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    新月の本棚

    @kisaku_8587

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    新月の本棚

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    https://plus.fm-p.jp/u/aria0975に乗せている小説
    序章と第一話の冒頭のせます
    こういうのが好きなんだよっていう……
    (カテゴリわからん)

    創作審神者・オリキャラ・刀剣男士がボロボロになるなどやりたい放題やっております
    ※独自の本丸の制度、特命調査や時の政府についての捏造があります

    遠征鬼譚 冒頭 耳障りな笑い声と、子どもの声がした。
     一斉に笑って、重なるそれに統一性はない。
     だからこそ不気味で、私の不安感を煽るものだった。

    「――歴史の修正を。我らに信仰と力を」
    「××として再誕を。今在る未来と営みは認めぬ。お前の未練、憎悪のすべてを我らの歯車として捧げよ」

     きゃらきゃらと子供の声は笑った。
     それでいて、彼らは私に囁いた。
     過去に置き去りにされた自分を、棄てられた自分を憐れめと。

    「歴史の修正を。歴史修正主義者として再誕を。この運命けつまつを認められぬというのなら、私たちを手足として使え」

     まるで雑音のようだと思った。
     聴覚を叩いて鼓膜にこびりついたそれは、三半規管を侵食して平衡感覚を狂わせていく。
     そうなると不思議なもので、脳内で広がる不快感と嘔吐感に耐えられなくなった私は膝をつく。忌むべきそれが、すべてを失った私の脳に甘い蜜だと誤解させる。
    「――わたし、は」
     もううんざりだった。
     いぬと呼ばれ、蔑まれ、挙句すべてを蹂躙されて破壊された。
     家族も、尊厳も、未来も夢も。
     彼らが何を言っているのか、その言葉に従った先に何があるのかはわからない。けれど……きっと彼らは、私に平穏と安寧を与えてくれる。そんな不確かで根拠のない、不安定な信頼だけがあった。

