黄飛虎と一緒にパンケーキ作る(そして黒猫パンケーキ歌わせる)話② 立香はまず、ボウルに牛乳と卵を入れた。立香はいつも、混ぜた後でミックス粉を入れる作り方にしている。
立香が先に泡立て器でかき混ぜ、黄飛虎も同じように材料を入れ、それに続く。
「ある程度混ぜ終わったら、ミックス粉を入れてください。」
立香がミックス粉を入れ、かき混ぜる。
「こうか?」
立香はパンケーキを何度も作ったことがあるため、軽快な動きでシャカシャカと、泡立て器を回す。
しかし、黄飛虎はまるで重い泥を混ぜるかのように、手の動きが鈍い。
「むう・・・。」
「慌てなくていいよ。ゆっくりでも・・・。」
と、立香は手を止めた。
同じサイズのボウルを持っているのに、黄飛虎が持っていると、小さく見える。おそらく、彼の体格が立香よりはるかに大きいからだろう。現に、立香の頭が彼の肩にあたりそうなのだ。
剛健な体格に、困った顔で生地を混ぜる姿に、立香は魅力的なギャップを感じた。
(でっかわ・・・。)
おほん!とわざと立香は咳払いした。
「な、ナンデモナイナンデモナイ。」
また、黄飛虎は首を傾げた。
「そんなにヘンだったか・・・。」
「い、いやいやそんなことはないですってば!その・・・あはは・・・。」
立香は、うまく言葉に出来なかった。誤解されないといいが、と願うばかり。
「旅先でお土産をもらい、息子たちにあげることは多々あったが、自分でこういったものを作った経験はないのでな。」
「あ・・・そうなんですね。」
「貴君にとってこの姿が不格好なら・・・笑ってくれ。」
黄飛虎は、ふふっとはにかんだ。
その後も、隣の立香の動きを見よう見まねで手を動かしていた。すると、しばらくして、ダマもないパンケーキの生地ができあがった。最初こそ、慣れない作業に苦戦したものの、次第に動きが早くなり、立香が作った生地と同じクオリティになった。
「ありがとうございます。」
次に立香が用意したのは、手のひらサイズのフライパン。一枚一枚、ムラなく同じサイズのパンケーキを焼くために、ダ・ヴィンチが作ったものである。
「これで焼きましょう。」
フライパンをコンロに置き、火をつけた。
しばらくして、フライパンの温度があがり、パンケーキを焼くのにちょうどいい温度になった。
「今からパンケーキの生地を流し込みますね。」
立香は立てかけてあったお玉で生地を掬い、そのままフライパンに真上から流し込んだ。生地は中心からじんわり広がっていき、フライパンの縁の間際まで届いた。
「こんな感じで、後はフタをして待つだけです。」
黄飛虎は頷くと、立香と同じフライパンを用意し、彼女と同じ動作で生地を流し込んだ。
パンケーキを焼いている間、少しだけ、暇になる。
立香は何を話せば良いのか分からず、ただじっと、フタを閉じたフライパンを見つめていた。
幼い頃、母と一緒にパンケーキを作った時も、早くひっくり返したくて、こっそりひっくり返した所、何度も生焼けになって怒られたことを思い出す。今はそのときより成長している。
どちらかというと、パンケーキをひっくり返すことより、隣にいる男に対してそわそわしている。
「主よ。」
急に、黄飛虎が話しかけてきた。
「は、はい。」
「このパンケーキは、どれほど焼けば良いのだ?」
「え?」
思わず、キョトンととぼけた。
「あ・・・そうですね。」
立香は、一度フタを開けた。
「この生地に気泡ができて、それが破裂しはじめたら、ひっくり返します。」
フライパンを少し横に揺らすと、生地も同じように揺れた。
隣には彼がいる。せっかくなら、フライ返しを使うやり方ではなく、宙に浮かせてひっくり返すやり方をしてみようと、立香は震える両手で、取っ手を強く握った。
「それっ!」
立香はフライパンを下から上へすくい上げるように、振った。
パンケーキの生地は束の間、宙を浮き、ぱふ、と軽い空気音をたて、フライパンへ着地した。
立香の思いつきは見事成功し、焼き上がったパンケーキの表面が露わになった。とても、美味しそうな麦藁色の焼き上がりだ。
「やったやった!はじめてやったのに!嬉しい!見ました?黄飛虎さんっ‼」
立香は喜びのあまり、ぴょんぴょんと跳ねた。生まれて初めて、こんなに綺麗にひっくり返したことが出来た。もしかしたら、人生初かもしれない。
瞳を輝かせながら、立香は黄飛虎に顔を向けた。
