黄飛虎と一緒にパンケーキ作る(そして黒猫パンケーキ歌わせる)話 とあるカルデアの、平和な一幕。
お腹がすいた立香は、今は特にやることがなく、なんとなく食堂にやってきた。厨房を覗いてみると、いつもいる「カルデア厨房三銃士」は留守で、ガランとしている。
せっかくなので、何かないかと払拭する。とある引き戸を開けると、立香の顔が輝いた。
「あっ、パンケーキのミックス粉がある!」
立香が手に取ったのは、どこにでも売っていそうな、パンケーキのミックス粉。これで生地を作り、焼くだけでパンケーキが作れる。
サーヴァントの中には、比較的若い姿、あるいは幼い年齢で現界するサーヴァントが何騎か存在している。そんな彼らのために、誰でも簡単に作れるおやつを用意したと、一時話題になっていた。立香も、その時も気になってはいたが、どこにあるかまでは知らないままだった。
(ま、独り占めしちゃったら、みんな悲しくなるよね。)
とはいえ、パンケーキはホットケーキと違い、砂糖が入っていないため、そのままでは味気ない。他にも何かないかと払拭した。冷蔵庫、冷凍庫、お菓子の棚・・・。
ありがたいことに、牛乳と卵、ホイップクリームスプレー、チョコスプレー、色とりどりの果物など、より美味しいパンケーキを作るための材料が揃っていた。
甘いものが好きな立香は、鼻歌を歌いながら準備に取り掛かった。
ボウル、泡立て器、フライパン、計量カップと、先程発見した材料を台所いっぱいに並べた。一目見る限り、特に足りないものは無さそうだ。
普段は緊急時のために、常に魔術礼装「決戦制服」を着用しているが、その上に、黒を基調としたエプロンを着けた。リボンは黒と白のストライプ柄で、丈の長さがミニスカート程の、いかにも女の子らしいフリフリのエプロンである。
(ここにいるときしか、こんなの着れないからね。)
藤丸立香は、れっきとした一人の少女である。パンケーキを作るだけの、このひとときくらい―
甘いひとときの前の、ほろ苦い笑みがこぼれる。
「さて、どんなパンケーキ作ろっかな。」
オレンジ色の髪の毛を髪ゴムで軽く結い、手袋をとり、手を洗った後に材料に手を伸ばした。
「主よ。とても楽しそうな声がしたが、何かあったのか?」
ふと、カウンターから声が聞こえた。落ち着いた雰囲気を醸し出す、低い男の声。
「あ、黄飛虎さん。こんにちは。」
この男は、黄飛虎。先日、召喚に応じ参上した、ライダークラスのサーヴァントである。
茶色を帯びた短く黒い髪、特徴的な前髪には虎を彷彿させる金のメッシュが入っており、槍の形状の飾りを、もみあげ近くに垂らしている。浅黒い肌、そして引き寄せられそうな碧眼。柔らかく爽やかな印象を放つ顔には、いくつか生々しい傷がある。
自身を一介の武人と称するだけあって、装束も戦闘を意識した、質実剛健の気風を表している。普段は槍を携えているが、今は持っていないようだ。
見た目が立香好みで、さらに強い。文句のつけ所がない。周回には常に出撃させており、立香の最近のお気に入りのサーヴァントである。
「今からパンケーキを作ろうと思って、準備していたんだよ。」
「パンケーキ?」
黄飛虎は、首を傾げる。
「子どもサーヴァントから聞いたことないかな。まんまるで、おいしいおやつだよ。」
「聞いたことがないな。すまない。」
いや待てよ、と黄飛虎。「聖杯から、そのような知識があったような。だが、どちらにしろ食べたことはないな。」
黄飛虎は真剣に悩んでいる。
(聖杯から得られる知識って、冷静に考えてみると「なんでそれを教えるんだろ?」的なものが多いような・・・。ま、いっか。)
材料へ伸ばした手を引っ込める立香。すると、閃いたのか手をパン!と叩いた。
「せっかくなら、黄飛虎さんも作ってみる?」
その言葉に、目を丸くした。
「某に作れるものなのか?」
「作り方は簡単だよ。材料を入れて、混ぜて、焼くだけ。」
「それなら、某にも作れそうだ。うむ、やろう!」
そう言うと黄飛虎は、立香に言われるがまま厨房に入り、ついでにエプロンを着た。立香のような女の子らしいものではなく、紺色で、腰に巻くタイプのエプロンである。
「料理をするなら、手袋は取った方がいいだろうか。」
「そうだね。お願いします。」
黄飛虎は籠手と手袋を外し、肩に乗っている金眼神鶯に食堂へ運んでもらった。
「ありがとう。金眼神鶯。」
黄飛虎の肩に戻った金眼神鶯は、ピピ、と頬をほんのり赤く染めた。
黄飛虎は、金眼神鶯の顎を指で優しく撫でた。その太い指には、顔と同様に無数の傷があった。数多の仙人や道士が群雄割拠する封神演義の中でも、戦を体ひとつで突破し続けた、栄誉の証。
鍛えられた逞しい肉体に、鳥を愛でている時の愛嬌のある表情。この男の姿を見て、惚れない人がいるのだろうか。いや、いない。
(かっこいいのに、可愛らしいとか、完璧じゃんっ!)
にやける口元を、立香は慌てて手で覆った。
「どうしたのだ?主よ。」
怪訝そうに見つめる黄飛虎の横顔に、思わず鼓動がはじけ飛びそうになる立香。ごまかすために目をきょろきょろさせた。
「い、いえ、何でもないです・・・やっぱり・・・背が、高い・・・なあって。」
そうか、と黄飛虎。
「某にとって、主は息子たちと同じくらいの背にみえる。」
立香が見上げなければ見えない顔。何年も会っていない自分の父親を思い起こした。
(なんだか・・・複雑だ。)
この男、悪気はないと思うが、時々子どもの成長を見守る眼差しで、立香を見る。
その目で見られると、どういう気持ちで接すれば良いのか分からず、ヘンな感情に襲われる。自惚、惚気、尊敬、魅力、父性、扇情、耽美、嘆美・・・
人間には、一〇八の煩悩があると、聞いたことがある。除夜の鐘は、それを除くためにあるのだとか。
一〇八個じゃ、きっと、足りない。
そんな立香に気がついていいないのか、黄飛虎は、そうだ、と何か思いついた。
「貴殿が良ければでいいのだが、息子たちにも、パンケーキを食べさせてやりたい。」
えっ、と我に返る立香。
「息子たちって、戦闘の時に現れる、彼らですか?」
「ああ。影法師のごとく共に戦う彼らのことだ。」
黄飛虎同様に戦う、戦場を駆ける小さな勇者。それが黄飛虎の四人の息子たちである。立香も彼らのことは知っていた。
「いいですよ。あ、それなら、材料を追加で用意しないと、数が足りませんね。」
「言ってくれれば、取りに行こう。」
助かります、と立香はミックス粉と卵と牛乳、泡立て器とボウルを追加で持ってきてもらった。
「私が先に工程を教えるので、その後に続いてくださいね。」
「うむ、引き受けた。」
こうして立香と黄飛虎のパンケーキ作りが始まったのであった。