    「――ありがとう、名もなき狗よ」

     名前も、人の姿も捨ててその手を取った私を見て、“彼ら”は口を釣り上げて笑った。


    *******************:


       序章                                       


        1

     今夜の本丸は殺伐としていた。
     時刻は22時。普段であれば野戦、ないし遠征部隊や夜警の刀剣男士以外はとっくに就寝している時間だ。だというのに、本丸には絶えず明かりが灯り、何振りもの刀剣男士たちが慌ただしく走り回っている。
     亀甲貞宗は、そんな仲間たちに交じって足早に廊下を進んでいた。
     慣れた様子で歩を進め、やがて目的の場所に辿り着く。普段ならその奥にいる彼女・・からの了承を得るまでは入らないが、今回ばかりは「失礼するよ」と声を掛けるや否や襖を開け放った。
    「――ご主人様!」
    「ああ、きーちゃん。おつかれ」
     普段と変わらない仏頂面の主を見て、亀甲は思わず胸をなでおろした。――よかった。彼女はまだ無事だ。
    「ご主人様。たった今、第四部隊が帰還したよ。負傷者はゼロ。準備ができ次第、各自持ち場についてくれる」
     しかし、そんな態度を亀甲は一瞬で封じた。今はなにより、優先すべきことがある。
    「おっけ、ありがと。……これで、清ちゃんの部隊と伽羅ちゃんの部隊以外は全部戻った感じ?」
    「いや、大包平さんたち第三部隊がまだかな。もう少しで片がつくと報告があったから、そう時間はかからないと思うよ」
    「わかった」
     少女――この本丸の審神者である夕麗は、亀甲の返答に小さく頷いた。それに頷き返した亀甲は、憂いに顔を曇らせる。静かに、審神者の隣に正座した。
    「……特命調査中は、こちらから連絡を入れることができないんだったね。通信の必要性は監査官に一任されているとか」
     この本丸は今、5番目の特命調査に参加していた。初回の調査は5年前から3年前の二年間。今年の春に起こった未曽有の大侵略・大侵寇の傷跡が生々しく残る中、今年度から2回目の全体調査が再開されていた。
     今回出陣しているのは、初期刀の加州清光率いる新撰組刀と山姥切国広で構成された第一部隊。行先は慶応甲府――新選組の刀たちにとっては、最も因縁深い地だった。
     亀甲は、先月行われた特命調査・慶長熊本に出陣した。数日間に及ぶ調査の間、すべての通信は有事を除いて先行調査員だった古今伝授の太刀に委ねられていたことは記憶に新しい。
    「うん。今回は聚楽第と一緒で、監査官がついてるから余計にみたい。一応、政府の窓口担当から監査官さんに連絡は入れるって言われたけど。多分、帰還は出来ないんじゃないかな。聚楽第の時より頭数増えたし」
     夕麗は、少しだけ険しい顔をした。普段表情の読めない顔をしている彼女は、ここ数日で色々な表情を見せるようになっていた。
     特命調査は、通常の出陣や遠征任務とは異なる。放棄された世界を調査し、その歪みを解消することが目的だからだ。
     遡行経路を探るだけも至難の業で、侵入・滞在はさらにその上を行く難易度である。ゆえに、一度機を逃せば次はいつそこに行けるかわからない。
     だから、基本的には例外なく一度出陣した部隊は本丸には帰れない。今回の特異性を考えると、二次被害を防ぐために許可は降りない可能性もある。
    「清ちゃんたちが戻ってこないの、地味にキツイんだよね。仕方ないっちゃ仕方ないけど、こんな時くらい例外作ってくれたっていいのに」
     夕麗がそう言って口を尖らせると、亀甲は彼女に微笑みかける。
    「大丈夫だよ、ご主人様。僕たちがその分頑張るから」
     自信を持って言えば、夕麗は亀甲の顔を窺うようにする。
    「いや、誤解しないできーちゃん。あのね」
    「大丈夫」
     亀甲は、彼女の言葉を遮る。
    「有事の際は、お互いがお互いの状況がわかるようにしておきたい。それに、清光さんや切国さんに心配かけたくないんだよね」
     それが言いたかったのだろう。夕麗は亀甲の言葉に頷く。「さすがきーちゃん。よく分かってる」と褒められ、亀甲は歓喜で顔を綻ばせた。
    「ああ、勿論さ! だって貴女のものだからね!」
     こんなにも無条件の信頼を寄せてくれるのは、純粋に嬉しい。彼女の愛刀ものでよかったと、亀甲は心の底から喜びをかみしめた。
