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    tubaki2891

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    tubaki2891

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    にほへし小説家パロ。プロットがっつり出来てるのに書けないまま早半年……夏にぴったりのハッピーラブコメになる予定だったもの

    まずはウサギを捕まえろ チープだ。あまりにもお粗末。
     週末に浮かれた者どもで賑わう居酒屋のテーブルで、思いも寄らない相手から告白され、今なんて? と耳を疑う。そんな始まりの小説なんて誰が読むか。
    「今なんて?」
     だが、現実は、小説のように格好がつくことばかりではない。


     その日、デビュー時からの担当である長谷部国重が持ち込んだ企画は、上から目線でも何でもなく、自分にはそぐわないと思った。
     小説家日ノ本号の代表作は、時代物の推理小説だ。トリック自体はそう複雑ではなく、周囲の人間模様に重きを置いているのでミステリーというより人情ものと言った方が正しいかもしれない。寡黙な庭師が好奇心旺盛な雇い主のせいで面倒ごとに巻き込まれていく。正反対な二人の関係性と軽妙なやりとりが読者に受けたらしく、あれよあれよという間にシリーズ化した。
     提案書にざっと目を通した号は、無理だと短く答えた。
    「『いつの時代も人の心ってそんなに変わらないと思うんです』」
     ソファを背もたれにふんぞり返っていた号の耳に、心当たりのあるフレーズが飛び込んできた。眉間に山が連なる。
     自宅での打ち合わせは仕事部屋ではなくリビングを使う。大きめのローテーブルは紙やらタブレットやらを広げやすい。
    「一昨年の雑誌のインタビューで言ってたな」
     向かいの床に正座する長谷部をじろりと睨んだ。インタビューで時代物にこだわる理由を訊かれて答えたのを覚えている。政治も経済も法律も今とは違う環境にいる人の暮らしの中に、現代に生きる自分たちと変わらないものを探している。
     他社の雑誌までチェックした上、記録保存までしているとは精が出ることだな、とは口に出さない。厭味の応酬で勝てる相手ではないのだ。
    「だからって十代をターゲットにした青春小説なんて書けるか」
    「舞台が現代になるだけだ。経験したことのない五十代の気持ちを書けというわけじゃない。おまえにもおれにもあった青春時代だ。異世界ファンタジーよりよっぽどとっつきやすいだろう。それに、日ノ本号の文章は軽やかで澄んでいて入ってきやすい。若い世代にも必ず届く」
     ああ言えばこう言う。相変わらず一投げれば十返ってくる男だ。最後にちゃんとフォローを入れるのだから隙がない。すんなり乗せられるのも癪で、今時の若い奴らの考えてることなんか分からねぇ、と腕を組んだ。ささやかな抵抗だ。
    「ターゲット層の流行に関するデータと主要なSNSの資料だ。閲覧用にそれぞれアカウントを作成してある。こっちは掲載される雑誌のバックナンバーと読者アンケート、人気がある作家のリストと作品はまとめてメール……今した。他には何がいる?」
     テレビショッピングよろしく次々と資料が並べられ、号はへの字に曲がりそうな唇に力を込めた。
     堅苦しいのは苦手だから思ったことはそのまま言ってくれと最初に頼んだのは自分だ。同い年か年下かと思っていたら六つも上だと知り、敬語も先生呼びもいらないと言った。付き合いもそれなりに長い。しかし、こうも自分の言動パターンを読まれているのはいかがなものか。
    「……旨い珈琲」
     もごもごと呟くと、待ってましたと言わんばかりに机の下から長方形の箱が出てくる。中に入っていたのは煌びやかなパッケージのドリップコーヒーセットで、号は隠すことなく不貞腐れた。



     原稿に、見事に精魂吸い尽くされた。
     その場で読んだ長谷部の口角がゆっくりと上がったのを見て、勢いよく机に突っ伏す。チャレンジとしては、確かに面白かった。が、もう一文字だって出てくる気がしない。
    「お疲れさん。休むか?」
    「シャワー……」
    「湯張ってくるからちゃんと浸かれ。おれはこのまま社に戻る。夜、大丈夫そうだったら連絡くれ」
     いつになく締め切りに追われ、心身ともにぼろぼろだった。エコモードに切り替わった頭と身体でどうにか長谷部を見送ったことまでは覚えている。最後に見たのは上機嫌とでかでかと書かれたにやけ顔だった。
     泥のように眠った。まだ眠れる気がしたが、先に限界が来た尿意で目が覚めた。午後五時過ぎ。朝も昼も食べていない身体が燃料を欲している。
     ベッドの上でスマホを握りしめ、しばし逡巡したのち、メッセージを送った。
     一仕事終えたら二人で飲みに出かける。いつからか決まりごとのようになっていた。店はいつも同じ、近所の大衆居酒屋だ。