「おお・・・。」
黄飛虎は関心しているのか、唖然としているのか、声にならない声を漏らした。
ここにきてようやく気がついた。盛り上がっているのは自分だけであることに。
「あ・・・。」
恥ずかしさのあまり、立香の顔が、ボフッと蒸気が噴いた。
「へへ・・・ちょっとかっこつけすぎかな。」
ごまかそうと思いながら、みるみる顔が真っ赤になりかける立香。
すると黄飛虎が、ポン、と立香の肩を叩いた。
「見事であったぞ。主。」
某もやってみよう、と黄飛虎もフライパンの取っ手を片手で強く握りしめ、宙に浮かせてひっくり返した。ぱふ、と軽い空気音をたて、こちらも、麦藁色の焼き上がりだった。
「え、すごい!」
黄飛虎は、立香の動きを一度見ただけで、完璧に覚えたのである。
「やっぱり、武芸の達人ってすごいなあ。」
黄飛虎は、首を横に振る。
「主が、良い手本を見せてくれたからだ。」
黄飛虎が、照れながら言った。
どうやら彼は、立香がパンケーキのひっくり返し方のお手本を見せたと思い込んでいる。間違ってはいないのだが、あくまで立香はやってみたかった方を実践してみたかっただけであって―。
(・・・ま、いいか。)
彼にかっこいい自分を見せられただけで、立香は満足だった。それ以上に、生地を作っている時のことをのことをあまり気にしてないことが、何より安心した。
ほっと、胸をなで下ろす立香。
(やっぱり、もっとこの時間を楽しみたいな。)
せっかく、黄飛虎と一緒にパンケーキを作っているのだ。この時間を、よりよいものにしたい。
楽しくなった立香は、ふんふんふん、と鼻歌を歌った。
「・・・にゃんっちゃって・・・あ。」
高揚した気持ちの勢いに任せて、立香は隣を見た―聞こえてる、絶対に聞こえてる。
「き、聞こえてた?」
「にゃん、の所だけ。どこかで聞いたことがある歌だと思ったのだが、気のせいか?」
黄飛虎が考え込む。どうやら立香が歌ったことよりも、その歌がなんなのか、気になっているようだ。
立香はその様子を見て、この際、思い切って聞きたいことを聞いてみることにした。
「ね、黒猫パンケーキって、覚えてる?」
「黒猫パンケーキ?」
立香は、続ける。
「知らないかな。今あたしが歌って、ハロウィン特異点で呼延灼が口ずさんでた、あの歌。」
呼延灼、と呟く黄飛虎。
ハロウィン特異点、チェイテ・リャンシャンボー。敵であり味方だった官軍にいたあの特異点の呼延灼と黄飛虎は、このカルデアにいる彼女たちは全くの別人ではあるが、少なくとも記録くらいは見たはずだと、立香は思っていた。
その通りに、黄飛虎もなにか思い出したようだ。
「ああ、思い出したぞ。恥ずかしがりながら歌っていたな。」
恥ずかしいなんてものじゃない。あの歌は、自分のスペックを計算し、見せつけ、夢中にさせるための歌なのだ。あざといだけでは、可愛らしさは再現できない。
黒猫パンケーキをはじめて歌い出したのは、水着霊基のアビゲイルである。そして、どういうきっかけは不明だが、ハロウィン特異点では呼延灼が歌っていた。
ことある事に「褒めて!」とせがむ呼延灼が、あの歌をどこで知り、何故歌ったのか、立香もよく分かってない。アビゲイルも、呼延灼が歌った黒猫パンケーキも、はじけ飛びそうなくらい、可愛かったのだが。
あの時、ひとつだけ、とある考えがよぎった。
これを、黄飛虎が歌ってくれたら・・・。
ハロウィン特異点の景品交換所にて、あんな破壊力抜群の笑顔を、照れながら見せてくれたあの彼なら、やってくれそうな気がしたのだ。
「できれば、それを黄飛虎にも歌ってもらえないかなーって…。」
「構わないぞ。貴君が望むなら。」
「うんうん無理だよねーって、はえ?」
黄飛虎は立香の返答を待たずして、歌いはじめた。
「黒猫とパンケーキ作る、娘(にゃん)
パンケーキに黒猫のせる、娘(にゃん)
黒猫パンケーキできあがり
黒猫パンケーキ・・・娘娘(にゃんにゃん)。」
ふう、と黄飛虎は息を吐いた。
「どうだった?主・・・ううむ、存外、照れるな。」
黄飛虎の顔が、真っ赤に染まった。ちらり、と隣の立香の様子を窺おうとしたとき。
じゅわ・・・・・・。
立香の中の焼ける音が、厨房に響いた。
(ええええええーっ⁉)
口をあんぐり開いたまま、石のように固まっていた。
心の中で、叫んだ。―本当に歌ってくれるなんて!