    「それに、清光さんたちなら聞いたところで動じないさ。むしろ、『早く終わらせて本丸の戦に参戦する』ってモチベーションをあげそうじゃないかな?」
    「うわ。目に浮かぶわ。爆速で帰ってきそう」
     夕麗は、そう言って肩を竦めた。リアクションがいつもより多いので、相当緊張しているようだった。
    「ふふ、なんだか大侵寇を思い出すね。あの時よりも、不在の刀は多いけど」
    「それな? あれから半年以上すぎたとか、いまだに信じられないんだけど」
     だから、亀甲はできるだけ彼女に寄り添うことにした。
     彼女は、己の心の内を明かすことが苦手だから。ずっと抱いているだろう不安や恐怖を、出来る限り取り除く。それが古参であり、三番目の打刀であり、代理とはいえ近侍である自分ができる精一杯だった。
    「――主! ちょっといいか!」
     唐突に、新しい声がかかるとともに襖が勢いよく開いた。何かと思ってふたりが振り返ると、目の前にはソハヤノツルキが立っていた。
    「了承も得ずに悪いな。結界と儀式の準備ができた。いつでも迎撃できるぜ」
    「ほんと? ありがとねハヤさん」
     思ったよりも早かった。夕麗が礼を述べれば、彼はニッと笑ってみせる。
     ソハヤは、兄弟刀の大典太光世とともに本丸防衛を担当する部署に就いている。今回の作戦のために早々に遠征を切り上げて帰還してもらい、今まで作業にあたってもらっていた。
    「石切丸はじめ、ご神刀連中も準備万端で待機してる。この布陣なら安心だわな」
    「当然」
     自信満々のソハヤの言葉に、夕麗は頷いた。後は、帰還が遅れている第三部隊――大包平、三日月宗近、白山吉光、山姥切長義、南泉一文字、物吉貞宗を待つだけだった。
    「なあ、第三部隊の奴ら、帰ってきた時奴さんとはち合わせたりしないか?」
     少し心配そうな顔をしたソハヤの問いに、夕麗は首を振る。
    「大丈夫だと思う。一応、あいつ・・・の侵入経路は制限させてもらったから」
     この本丸は今、招かれざる客を迎えるための計画を始めようとしていた。ここにいる全員が、文字通り肝心な「始め」を失敗するものかと気を張っている。
     現在、ここには御神刀による強固な結界を張り巡らせている。そのうちの複数個所――不自然に思われない場所の守りを、意図的に弱くしているのだ。
     その経路の途中には、一部隊ずつ待機させている。怪異斬りの刀、妖斬りの刀、果ては霊刀――設置する布陣には、細心の注意を払った。
    「今張ってるの、石さんやたろさんたちが結構本気めに作ったやつだからね。だからまあ、どっちかというと誘い込んだ後の方がちょっと心配かも」
    「へーきだって。あれだけの情報で、ここまでほぼ完璧に準備を整えたんだぜ? 失敗する方が難しいくらいだ」
     少しだけ憂いた表情の彼女に、ソハヤは豪快に笑ってその肩をはたいた。「痛いんだけど」と抗議する彼女に「わりいわりい」と心のこもっていない謝罪をした彼は、ふとその顔から笑みを消す。
    「……アイツらが託してくれた情報だ。キッチリ役立てて、いつでも帰って来れるようにしておこうぜ」
     彼のその言葉に、夕麗はじっと彼を見る。一瞬、亀甲と視線を合わせた。
    「……うん」
     それを見て微笑んだソハヤは、気分を切り替えるように己の膝を叩く。するりと立ち上がった。
    「じゃ、俺も持ち場に戻るぜ。写しだからって侮るようなら斬ってやるから、任せとけよ!」
    「ありがと。気を付けてねハヤさん」
    「おう!」
     審神者の言葉に片手を上げて、ソハヤは意気揚々と執務室を出ていった。それを見送った後、亀甲は本体を手に取って構える。
    「――万が一のためのご主人様の避難経路も確保しているし、もうすぐ短刀か脇差の誰かが応援に来てくれる。だから安心して、ご主人様」
     亀甲は言って、こちらに視線を向けた夕麗を真摯に見つめる。
    「必ず僕が、僕たちがあなたを守るから。ご主人様はどうか、普段通りでいて」
    「うん。信じてるよ、きーちゃん」
     躊躇いなく返された言葉に、亀甲の顔が輝いた。日常であれば人懐っこく言葉を返すところだが、今だけはそれを堪える。菊花のような笑みを湛えて、「ああ、もちろん!」と返して頷いた。
    「……じゃあ、伽羅ちゃんたちにも連絡しよっか」
     夕麗は、ふと手元の通信機を手に取った。つまみを操作して周波を合わせ、通話ボタンを押す。
    「もしもし、伽羅ちゃん――」

