大量の食材を抱えて冷蔵庫に詰めようとして、卵パックが入ったままのビニール袋を落とした。
袋を覗けば鮮やかな黄色の模様が広がっていていたたまれない。
「……あー…全滅です。すみません…」
「あちゃあ。やっちゃったねぇ」
「片付けの準備してきますね…。」
「ちょいまち」
「モクマさん?」
「別に袋の中で綺麗だろうし、今日使っちまえば問題ない」
「まあ、そうですけど。 ……なにに使います?10個分ですよ」
「この前言ってたじゃない。 『プリン、お腹いっぱい食べたい』って」
「あ…!!」
「この際どーんとでかいの作ってみよっか」
「是非! 一度やってみたかったんです」
「えーと、プリンの簡単なレシピは、と。
……なるほど、卵と牛乳と砂糖だけあればいけるんだね」
「牛乳はさっき買ったところですし」
「砂糖は買い置きがあるし」
「いけそうですね」
タブレットでレシピを検索して、調理方法を決める。簡単なプリンのレシピを見つけた。
「卵10個分だから、レシピの5倍になるので、牛乳が…」
「計量カップあったよ」
「ありがとうございます。後は砂糖が250グラム、と。」
「あー、はかり、向こうの棚だったね。あんま使わないからしまっちまったっけ」
モクマさんが調理器具を出している間に砂糖のストックを取り出す。500グラムの袋が出てきた。
「……別に、これをそのまま入れれば丁度いいのでは? こういうレシピって甘さ控えめのことが多いですから」
ひとりで食べるときならもっと入れるし、問題ないと思うのだけど。
「ああ…、ルークだもんねぇ。まあ倍入ってても……、……いや、いいのか?」
モクマさんがひどく真剣な表情で考えてる。
「ルーク、それはやっぱりやめとこ。……おじさん、菓子作りはきっちりはからないと失敗するって聞いたことあるし今日のところはレシピ通りにやろっか」
「モクマさんもプリンに本気……なんですね。たしかに、ケーキとか分量を間違えると膨らまなくなるって聞いたことあります。はかり取ってきますね」
背後で細く溜め息をつかれたことなどつゆ知らず、砂糖の袋を調理台へと運んだ。
材料の計量を終え、モクマさんがカラメルを作っている。なんとも心躍る香りだ。
その横で細かい殻混じりの卵をザルを通して殻を取り除く。
目の細かいザルを数回程通せば殻は見あたらなくなった。
卵を混ぜて、砂糖を入れて混ぜて、牛乳を入れて更に混ぜる。そこはかとなく甘い香りが漂う。
「なんか、もう既においしい気がします」
「なんかこんな飲み物あった気がするね。ミルクセーキ……だっけ?」
「それです! ちょっと飲んでみます?」
「それもいいけど、せっかくのおっきなプリンが小さくなっちゃうよ」
「たしかに…。それはもったいないですね」
結局味見はせずにカラメルを入れたボウルに卵液を入れた。
それを水を入れた深鍋に入れて火をつける。
ふたりで沸騰するまで見守って鍋に蓋をした。このまま火が通るまで蒸すので暫く放置。
待ち時間にこびりついたカラメルの掃除も兼ねてカラメルホットミルクをつくって、洗い物を終えた。
モクマさんはコーヒーにカラメルホットミルクを混ぜてカフェオレにして、僕はそのまま砂糖を入れて。
ふたりで蒸し器の湯気を見ながら立ち飲みしている。
甘くて暖かくて、なんだか落ち着く。
「そろそろですかね」
「この大きさからなぁ。もうちょい待つかな?」
「後5分したら開けてみましょうか」
「待ち遠しいねぇ」
「本当に。」
なにをするでもない他愛ない時間が、懐かしいような、暖かいような、でもなぜか胸が詰まるような気がして。
このままプリンが出来なければいいのに、なんて少し思った。
火を止めて、蓋を開ければボウルの中身はしっかり固まっていて、大きいけれどしっかりプリンだった。表面に触れても崩れなくてしっかりしている。
「…すごい…、本当に大きいプリンが出来てますよ…!」
「普通の何個分だろうね?」
「10個は越えているはずです。 ……今すぐ食べたいところですが、これは冷やしてデザートですよね。夕食の量調整しないと」
「もう夕食がこれってレベルじゃない?」
「そうかもしれませんね」
「こんなん普段作る機会ないし、卵割ったのも悪いことばかりじゃないね」
「モクマさん、優しいですよね。 モクマさんのそういうところ、大好きです。」
「いやぁ、褒めてもプリンしか出てこないけど」
「こんな大きなプリン出てきたら大喜びですよ」