突っ込みたいことは山ほどあった。なぜその歌の歌詞を知っているのか記録を見たときの黄飛虎さんの様子が気になって仕方がないしなぜ突然歌い出したのなぜ「みゃんみゃん」が「娘娘(にゃんにゃん)」になっているのかそもそも恥ずかしくないのかいやいやとても可愛かったしなんなら世界で一番かわいいかもしれないしアビゲイルと呼延灼とは違った可愛らしさがあったしお父さんそんなそんなあざとい歌をうたってもいいんですか妻と妹と四人の子どもがいるんでしょ未亡人なの知ってるんですよあとその黒猫パンケーキの歌詞どういう意味かわかっているのか肩に乗ってる金眼神鶯も照れちゃってるじゃんなんなの?は?最高かよアイテム交換所のときの破壊力weak weak weak overkillの笑顔も凄かったからこっちも言わせたらすごいだろうと思ったらとんでもない想像以上にやばいよやばいよやばいが天元突破しちゃうよ見た目の年齢が三十から四十代あくまで見た目の年齢だから実際はもっと年齢いってるだろうけど武人としての厳かな雰囲気を醸し出しているのさもーはー無理しんどいなんなのこのでっかくてかっこいいのに可愛いもある強靭完全無敵最強過ぎない対粛正防御も貫くよひー手加減は無用とか言ってるけどこんなにお遊びまで手加減しないあたり誠実で最の高の極みそういえばこの人鶯と五色神牛を従えてるんだよねそうだよね黒猫も従えそうだよやばい黒猫に囲まれる黄飛虎さん想像したらもう癒されるどころじゃない成仏しちゃうよいやいやそもそも黒猫パンケーキってそういうことじゃないからね黒猫とパンケーキだよ冷静に考えてみればそれってどういうことだよよく分からなくなってきたそれもこれもあなたのせいよ黄飛虎さん悪いっていう意味じゃないのよ素晴らしい方なのよロマンスの神さまってホントにいるんだねこんな男ときめかない方がおかしいっていうか今日もありがとういつもありがとうそういえばもうすぐ絆レベルが十になるんだっけ信頼されているのはすごくすごく嬉しいよまさかそのお返しなのかなバレンタインもまだなのにもしかしてかなり早めのバレンタインなのかなそれならありがたいけどここじゃなくてマイルームがよかったないやここが悪いのではなくてムードが大事であってですねあとあざといにも程がある堂々と歌うのも良いけれど今度は恥じらいながら・・・。
「あ、主?」
肩に乗っている金眼神鶯も、もふもふの短い首を傾げた。
「貴君のフライパンから、煙が出ているぞ。」
「・・・はえ?って、ああっ!」
黄飛虎の声で正気を取り戻した立香は、慌ててフライパンのフタを開けた。すると、パンケーキの裏側から黒い煙をあげていた。
コンロの火を止め、フライ返しで裏側を確認した―パンケーキが、焦げてしまった。
煙が出てしばらくした後にフタを開けたためか、大して焦げていない。しかし、美味しそうな麦の色の表面とは対照的に、裏面はやや黒くなってしまっていた。
「すまない。某のせいで・・・。」
「違いますっ!歌って欲しいと言ったのはあたしです!黄飛虎さんは悪くないです!なので謝らないで‼」
立香は手をあわあわさせた。
「本当に、申し訳ない。お詫びに、焦げた方のパンケーキは某が・・・。」
「いいですってば。それに・・・黄飛虎さんの方はすごく上手く焼けたじゃないですか。」
念のために黄飛虎の方のフライパンも、コンロを切っていた。フタを開けて返してみると、表面と同様に麦藁色の焼き上がりだった。
「それでは貴君に示しがつかん。せめて・・・。」
ムッと膨れっ面の立香は、右手の甲を彼に見せつけた。
「それ以上謝るなら、令呪、使いますよ。」
揺るぎない眼差しで、立香は黄飛虎を見つめた。
令呪など、こんなことに使いたくない。本来の使い方から逸れていることは、立香は分かっていた。―これは立派な脅迫だ。こんなゆるい戯れに令呪などやり過ぎな気もするが、強制権を行使するぞと言わなければ、彼は自分の考えを譲らないだろう。
命令を躊躇うことはない。そう言ったのは、彼だ。
「・・・わかった。」
悩みに悩みながら、黄飛虎は頷いた。
(多分、一瞬だけ限界オタクになってたな。私。)
彼に動揺している姿を見られたのが、なんとなく、恥ずかしかった。一体、どんな醜態だっただろう。
「あたしも、ごめんなさい。でも、これだけは言わせてください。」
立香は、右手を引っ込めた。
「・・・黄飛虎さんの黒猫パンケーキ、とても可愛かったですよ。また歌ってくださいね。」
「う、うむ?」
やはりこの男、自分の魅力に自分で気づいていない。もしこのようなことがもう一度あるのなら、用心せねばならないと、立香は心に固く誓った。