          2

     大倶利伽羅が通信を受けたのは、大木の陰で旧知を介抱している最中だった。
    『――もしもし、伽羅ちゃん? そっちはどう?』という言葉に気づいて、大倶利伽羅は上着のポケットを探る。すぐに通話ボタンを押して応答した。
    「……動きはない。ただ、気配はある。薬研が様子を見に行っているが、おそらくこちらの出方を窺っているんだろうな」 
     大倶利伽羅は、視線の先にある森を見た。本丸とこちらでは、時間の流れ方が違う。あちらは深夜だと聞いているが、こちらは夜の帳が下りようとしているところだった。
    『おっけ。こっちの準備はできてるから、動きがあったら教えて。七星剣ななちゃんが、そっちのが動いたらこっちにも来るはずだっていうから』
    「承知した」
     大倶利伽羅は、視線を別の場所に向ける。彼らから少し離れたところでは、蜂須賀虎徹と浦島虎徹が獅子王を気遣いながらこちらの合図を待っているのが見えた。
     ジェスチャーで「待機だ」と伝えれば、蜂須賀の頭が小さく動く。暗くて確証は持てなかったが、蜂須賀の顔は相当険しかったように見えた。
    『……今日で三日目だったよね。獅子くんと鶴さん、容体はどう?』
     夕麗の声が聞こえたのか、ぴくり、とこちらに靠れたままの鶴丸国永の肩が揺れた。ふるりとまつげが揺れ、押し上げられた瞼の下から虚ろな金糸雀色の瞳が覗く。
    「……う」
     鶴丸は夕麗に応えようとしてか、小さく呻きつつも顔をあげようとする。大倶利伽羅は、それを己の方に抱き寄せるようにして阻止した。
    「とりあえず、目立った異常はない。二振ふたりとも容体は悪くなってはいないが、回復もしていない。ただ、衰弱がひどいから長時間の移動は厳しいな」
    『わかった。じゃあ、何とか今の場所で決着つけないといけない感じ?』
    「……そうなるな」
     平安刀二振――鶴丸と獅子王は、現在戦線離脱の状態だった。ふたりとも発熱と衰弱が著しく、歩くどころか立つこともできない。
     それは、呪詛の可能性が高いという話だった。その解呪ができなければ、本丸に帰ることができない。高濃度の穢れと、「よくないもの」を持ち込むことになるからだ。
     そういう事情で、遠征開始から三日が経っても大倶利伽羅たち第二部隊は帰還することができないでいた。
    「とにかく、こちらはこちらで何とか片を付ける。あんたはそっちが落ち着き次第、さっさとゲートを繋げてくれ。こんなところで共倒れはごめんなのでね」
    「言われるまでもなーい。任しといてよ」
     この主は、こういう時でもふざけた態度を隠さないのか――と一瞬思った大倶利伽羅は、直後に彼女の声が微かに震えていたことに気づいた。小さくため息をつき、続ける。
    「……俺の死に場所は俺が決める。こいつらのもだ、あんなやつに決定権はない。わかったら、あんたは資材と手入れ部屋の用意をしておけ」
     一瞬、夕麗が息を詰めるのが分かった。少し間をおいて、「ちょー偉そうー」という声が返る。彼女のやせ我慢に、大倶利伽羅は気づかないふりをした。
    「みっちゃんと貞ちゃんに、ご飯頼んどくね。だから、早く帰ってきてよ」
    「言われるまでもない」
     そう返せば、夕麗が笑み交じりの吐息を漏らすのが聞こえた。願うような、すがるような声音が続く。
    「……任せるね、隊長。あとはよろしく」
    「ああ」
     通信はそこで遮断された。大倶利伽羅は通信機をしまい込み、さらに別の一角を見る。
     薬研は、まだ帰ってこない。呪いの根本である「あれ」と、鉢合わせて居なければいいのだが。
    「……から、ぼう」
     ふと、弱々しい声が聞こえた。少し視線を下げると、熱を帯びた顔に滲む瞳と視線が絡む。小刻みに震えているのは寒さゆえか、苦痛故か。普段は飄々としている鶴丸の弱り切った姿に、大倶利伽羅はひそかに動揺と不安を抱えていた。
    「……なんだ」
     問えば、「あるじは」とかすれた声が返る。
    「……ぶじ、なのか」
    「聞いていたんだろ。無事だ」
    「……そう、か」
     答えれば、鶴丸は薄い笑みを浮かべた。今の彼がその表情をすると、見た目通り消えてしまいそうな儚さが強調される。それが少しだけ不安だった。
    「……そんな顔、するな。君の方が、倒れそうだぜ……?」
     胸中の感情を感じ取られてしまったのか、鶴丸は困ったように大倶利伽羅を見つめた。それを誤魔化すように、大倶利伽羅は顔を逸らす。
    「病人が人の心配をするな。まずは自分のことだろう」
    「はは」
     参ったな、とかすれた声で鶴丸は苦笑した。笑う体力も残ってはいなかったようで、そのままぐったりと大倶利伽羅に力の入らない体を預けてしまう。浅く間隔の短い呼吸をする彼の白い顔を見ながら、大倶利伽羅は彼を抱えた腕に力を込めた。
    (――関係ない、相手が誰でも。――倒すだけだ)
     決定権など与えてやらない。自分自身を誰かに好き勝手されるなどごめんだ。――それは、自分が隊長を務めるこの部隊のメンバーだって同じこと。
     大倶利伽羅は肚を決めた。準備なら、何もないなりに整えた。あとは、全員生きて本丸に帰るのみ。

