『みんなの優しいドクター』
そのマスクを被り、私は今日も微笑んでいる。
けれども酷くつまらない、どうにも刺激が足りない。
作戦立案をし、漏れのないよう遂行(すいこう)する。ただリピート再生を押し続ける毎日は退屈だ。
勿論オペレーターの悩みを聞いて改善するよう努力し、争いで亡くすひとを少なく、鉱石病感染者を救いたいという思いは変わらずにある。
だが毎日みる景色が変わらないと、人は退屈するものなんだろうね。
ちょっと刺激がほしい、楽しいものが落ちてないかなと考えていたら、とんでもないところから転がってきた。
イェラグの一件から関わりを持っていたエンシオディス・シルバーアッシュが、ロドスにオペレーターとして参加したいと、履歴書を持って人事部に突撃してきたそうだ。
そこまでなら奇妙な人物だな~で終わったが、どうやらオペレーターへ参加したいという理由が私だというから驚くしかない。
シルバーアッシュから詳しく話を聞いた私は、膝から崩れ落ちそうになった。
私と友人になりたいから、わざわざロドスにオペレーターとして参加したというじゃないか。
自分の身体まで犠牲にした八百長試合をひっくり返した奴と友人になりたい?
妙を越えて狂ってやがる。
けれどシルバーアッシュを作戦に招集するうち気がついた。
彼が向ける友情という名前は枠を越えて私を包んでいると。優しい眼差し、背へ回された手の丁寧な動き。
シルバーアッシュは私を愛してると確信した。
とても愉快じゃないか、こんな面白そうなことはない。待ち望んでいた刺激が私の前に転がり落ちてきた。
彼が徐々に詰めてきた距離を私は拒まない。大人しく享受する。
越えてみた一線は、なかなか良いものだった。身体の相性が良かったのは、更なる刺激を私にもたらしてくれたね。そこで気がついた。
シルバーアッシュは感情のコントローが下手だと。
いくらなんでも同情でセックスまでするほど、私はお人好しではない。
身体を重ねて、なにか分かるかと刺激を求めたまでだ。
結果として得たのは、自分の抱いた気持ちを分解して吸収がシルバーアッシュはできないようだ。
感情を抑圧する術は無理に学んだようで、心を殺すことはできている。
だが他者に向けた自分の心の動きを理解して消化できない。
それはシルバーアッシュの幼い頃の出来事に通ずるものがあるのだろう。
両親の事故死、幼い妹の面倒をみながら、家の当主としての行動を求められる。
普通から考えたら、背負う者が多すぎて何処か可笑しくなっても仕方ない。
総じて、ひとはソレを「不幸」と呼ぶ。
けど不幸だと理解をしているのに、幼いシルバーアッシュは必死で心に蓋を置いているのだろう。小さな身体で歯を食いしばり、どうにかしなくてはと全身で力を込めて蓋を抑えつけているのだ。
なんと哀れで愛おしいじゃないか。
自分で「私は不幸なんです」と口にする者の詰まらないこと。
あぁ、それなのに、シルバーアッシュ。
君は自分が不幸だと気がつかないフリをし続けている。
自分には成すべき事があると鼓舞して、強くある姿の裏には幼い姿の君が泣きそうな顔で、心の蓋を抑えているからだろう。
さて『みんなの優しいドクター』なら、君を助けてあげようとするんじゃないかな?
でもそれじゃロドスのドクターだ、ビジネスと変わらない。
君が望むのは『だたのドクター』
だったらそのままにしよう。
私がほしいのは愛じゃないのさ、シルバーアッシュ。
いつ君は私が求めているものは、刺激だと気がつくのかな?
その時に心の蓋を抑えている幼い君は、どんな顔をするのか楽しみだよ。