オルゴールの音色が子守唄を奏でる部屋で僕と彼女は均衡を保っていた。
「その手を離してくれないかな」
「…」
僕の腕をギリギリと握り潰すかのように掴んで、彼女は感情の読めない瞳でこちらを見る。
一体、その細腕のどこにそんな力を隠しているのやら。
外では司くん家の警備隊達が慌ただしく走り回っている。
…これでは捕まってしまうのも時間の問題だろう。
「君は、どうしても彼のことを諦めないんだね?」
最後の質問のつもりで話しかけるが、これも無視されてしまう。
僕の行動一つ一つを見逃さないようにじっと睨むその瞳は獣のようだった。
はぁと一つ、溜め息を吐いてポケットに隠してあったボタンを押した。
時間を置いて、ここから離れた部屋から順に爆発が起きる。
想定内だったのか、彼女は動じない。
隣の部屋の爆発が起きた時、壁際に置いてあったオルゴールに落ちてきた絵画がぶつかって音を止めた。
一瞬、彼女がそちらを見たのを僕は見逃さなかった。
左手に冷たい鉄の重みを感じながら、それを抜き取って彼女に向け衝撃を放った。
それは、彼との将来のために使うつもりのなかったリボルバーだった。
彼女も隙を突かれては動けなかったのだろう。
銃弾は一直線に彼女の胸の真ん中を突き抜けて、赤い紅い血を流した。
彼女はその場に仰向けに倒れる。
掴まれていた腕は解放され、手形が呪いのように刻み込まれているのが分かった。
「ふ、ふふ…」
これまで黙りを決め込んでいた彼女は突然笑いだし、胸を抑えながら僕を見る。
「…死に際に、遺言でも残したくなったのかな?」
「あ、なたのような、泥棒猫は…幸せなんて、掴めない、のよ…」
彼女の口からごぽりと赤が零れる。
「何を、言って…っ?」
あれ、立てない?
そう思った時には床に膝を着いて荒い息を繰り返していた。
目眩が酷い、息が苦しい、なんで、なんで?
霞む目でふと腕を見ると、そこには目立たない小さな傷が一つ。
「……ああ」
さっき、盛られたのか。
驚く程に冷静な僕が遠のく意識の中、視界の端に映したのは、「ざまぁみろ」と嗤う悲劇のヒロインの顔だった。
類とまふゆがいるならば、警備隊が遠ざけたこちらの棟にいるはずだ。
あの爆破はきっと類の作った爆弾によるものだろう。
「ここは危険ですのでお戻りください!」と警備は言うが、そんなものは聞いていられない。
煙と火の粉が散る中、オレは急がねばと廊下を走る。
大広間に置いてあるオルゴールは、確かまふゆの友人が作曲したものだったか。
まふゆ関連で珍しく類が気に入った音色でもあったから、いつだって聴けるようにしていたはずだ。
爆発のせいだろうか。オルゴールの音色は聴こえない。
もしかしたらと中に入れば、そこにはやはり、二人がいるじゃないか!
「…嘘だろう?」
きっと、何かの冗談に決まっている。
だって、そうでなければ、類は、まふゆはいつも通りオレを出迎えてくれるはずじゃないか!
なんで、二人とも、赤に塗れているんだ?
「……はは」
ふらりと、オレは二人に歩み寄った。
ああ、一緒にいるなんて、仲が良いのは大変嬉しいことだ!
しかし、オレがその輪の中にいないのは少し寂しいぞ。
「類、まふゆ、一緒に寝るか」
離れていた二人を抱き寄せて目を瞑る。
ロミオの最期は、決まっているだろう?