    ――すぐ近くで、犬の唸り声が聞こえた気がした。



    *************************


    第一話                                    


       1

     本丸は最初の冬を迎えていた。
     11月に入って、この本丸は随分と大所帯になった。そうなれば間取りが広くなるのも当然で、共用部や各個室に設置する暖房器具も数が増えた。
     ここには、さまざまな時代の刀剣たちが存在している。異なる価値観ばかりが集まるこの場所で、一際違いが目立つのが各自の生活模様だった。
     この本丸の刀剣男士たちの趣味嗜好は多種多様だ。現代機器を好んで適応してしまうもの、逆に嫌って代替案を編み出すもの。そうして、過ごしにくい季節や天気などを愉しんだり乗り切ろうとするゆえの知恵で、彼らは自由に過ごしていた。
    「……だーかーらー、やっぱり炬燵は必要だって」
     獅子王は口を尖らせた。華奢な彼の体をすっぽりと包み込み、その耳元で鵺が鼻を鳴らす。
    「……要らないんじゃないか」
     大倶利伽羅が、それを少し遠い目で見て返す。「随分、温かそうに見えるが」と言われて、獅子王はその端整な顔を歪めた。
    「そりゃ、お前は東北寒いとこにいたんだからそうだろ!? マジで寒いんだって、今日の気温知ってるか? 霜月の半ばったって最高で12℃だぞ! ありえねえって!」
    「箱入りめ。その程度の気温は普通だ。俺がどこにいたかなどは関係ない」
     獅子王の必死な訴えを、大倶利伽羅は鼻で笑い飛ばした。もこもこした厚手の靴下にアームウォーマー、厚手の服を何枚も重ねてなお鵺にくるまる獅子王はぐぐぬ、と唸った。
    「大体! 三人部屋で冷暖房がエアコンだけって時点でないだろ! 夏だってあんなに暑かったじゃねえか!」
    「それはサーキュレーターの購入で解決しただろう。というか、この部屋はエアコンだけでも十分暖まる。わざわざ自費で割り勘してまで暖房器具を増やす必要は無い。……この間、電気代が予算オーバーだと言っていなかったか?」
     大倶利伽羅のその質問で、獅子王は虚を突かれたらしい。完全に黙り込んでしまい、首元にすり寄った鵺に応えるように首を傾けた。
    「……そうだけどさあ」
     この本丸には現在、85振りの刀剣男士がいる。春に運営を開始してから8か月、冬を迎えたのは初めてだ。審神者、および刀剣男士はその職業柄高給取りではあるのだが、それでもこの大所帯をカバーしきれるほどの金額が入っているわけではない。
     ある程度までは、各本丸の光熱費は政府が負担してくれる。しかし、星の数ある本丸に対して公費での支援は限界があり、ここのようにその恩恵が受けられない所も多かった。
     そういうわけで――理由はそれだけではないが――ここの運営情報のほとんどは刀剣男士たちが役割を分担して管理している。獅子王は他の数振りとともに本丸の経理を預かっており、故に本丸の経済事情は誰よりも把握していた。
     それでもなお、寒さだけはどうにもできないので前述の訴えを口にしていたが、あいにく大倶利伽羅は寒さに強かった。というより、獅子王が極端に寒さに弱かった。それで、話が平行線になっているのである。
    「それに、炬燵で寝落ちして風邪をひくのが目に見えている。だったら懐炉やクッションなどでも代用できるだろう」
    「この状態でも寒いのに? 俺この下に5枚は着てるんだぜっ」
    「着る毛布とかがあるだろう。審神者が使っている奴をもらってきたらどうだ」
    「サイズが合わねえよっ」
     終わりの見えない口論は、獅子王の意地によって続けられていた。面倒だから、通販で防寒具でも探してやるか……と大倶利伽羅が思ったその時。
    「……ふたりとも、入っていいかい?」
     外から第三者の声が入った。獅子王と大倶利伽羅の同室である蜂須賀虎徹だ。いいぜと獅子王が答えれば、すらりと障子戸が開く。予想に反して、蜜柑色の髪が覗いた。
    「あれ、浦島?」
    「こんにちはっ」
     獅子王が名を呼ぶと、浦島虎徹は明かりが灯ったように笑った。蜂須賀はというと、内番服の袖をたくし上げて浦島の後ろに立っている。その腕に抱えられているものをみて、獅子王の目が輝いた。
    「それ!」
    「火鉢だよ。希望者の所に配って回っているんだ」
     腰を浮かせた獅子王に微笑んで、蜂須賀は「要るかい?」と言いながら部屋に入ってくる。獅子王が両手を広げるのを「危ないよ」と制しながら火鉢を置いた。
    「炭は、これから鶴丸さんがもってくるから待ってて。これで、春までは快適だねっ」
     浦島は、そう言いながら火箸や五徳などの道具が入った段ボールを火鉢の近くに置く。どうやらただの付き添いではなく、蜂須賀を手伝っているらしい。
    「ほんっと、ありがとな! これでこの冬を乗り切れるっ!」
    「……はあ」
     喜色満面ではしゃぐ獅子王の横で、大倶利伽羅はため息を吐く。この部屋は三人部屋だけあって広いとはいえ、火鉢一式でスペースを取られるのは正直に言って嫌だった。
