せんせ、教えて?「ね、せんせ、大人のキスってどんな感じなの?」
「……どうしました? 急に」
ケイローンに与えられている部屋へ、いつものように滑り込んだ。
そんな私に既に慣れてしまった彼は、特段気にした様子もなく机に向かう。本を読んだり書き物をしたり。いつもの鎧を脱ぎ捨てて寛いでいる。
それが悔しくて、気を引きたくて。いつからかこんな問いかけを始めた。
初めは、彼を少し困らせて満足していた。
それでも教えてくれなかったり、わからないなどとは言わないものだから、段々と調子に乗っていった。
無遠慮に座り込んだベッドの上、苦笑いを零した彼を挑戦的な瞳で見つめる。
「気になっちゃったの、教えてくれる?」
「……いいでしょう。貴女がそれを望むなら」
「あっ」
パタン、と本を閉じたケイローンが、立ち上がってベッドに近づく。
そっと私を押し倒し、その上に覆い被さった。
「やめるのなら、今のうちですが」
作り物のように美しい顔だと、呑気に考えている。
萌葱色に見惚れながら、こくりと頷いた。
諦めたみたいに小さくため息を吐いた彼は、大きな手で私の輪郭をそっとなぞる。
壊物みたいに触るから、くすぐったい。
「……っ」
彼の薄い唇が、私のそれに重なった。
咄嗟に厚い胸板に手を這わせる。
甘い接触に瞳を潤ませ、うっとりとこの時に浸った。
「ん……ぅ、っ」
ぬるりと唇を割り開いた彼の舌が、口内を無遠慮に探索する。
お腹の奥がぞわぞわする気がして、無意識に内腿を擦り合わせていた。
「ひぁっ……」
「呼吸を止めず、鼻で息をしなさい」
「んむぅ」
舌と舌が触れ合った瞬間、ビクリと肩が跳ねる。
萌葱色が愉しげに細められるのが、自分でも驚くほどに嬉しかった。
言われた通りに懸命に息をしたけれど、酸欠のような心地は消えない。
ぞり、ぞり、と舌同士を擦り合わせるのに、いつしか夢中になっていた。
「せん……せ、っ、はぁ……きす、すご……い」
「ふっ……お気に召しました?」
「ん……ふぅ」
後頭部を手で押さえ付けられ、逃げる気もないのに逃げられない。
ぢゅっ……と音を立てて唾液を吸われると、腰の辺りが痺れて、下半身が動かなくなる心地がした。
「はっ……んんっ、ぅ……ぁ」
もう息も絶え絶えなのに、ケイローンは私を離してくれない。
その胸を軽く叩いても、目尻に溜まった涙がついに零れ落ちても、綺麗な瞳はずっと私を見下ろしたままだった。
大袈裟なまでに部屋に響く水音。一度も触れられていないのに、濡れそぼった身体の中心。
お腹が疼いて堪らない。
もしかしたらこのまま、もっと先に……。
「……はい、もういいでしょう」
「あ……」
二人の間に伝った銀色の糸を断ち切った彼が、濡れた唇を拭いながら身を起こした。
ベッドの上でひたすらに、足りない酸素を吸い込む。
やめないで、もっと教えて。
そう言ったら、彼は叶えてくれるだろうか。
(舌、しびれてる……)
すごくすごく、気持ちがよかった。
最中は溺れているみたいで、苦しさすら感じたのに……終わってしまえば一瞬で熱が過ぎ去ったみたい。
「ほら、着衣が乱れている……勘のいい者ならば気付いてしまいます」
「あ……ぅ」
ごめん、と呟こうとしたのに。出たのは意味のない言葉だった。
舌がまだ、うまく動いてくれないのだ。
それに気付いた彼は苦笑し、そっと私の手を引いて立ち上がらせてくれた。
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全く困ったマスターだ。
小悪魔のようにこちらを翻弄して、天使のように笑う。
それなのに本気で捕まえてしまおうかと思案した瞬間、突然無垢な少女に戻るのだ。
……しかし、あそこまでしたのだから、もうここには来ないだろう。
「こんにちは」
そんな予想を覆し、彼女は現れた。
しかも、夜に。
「どうしたのです? マスター……こんな夜分遅くに」
「えへ、ごめんね……」
あまりに無防備だ。
布の薄い寝間着で、のこのこと男の部屋を訪ねるなんて。
信頼は嬉しいけれど、少し厳しく言う必要がある。
……叱責の言葉は、潤んだ蜂蜜色に掻き消された。
そっと部屋に踏み入った少女が、部屋の扉を自ら閉める。
とてとてと私に近寄った小悪魔は、頬を赤らめながら微笑んだ。
「せんせ……あ、赤ちゃんの作り方、教えてくれる?」