24キロ「――宅配便です。お荷物届いてます」
平日の真っ昼間。そのとあるマンションは宅配ルートの中にあった。
インターフォンを鳴らし、しばらくすると中から返事のようなものが聞こえ、伝票の名前を確認する。名前は、『黒子テツヤ』ここに住む男の人だ。
「すみません、お待たせしました」
ドアが開き、すっかり顔馴染みになった黒子さんがひょこりと顔を出す。
黒子さんは至って普通、と言っては失礼かもしれないが、何処にでもいそうな物腰柔らかい青年で、仕事は在宅ワークをしているらしく、荷物の指定はいつも平日の日中が多かった。
今日は寝起きだったのか、いつも以上にラフな出立ちで現れ、ぴょんと跳ねた寝癖に思わず顔が綻んだ。
「いえ、全然待ってないですよ。こちらにハンコお願いします」
「はい」
今日の荷物は段ボール。伝票にはミネラルウォーターと書かれていて少しばかり重量がある。両手で持ちながらどうにか伝票にサインをしてもらうとあとは荷物の受け渡しのみ。女性のお客さんならそのまま玄関先まで置いてあげるものの、黒子さんは両手を広げその場で段ボールを受け取った。
「重たいですから、気を付けてください」
「わっ、本当ですね。すみません、ここまでありがとうございます」
「いえ、仕事ですから。それでは失礼します」
「ご苦労様です」
黒子さんはふらつきながらもどうにか中へ入っていき、俺も車へ戻ろうと踵を返したその時。
「あっ!」
閉まりかけた扉の奥から大きな音、そして黒子さんの声が聞こえて、思わずその隙間に足を突っ込むと勢いよく扉を開けた。
「大丈夫で――、」
その先の言葉はでなかった。
目の前に広がる光景は夢だろうか。白昼夢。いや、夢じゃない。これは、現実。人間、驚きのあまり声がでなくなるというのは本当らしい。その場で立ち尽くし、絶句した。
「は、い……なんとか……」
黒子さんは消え入りそうな声で無事を知らせる言葉を紡ぐものの、正直全然大丈夫じゃない。
目の前に広がるのは、廊下に散らばる段ボールから出たらペットボトル。
顔面から倒れている黒子さん。
そして、ぷりんとした――お尻。
ズボンは膝までずり落ち、解けた紐がなんともいやらしい薄水色の下着――というか、紐パン。紐パン?
まるで、強盗にでも襲われたのかと言われたら否定できないような光景が広がっていて、正直、どうして良いのかわからなかった。
その間はたった数分にも満たない。なのに永遠とも思われる時間。動けるようになったのは、廊下の奥から扉を開ける音がしたからだ。
「黒子、すごい物音がしたけど」
「赤司君」
黒子さんの口からその人の名前が出た瞬間、背筋がぞくりとした。
下半身はボクサーパンツ、上半身はタオルのみ、まさに湯上がりだと思われる赤い髪の男が、こちらを見ていたのだ。
「あ、えっと、音がしたので何かあったのかと戻ったら、その」
聞かれてもいないのに今起こったことをありのまま話す。何もやましいことなどしていない。なのに、赤い髪の男――赤司さんは、こちらを見つめたまま静かに近づいて来る。その目は殺意に満ち溢れていて、冷や汗が吹き出した。
「あぁ、ズボンが落ちてその勢いで足がもつれて転んでしまったんだね。黒子、怪我はないかい?」
「なんとか無事です。ただ、フローリングに傷が付いたかもしれません」
「フローリングなんて張り替えたらいい。ただ、人前でこんな格好をしたらいけないよ」
「あっ、」
赤司さんは黒子さんの側に座ると、さりげなく首から掛けていたタオルをお尻に被せ、紐パンの紐を結び直した。
そのスマートさに圧倒されながらも、赤司さんの身体に目がいった次の瞬間、全てを悟ってしまい頭を下げて急いで黒子さんの家を後にした。
身体に散らばる噛み跡。赤い印。紐パン。それはまさに二人の関係がただならぬものを主張していた。