     ずいぶん濃くなった緑の匂いを感じながら夕暮れの舗道を歩く。時折囁くように流れていく風は微かに水分を含んでいて、乾いた肌には丁度良かった。
     指定された時刻より少し早く着くと、長谷部がメニューを睨みつけながらオーダーしているところだった。
     受ける仕事量を差し引いても、他の担当に比べて長谷部が家に来る頻度は高い。一緒に食事を摂ることも多く、好みもすっかり把握されているのでそのまま任せる。栄養バランスまで考慮されているのだから、相当甘やかされている自覚はあった。
     最初の注文が出揃い、腹が満たされるまで他愛もない話をする。喋るのはたいてい長谷部の方だ。時事ネタや号の知らない友人の話、どこで仕入れてくるのかUMAやらオカルト情報まで、巧みな話術で楽しませてくれる。それを肴に呑む安酒は何より旨かった。
    「今回の連載、どうだった」
     不意に訊かれ、舐めていた酒が苦くなる。さんざん苦しんでいる姿を見ておいて、むしろそうなると分かっていて持ってきた案件の癖に白々しい。忌々しげな表情を作って見せたが、意外にも長谷部の顔は穏やかだった。
    「おまえの作品の読者層は概ね三十代以上。時代物というだけで若い層は敬遠しがちだ。だが、一般的な時代物と比べて堅苦しくない。世の不条理や人間の仄暗さも描かれているのに重厚すぎず、温かみのある文章は寄り添うようにすうっと入ってくる。だから色んな人に届けたいし、普段本を読まない人にもきっと世界が開けるきっかけになる。それを伝えたかったんだ」
     悪戯っぽく歯を見せて長谷部が笑った。時折こうして恥ずかしいことを事もなげに口に出すので決まりが悪くなる。
    「そんなこと言って、俺の作風の幅を広げさせたかったんだろう。まぁ、勉強にはなったがな。もうすっからかんで何も出る気がしない」
     何とか返した自分の言葉は、照れ隠しであることがあからさますぎて余計恥ずかしい。誤魔化すようにグラスを呷った。
    「じゃあ庭師シリーズの話はまた今度だな」
    「今聞く」
     絞り滓さえ残っていないと言ったそばから、一気にアドレナリンが分泌される。身を乗り出す勢いで食いついた号に長谷部はしたり顔だ。
     また彼らの人生を書ける。それだけで高揚してあれほど疲労していた心身がハミングしながらスキップする勢いで軽くなるのだから、人間の脳というのはいい加減だ。
     いつものように乗せられて次作のネタで盛り上がる。打ち上げだったはずがいつの間にやら打ち合わせになっていた。アイデアを出し合っていううちに、物語の外枠が見え始める。忘れないようメモを、と思って何も持っていないことに気づいた。それはそうだ、つい先ほどまで一字だって書く気がなかったのだ。
     左手でポケットを探ろうとした号に、長谷部がすっとメモ帳とペンを差し出した。
    「軽く恋愛要素を入れてみるのはどうだ」
     長谷部は喋りながら皿を隅に寄せ、濡れたグラスとテーブルをおしぼりで拭いていく。
    「ぶっきらぼうな庭師の違う一面を見てみたい」
     その言葉もメモにとった。先ほどまでのアイデアもまとめながら設定を書き出していく。
    「今回限りの相手に恋をする。叶わぬ片想い……身分差があった方が説得力が増すか? 庭師は気持ちを打ち明けることはしないだろうな。それを相棒である雇い主はどう感じるか」
     独り言のように呟きながら、どんどん膨れ上がる構想に顔がにやつくのを止められない。酔っ払いの喧騒も店内に充満する揚げ油の匂いもそっちのけで夢中でペンを滑らせた。
    「いいな……キスしたい」
     猫背になっていたせいで正面を向いていたつむじに飛んできたのは、聞き間違えるわけもなく長谷部の声だった。声を聞き違えない状況なら、聞こえた言葉も間違えようがない。
     しかし、混乱した人は決まってこう言うだろう。
    「今なんて?」
     ガガガガと音がなりそうなぎこちない動きで見上げる。そのまま固まった号を見て、グラスを傾けていた長谷部の動きも止まった。視線が交わり、それが呪いのようにお互いを縫いとめている。先ほどまでとは打って変わって店内の喧騒がやけに耳についた。
     どのくらいそうしていただろう。通りがかった店員の、お皿お下げしますねという声で長谷部が再起動した。
    「何か聞こえたか? 聞こえたとしても気にするな。それはおまえのことが好きなおれの心からうっかり漏れ出たただの願望だ。行動に移すほど馬鹿じゃない」
    「おい、うっかり何もかも言っちまってるじゃねえか」
    「気にするなと言ってるだろう。それに好きだといったのはうっかりじゃない。言いたかったから言っただけだ」
     これからも仕事で一緒なんだが!?
     何故うっかりで(否定してはいるが)告白した本人より、された自分の方が動揺しているのか。アルコールの力も相まってめまいを覚える。
    「まぁ仕事に支障が出るほど気持ち悪いなら、担当を変わるが」
     さも当然のように言われて眉間を揉む手が止まった。素面の時よりいくらか頼りない頭で思考を巡らす。が、案の定うまく巡らない。一つだけ確かなのは、シリーズ新作の話が決まったばかりで、一を十に出来る敏腕編集者を手放すには惜しいタイミングだということだった。
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