この手に、記憶として「兄ちゃん……この帽子、持って帰って」
人が死すれば、残された者は死者が生前所持していた物品に、さながらその魂が宿ったかのように面影を見る。それを形見という。
では、実際に菊田杢太郎の弟である藤次郎が日清戦争の最中で病に倒れ落ちた時、その魂は藤次郎の軍帽に宿ったのだろうか?
否、そんなものはただの幻想でしかない。少なくとも菊田はそう考えていた。それでも形見というものは、かつて死者が生きてきた証として残された者にとっては重要な意味を持つ。
軍帽を受け取ったその日から、菊田は自身が元より所持していたそれに代えて藤次郎のものを被るようになった。それは弟の最後の願いを叶えるため、そして、己の罪を常に抱えておくためだった。
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