序章封神された後、こんなにも充実…もとい繁忙極まる仕事人の毎日を送る事になるとは少しも想像していなかった。
黄飛虎も、そして聞仲も…
駅に逗留していた期間がヒマ過ぎたというのもあって教主-楊戩から新たなる仙界、神界の構築構想の全容を知らされた時は現世で数々の修羅場を乗り越えて来た二人ですら冷たい汗が出た。
自他共に認める天才で努力家の完璧主義者というのは少々理想が過ぎるのかもしれない。
妖怪出身と人間出身の者が混ぜこぜに封神され
更に身分の高い立場だった者、そうでは無かった者が混ざっている状態で揉め事が起こらないはずが無く、日々勃発する問題の解決と神界の構築任務、挙げ句人間界への助力という出向業務まで能力の高い者には容赦なく仕事が積み上げられた。
もう何日も寝てない気がする…
生きてた時より死んでからの方が多忙って笑えねぇよな…こんなの…
蓬莱島-教主が身を置く清源宮という宮殿の回廊を黄飛虎は歩いていた。体力では右に出る者が居ない偉丈夫のはずが目元に隈を作っている。
朝日の降り注ぐ回廊が眩しい。
爽やかなはずの早朝が全くそう感じられず、ゲンナリした気持ちで居ると前から良く見知った男が全く同じ形相で歩いて来た。
「よお…元気か?」
「ああ……そっちこそ元気か」
「なんとかな…」
「酷い顔だな…」
「似たようなもんだろ…」
「……全くその通りだな……」
「今から帰るのか?あの教主は人使いが荒過ぎる。無理矢理でも少し休めよ…」
「大丈夫だ。楊戩は……完璧主義で一生懸命なだけなのだ。力の抜きどころを知らんだけだ。話せば分かる男だ…とはいえ私も流石に疲れた。帰宅して休む」
「うん。そうか……ならちゃんと休めよ」
「ああ…飛虎、お前も休めよ…」
おおよそ1ヶ月ぶりくらいに顔を合わせた二人であった。歩いて行く金髪を引き留めたい気持ちが沸き起こったが、これから教主の元へ行かねばならない。歯噛みして我慢した。
封神された後、黄飛虎は駅で過ごしていた期間、聞仲の所に入り浸りだったと言っても過言ではなかった。何度も聞仲に話かけて誤解やわだかまりを解く努力を惜しまなかったのは、黄飛虎の中でもう一度やりなおしたい気持ちが消えるどころか封神されて尚更、燃え上がっていたからであった。
その気持ちは聞仲も同じだったようで、対話するうちにかつての様子を取り戻して行った。
誤算は神界に移ってからの多忙さであった。
封神後にどのような問題が勃発するかは誰にも予想出来ない部分もあったのだろうが、それにしても俺やアイツの仕事が多過ぎないか?と思う。
こんな事になるなら、さっさとアイツに結婚を申し込んで一緒に住めば良かった…と黄飛虎は悔いていた。神界に来てから何度か逢瀬があったのにその記憶すら霞んでくるのに泣けた。
「アイツは仕事人間だからなぁ…このまま俺との時間を忘れられたら困るんだよ…」
情けない表情で飛虎はつぶやいた。
爽やかで美しい蓬莱島の朝の風景に無性に腹が立った。