     とはいえ、ここまで喜ぶほど寒さを厭う同期からそれを奪うほど鬼ではない。それに、暖房だけでなく電気ケトルの代用だってできるだろう。そう考え直した大倶利伽羅は、黙って部屋の一角を整理することを決めた。
    「それにしてもこれ、予算会議通ったんだな。話は聞いてたけど、正直炭の代金とか考えると無理かもって思ってたんだよ」
     獅子王が言うと、蜂須賀は穏やかな笑みを浮かべて頷く。
    「先月くらいから、火鉢これや懐炉の購入依頼の相談が増えてきていたからね。俺たち生活支援課と総務、経理の各責任者で協議を重ねて、主の許可を得たから購入したんだ」
     基本的に、共用物の購入については経理と総務責任者、並びに審神者の許可がいる。購入依頼は総務か経理に所属する刀剣男士に直接申し込み、都度行われる予算会議を経て可否を決定する流れだ。
    「――待たせたな、ご注文は木炭かい?」
     そこで、更に新しい声が舞い込んだ。炭の入った箱を抱えた鶴丸国永が、やたら厚手の服を着こんだ姿で立っていた。
    「……お前もか」
    「ん、何だ伽羅坊? 俺の顔に何かついてるか?」
    「……いや」
     獅子王と似たり寄ったりの格好をしている旧知を見て、大倶利伽羅は二度目のため息を吐く。不思議そうに首を傾げた鶴丸は、すぐに気を取り直して足早に部屋に駆けこんだ。
    「いやあ、助かったぜ蜂須賀! 正直ダメもとだったから嬉しくて仕方ない。やっぱりきみに相談してよかったな!」
    「あなたも同じ生活支援課だろう? それに、俺じゃなくて責任者一期一振がうまく掛け合ってくれたおかげだよ。お礼を言われるほどのことじゃない」
     謙遜する蜂須賀に、箱を置いた鶴丸は「きみは慎み深いなあ!」と笑顔を向ける。と、獅子王を見て吹き出した。
    「なんだきみ、随分と暖かそうじゃないか。鵺のそれは毛皮なのかい?」
    「お前も似たようなもんだろ。それにしても、同類がいて安心したわ。あと、こいつのは毛皮じゃないけどくるまってると暖かいんだよ」
    「なんだそれは羨ましい! そうそう、俺も同室小竜に強請って部屋に火鉢を置かせてもらったぜ。これで真冬も怖くないな!」
    「いえーい!」
     やたらテンポのいい掛け合いの後、平安刀二振りはなぜかハイタッチをしていた。寒がり同士、なんだか波長が合ったらしい。ついていきづらい疾走感である。
    「ふたりとも、びっくりするほど体細いもんね。いつも寒そうだなーって思って見てたんだよね」
     そこで、心配そうな顔をした浦島がふたりに話しかける。鶴丸が苦笑した。
    「君も人のこと言えないだろう。そんな格好で寒くないのかい?」
     浦島は、内番服の上からつっ被るタイプのパーカーを着ている。鶴丸たちとはえらい違いだった。
    「平気! 俺、最近は無理しない程度だけど筋トレしてるんだよ? 理想は長曽祢兄ちゃんなんだけど、人間と違ってあんまり劇的に変化はしないんだよね」
     元気よく答えた浦島は、力こぶを作る動作をしながら不服そうに唇を尖らせる。
    「たしかになあ。顕現してしばらくたつが、あまり体格が変わったとかは感じないな。そういうものなのかもしれんが」
     鶴丸がからからと笑った。
    「でもねでもね? ちょっとだけだけど筋肉ついた気がするんだ。――ほら! 力こぶ!」
     少し得意げにそんなことを言う浦島の右腕を、その場にいた全員がまじまじと見つめる。「どこだ?」「ここ!」「すまんどれだ?」「もおー!」などとじゃれ合っている一同の許に、また新しい来訪者が声を掛ける。
    「――随分と楽しそうだな。俺っちも混ぜちゃあくれねえか」
    「あ、薬研!」
     薬研藤四郎の姿を見て、浦島が満面の笑みを浮かべて手を振った。
     先月の初めに来たばかりの彼はようやく本丸に慣れ、既に顕現していた兄弟たちを初め、様々な刀と楽しそうに過ごしている。交友関係の広い浦島とも仲が良かった。
     こんな気温でも、彼は内番服の他に防寒具を身に付けてはいなかった。殊更白く見える素足を見て、鶴丸と獅子王がぎゃっ、と大袈裟に声を上げる。
    「上には上がいた! こっちに来い薬研、火鉢もあるしあっためてやろうか!?」
    「寒い寒い! 見てるだけで寒いって! そんなんで平気なのかよ!?」
     大袈裟なくらいに騒いで手を広げる鶴丸と、自分の体を抱きしめる獅子王を、薬研は怪訝そうな顔で見つめた。
    「? よく分からんが心配要らないぜ。逆にお前らの方が心配だが……生姜湯でも淹れてやろうか?」
    「そんなことより、要件はなんだ。無駄話をしに来たわけじゃないだろう」
     太刀二振りが答える前に、大倶利伽羅が割って入った。「悪い悪い、その通りだ」と笑った薬研は、薄水色の封筒を取り出す。その意味を悟った5振りの顔が、途端に真剣な色に変わる。
    「大将からの任務を拝命した。――遠征だ、よろしく頼むぜ先輩方」
     力強い笑みを浮かべて、薬研はそう言った。
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    新月の本棚

