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    sleepwell12h

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    sleepwell12h

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    招かれた💜と迎えに行く❤️

    ⚠️ 軽度のホラー的要素とグロテスクな描写を含みます

    #voxshu

     シュウが目を醒ましたとき、あたりは濃い霧に包まれていた。
     足元から冷気が立ちのぼる。石造りのベンチは分厚いツイードの外套越しに腰掛けてもなお沁み入るように冷たかった。
     意識を取り戻した後も、シュウはすぐに立ち上がろうとはしなかった。息を殺し、神経を研ぎ澄ませながら周囲の気配をうかがう。濃霧の立ち込める視界は見通しが悪く、景色さえ判然としない。ベンチの傍らに植えられた枝垂れ柳らしい木が植えられているのが、辛うじてわかる程度だ。
    「つれないな。俺を置いて一人で行ってしまうなんて」
     不意に頭上から声がかかる。振り返ると、いつの間にかベンチの後ろに佇んでいたヴォックスが、冷たく整った面差しに淡い笑みを湛えながらシュウを見下ろしていた。相変わらずどこにいるのかはわからないまでも、見知った顔にシュウは安堵の息をつく。
    「ヴォックスはどうやってここまで来たの」
    「どうって……歩いて」
     ヴォックスの反応から察するに、どうやらそう遠くへ来てはいないようだ。道を知ってるなら話は早いと腰を浮かせかけたシュウを、ヴォックスが先んじて制する。
    「そんな二束三文のがらくたに、随分とご執心じゃないか」
     指摘されてようやく、シュウは膝の上に載せた小さな本に気がつく。それは先日、シュウが蚤の市で買い求めたものに違いなかった。別段欲しいものがあったわけでもなく、単なる物見遊山で足を運んだだけの市場で、どうしてそんなものに惹かれたのかは彼自身にも説明がつかない。買ったはいいが読む気にもなれず、今日まで放置していたくらいだ。
     革の表紙がところどころ禿げた表紙を開く。それが小型の聖書だと、シュウは今さらに知った。インクは掠れ、紙魚に喰われている部分も多く、文字を拾うことさえおぼつかない。挙句の果てには頁同士が貼り付き、捲るにも支障をきたした。紙の隙間に爪の先を差し入れ、破らないよう慎重に剥がす。そこには乾いた血を彷彿とさせる暗赤色の液体が、べったりと塗り込められていた。
     シュウはそれ以上読み進めることなく本を閉じた。手元から目を上げ、ヴォックスと自分自身を除けば唯一はっきりと映る柳の木を凝視する。幹には見覚えのある呪符が貼られていた。しかし、使った記憶がまるでない。敢えて札を千切るように乱雑に剥がすと、たちまち霧が晴れていく。入れかわりに彼等を取り囲むのは、彫刻の施された荘厳な墓標や、風化しかかった十字架の群れだ。
     探したいものがあるから一緒に来てほしいというシュウの申し出を、ヴォックスは快く受け入れた。未明の墓地は見渡す限り荒廃しきっていたが、面積そのものは広くない。野放図に生い茂る草木に抱かれ、眠るようにしてひっそりと佇む礼拝堂を見つけるまで、さほど時間はかからなかった。
     扉の前に立ったシュウが、錆び付いた輪状のノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。黴臭く冷えた空気が充満した礼拝堂は、日に焼けて色褪せた聖像や崩れかかった聖母子像がそのままに残されている。等間隔に並べられたベンチの間を、シュウは迷いのない足取りで進んだ。十字架が刻まれた講壇の前で立ち止まる。それまで黙って付き従っていたヴォックスが、シュウの肩を力強く抱き寄せた。野生の獣みた威圧感を滲ませ、警戒心を顕にするヴォックスに、シュウは敢えて微笑みかける。肩先へ回った手を解き、講壇の裏側を覗き込んだ。
     どれほどの年月をそこで過ごしていたのか、横たわる骸は既に肉が腐り落ち、黄ばんだ骨が覗いている。それなのに、身に纏うカソックだけはなぜか埃や汚濁にまみれるでもなく、金糸の刺繍が新品のように艶々と輝いていた。

     夜が明けるのを待ち、最寄りの警察へ匿名で連絡を入れる。やがてステンドグラスを嵌め込んだ薔薇窓から朝日が差し込み、礼拝堂の床が極彩色に染め上げられた。
    「ありがとう。ヴォックスが来てくれなかったら、なんで呼ばれたのかもわからないまま、ずっとあそこに座り込んでたかも」
    「礼には及ばないさ。お前が俺のコートを着て行ってくれたおかげで、すぐに居場所がわかった」
     言われてみれば、羽織っているコートはシュウの体躯には幾分か大きく、余った袖から指先がかろうじて覗いている。
    「本当だ。全然気付かなかった。ごめん、返すよ」
     慌てたシュウがコートを脱ぐより早く、ヴォックスは寒いから着ていろ、と半ば強引に前を合わせた。彼が愛用する香水だろうか、身じろぎするごとに匂い立つ甘い香りに、胸のあたりがむず痒くなるような感覚を覚える。
    「どうした。人が来る前に行くぞ」
    「うん。その前に、ちょっとだけ」
     立ち去ろうとするヴォックスを引き止め、シュウは講壇の前に跪いた。胸の前で手を組み、瞼を伏せる。束の間の黙祷を終えると、コートの裾を払いながら立ち上がり、扉の前で待つヴォックスへ駆け寄った。お待たせ、と声をかけるより早く、ヴォックスの手がシュウの顎をとらえる。まるで掠め取るような素早さで、唇同士が一瞬だけ触れ合った。シュウは反射的にヴォックスの胸を肘で押し返す。
    「何度も言ってるけど、こういうのってどうかと思う」
    「何度も言うようだが、そう正面を切って拒まれると流石に俺も傷付く」
     シュウは白々しく嘆いて見せる彼を冷めた目で一瞥する。予想に違わぬ反応に、ヴォックスは嬉しそうに口角を吊り上げた。
    「荒れ果てたチャペルで形ばかりの祈りを捧げるお前を見ていたら、無性にこうしたくなった。それだけじゃ理由にならないか?」
    「ならない」
     まるで睦言でも交わすような甘ったるい囁き声を、シュウはにべもなく撥ねつける。性懲りも無く絡め取った指に、ヴォックスが従順な騎士さながらの身振りで口付けようとする前に、シュウは敏捷く手を抜き取った。
    「俺が亡者だったとしても、お前のような人間に弔われたいと願うだろうな」
     薄暗い礼拝堂から曙色にうつろう空の下に出る。眩しげに双眸を細めながら呟いたヴォックスに、シュウはいつになく表情を強張らせた。縁起でもない、と言いたいらしい。
    「お腹が空いたな。せっかくこっちに来たんだし、おいしい朝食が食べたい」
    「なんだ、俺の手製じゃ不満か?」
    「そんなことはないけど……わざわざ迎えに来てもらったのに、そのうえ料理まで作らせるのは悪いよ。僕が奢るから、どこか食べに行こう」
     取るものも取りあえず追いかけて来たのだろう。ヴォックスは上衣どころか襟巻のひとつも身に着けてはいなかった。冷えきった指先を、シュウの掌が包み込む。青白く透ける肌に体温が乗り移るまで、握った手を離そうとはしなかった。
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