。思い込んだら止まらないし、どんどん人の懐に入り込んでくるのにどうしてか許しちゃう。そういうところ、よく似てる」

     冷めかけたごはんにようやく手をつけながら、お姉ちゃんは片方だけの目を細めて笑った。
     それにつられて、僕も半分くらい残っていたご飯をつつき出す。鮭大根は冷めたぶん、味が染みて美味しかった。あるいは、それがここにある理由を知れたぶん、味わいが増したのかも知れない。お腹がいっぱいになっていくのと一緒に、じんわりと身体中にやさしいあたたかさが広がっていく。
     一緒に箸を動かしながら、お姉ちゃんと顔を合わせて、笑う。

     もう、あの胸の痛みはなかった。
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