    DOODLEあんスタホラー
    廃病院から脱出するやつ
    第一話だけ投げます

    ※注意事項(兼メモ)
    ・あんず≠原作&アニメで個性が強い(実質オリジナルキャラ)
    ・時間軸は謎(ズ! の返礼祭が終わったあたりの春休み)
    ややこしくなるからメインストーリー考慮してません。
    キャラクターの呼び名はwikiの呼称表を参照
    ・メインキャラ兼被害者は【あんず、明星スバル、氷鷹北斗、遊木真、衣更真緒、朔間凛月、鳴上嵐、影片みか】
    Still Unforgiven(サンプル)第一夜 廃病院へようこそ①                                   

      
       1

     1人でこんな遠くまで来るなんて、記憶している限り初めてのことではなかろうか。
     早朝から電車に揺られ、ビル群から春めいた自然に変わっていく景色に感嘆したり、どこか感傷的な気分に浸ったり。
     そんな時間を二時間以上過ごした後に、乗り継いだバスを後にしたあんずを出迎えたのは少し寂れたバス停だった。
    「……すごい……。こんな景色、初めて……」
     眠い目をこすりながらバス停に降りたあんずは、目の前に広がった光景に思わず吸い寄せられるように歩き出した。
     映画の中に入り込んだような錯覚の中、あんずは広大な自然と、そこに存在する古い茅葺の日本家屋に魅入る。
    10238