初雪の帰還寒さで目が覚めた。室内は暗い。未明だ。
時は一月。最も寒が極まる日
「雪が降ったか…?」
聞仲は呟くと鹿皮で出来た内履きに足を突っ込み寝床から出た。
居間で使っていた炭を取りに行こうと、氷のように冷たい床を足早に歩いた。銅の大きな火鉢に辿りつくと灰の中からまだ火種の残る炭を掘り返し手早く火桶に集める。明るさを感じてふと庭に通じる窓から外を見遣ると一面の白き世界だった。初雪だ。
「どうりで……」
夜の内に積もった清廉な白い世界が
まだ暗い空の下に広がっていた。聞仲は火に手を翳しながら無意識に銀色の世界に目を奪われていた。
夏の終わりの事だった。
冷夏による不作で北部に飢饉が起きた。
本格的に寒くなる前に救援し復旧させるために
若き武成王-黄飛虎は100人の部下をつれて北へ向かった。たった100人である。
これは彼が捨て駒にされたという話ではない。
朝歌も同じように災害飢饉に見舞われ、人員を割けなかった故の寡兵であった。
だが聞仲はその事を心配しては居なかった。一騎当千のあの男の事である。必ず納めて帰還すると信じていた。ただ…予定の期間を過ぎても部隊は未だ帰還していない。
「無事収束、帰還せり」先遣りからの文を受け取ってから3日が過ぎていた。
雪のように白い聞仲の目元が歪められた。
数ヶ月の間、努めて考えないようにしていたわだかまりが突如溢れ出た。
「雪に閉ざされたら溶けるまで帰って来れんぞ……私は……待っているんだぞ…飛虎よ…早く……帰れ」
あの日、夏の終わりの気持ちの良い風が吹いていた出立の前の夕方、お前が勝手に一方的に私に投げつけた言葉に私は答えられなかった…それに返事をしようと待ってる。ずっと待っている。
お前が帰らなければ伝えられない!
今、お前はどうしている!
気持ちが昂り額に手を当てギュッと目を瞑った。
サク……
微かな足音が聞こえた気がして目を開くと相変わらず静謐な銀色の世界だった。
はぁ…とため息を吐きながら雪面を再度眺める
まだ誰も踏んで居ない真っさら……
ではない。一つこちらに向かう足跡が付いている。
誰かと思う前に微かな声が聞こえた。
「おい、帰ったぜ」
聞仲の胸がドッと一度鳴った
今度は何やらぼやく声がはっきりと聞こえた
「呼んだってなぁ…寝てるよなぁ……俺はなんでここに来ちゃったんだろうな…」
確信を得て、うるさいほど鳴る胸を抑えながら視線を瞬かせ声の主を探した。
バサバサと雪を払う音が門の所から聞こえたと思った瞬間、聞仲は内履きのまま雪の中を走っていた。
「飛虎!」
「!」
「帰ったのか!」
「おう!ようやく朝歌に辿り着いた。遅くなったな!」
続