「お前だから」と言いたいのは『配信ステータス:三分後ドラマ開始
配信内容:「お前だから」第一話
ジャンル:恋愛ドラマ
キャスト:
サツキ・陀宰 メイ
ヒナタ・凝部 ソウタ』
アラート音に反応して、廃墟に集まった面々が一斉にバングルの方を見る。
「あれ?恋愛ドラマなのに、瀬名お姉ちゃんがいないよ?」
「あ、ほんとだ。女の子を取り合う話なのかな?」
タイトルとキャストしか見えていない廃寺と瀬名は、首を傾げた。
「いや、待て……うわ、まじか……」
「メイちゃん、なんでそんな嫌そうな……うげぇ……」
一方、当のキャストたちは台本を見て顔をしかめている。どんな台本なの、と瀬名が口を開きかけたところで二人の姿は消えてしまった。
「お兄ちゃんたち、頑張って〜」
そう手を振る廃寺は、まるで悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべていた。
陀宰にとって忘れられるはずのない、あの教室。
だが、そこで対峙しているのは彼女ではない。
「まさか、俺がお前に告白しないといけないなんてな」
「それはこっちのセリフだよ〜メイちゃんから告白されるなんて……いや、案外悪くないかも?」
「やめてくれ……」
「これって、所謂BLってやつ!?」
「そう、みたいだな……」
これまでも、恋愛ドラマを男同士で演じることがなかったわけではない。女子が一人しかいないのだから、仕方のないことではある。
だが、この台本は明らかに同性同士の恋愛として書かれたものだ。
そして、このシチュエーションは……
「あいつ、いい性格してるな……」
陀宰がボソリとつぶやく。
「あいつって、プロデューサー?ほんと、困っちゃうよね〜」
凝部は軽い調子に探るような視線を混ぜて陀宰を見ている。
「……」
陀宰が返答に詰まっていると、配信開始のカウントダウンが始まる。
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『――高校2年生のサツキとヒナタは同じ委員会に所属したことをきっかけに仲良くなり、サツキはヒナタに同性でありながら友情以上の思いを抱くようになる。
ある日の放課後、ヒナタは委員会終わりに忘れ物があるというサツキに付き添い教室に戻ってきた。』
「サツキ、忘れ物ってなんだよ。」
「教科書。机の中に……お、あった。」
「っし、じゃあ帰るか!」
「ああ……なあ、ヒナタ。外見てみろよ。」
窓の外は夕焼け。太陽の光と夕闇が混ざり合い、幻想的な色をしている。
「マジックアワーか。キレイだな。」
窓に駆け寄るヒナタ。サツキは夕日に照らされた彼の横顔を眩しそうに見つめる。
――というのがト書きであるが、陀宰は眩しさよりも哀しさで目を細める。ああ、どうしてここにいるのが彼女ではないのだろう。
「ああ、眩しくてキレイだ。」
窓の外ではなく、ヒナタを見てそう呟くサツキ。
「なんでオレを見て言うんだよ。そういうのは彼女とかに言うもんだろ?」
無邪気に笑うヒナタ。
「俺、彼女いないし」
「そうだった」
「つくる気もないけど」
「おいおい、花の高校生がそれでいいのかよ?って、オレもいないけどな〜」
あー、彼女欲しい。とヒナタが窓枠に手をかけて呟く。そんな彼の右側にそっと立つサツキ。
「なあ、ヒナタ」
「ん?」
「俺、彼女つくる気はないって言ったけど、好きな人はいるんだ。」
「えっ、まじで!?誰々??」
目をランランと輝かせるヒナタの手の上にそっと自分のそれを重ねるサツキ。
――陀宰は一瞬ためらう様子を見せたが、これ以上罰ゲームを受けるわけにはいかないので、渋々凝部に触れた。一方の凝部は、何だかんだこの状況を楽しんでいるようで、台本の中のヒナタに負けず劣らずの笑顔をみせている。
サツキは一つ深呼吸をすると、小さく、でもはっきりと告げる。
「お前だよ、ヒナタ」
呆気にとられるヒナタ――のはずだが、凝部はニヤニヤ笑うのを抑えきれていない。こいつ、面白がってやがる。陀宰は苛立ちが顔に出ないよう必死で押さえつける。
「え、オレ?なんの冗談だよ?」
笑いをこらえて発せられるセリフは、かえってリアリティを帯びる。
「そ、そうだ。冗談だ。ちょっとやりすぎたな、悪い」
そう言ってヒナタから距離を取るサツキ。その表情には苦しみが混ざっている。
――早く、早く終わってくれ。陀宰は心からそう願っていた。もうこれ以上、俺の大切な記憶を汚さないでくれ。
「いよいよ空も暗くなってきた。早く帰ろう、ヒナタ」
「うん!よし、下駄箱まで競争な!」
「なんでそんな小学生みたいなことしなきゃいけないんだよ」
文句を言いつつも、ヒナタに続いて教室から駆け出すサツキ。
「そうだよな。男に告白されたって、冗談だって思うよな」
サツキがそう呟き、画面がフェードアウトする。
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ドラマが終わり、戻ってきた陀宰と凝部に、瀬名が駆け寄る。
「お疲れ様。陀宰くん、大丈夫?すごく疲れてるみたいだけど」
「ああ、ありがとう、瀬名。流石に男相手に告白するのは精神が削れる」
「えぇ〜メイちゃんヒドイ!僕、髪も長いし可愛い方だと思うんだけど☆」
舌を出してウィンクする凝部に、陀宰は肘鉄を食らわせる。
「痛いっ!やっぱメイちゃんヒドイよ!ヒヨリちゃん、心も体も傷ついた僕を癒やして!!」
そう言って瀬名の両手を取る凝部。
「はあ〜、男のゴツゴツした手より、女の子の柔らかい手だよね〜」
「あ、凝部お兄ちゃんズルい。」
瀬名の後ろからヌッと現れた廃寺は凝部の手首を掴み、瀬名から引き剥がそうとする。だが、廃寺の手助けは必要なく、ヒヨリは凝部の手をあっさり振りほどいた。
「廃寺くん、私は大丈夫だから」
「まったく、ツレナイな〜」
真っ先にメイちゃんに声かけるんだもん。そう心で呟いてちらりと陀宰を見やると、苦々しそうに廃寺を見つめていた。その表情から、嫉妬とは違う感情を感じ取り、また一つ判断材料が増えたかな、と凝部は小さく笑みを浮かべた。
「廃寺」
「なぁに、陀宰お兄ちゃん」
夜。瀬名は寮に戻り、凝部は調べたい事があると言って外に出ている。
「なんだ、今日のドラマは」
「あー、あれ?びーえるって言うんでしょ?瀬名お姉ちゃんが教えてくれたよ」
「まったく白々しい……お前が仕込んだドラマだっていうのに。ご丁寧に名前まで俺たちに寄せて」
「……」
廃寺は何も答えず、ただ笑みを浮かべている。
「よりによって、あの場面をあいつ以外と演じさせるなんて。お前、ホント性格悪いよな」
「なんでそんなこというの?ポイント、たくさん入ったんじゃないの?」
実際、今回のドラマは比較的ポイントが入った。凝部はともかく、陀宰はリアルな苦悩の表情がウケたのだろう。
「苦しむ俺の姿を見て、だろ。お前、介入も程々にしろよ」
「僕はポイントを貯めるお手伝いをしてるのにな〜」
そう言って微笑む廃寺に、陀宰はただ震える拳を握りしめることしか出来なかった。