【過去編】神功・九鬼VS薬師河・イロハ②「7193……いや、左千夫とこうやって手合わせするのはいつぶりかな」
「……………ッ!?……それはッ」
「あ、そういう意味で言ったんじゃないよ。
僕を殺したことなんて、もう忘れてくれていいからね」
「────────ッ!!」
神功の脳裏に記憶が蘇る。
神功は幾度と無く繰り返された実験により記憶が断片的に欠けているが。九鬼との幼少期の出会いを思い出した時に同じく薬師河悠都のことも思い出していた。
更に脳が刺激を受けた事により、当時は“サチオ”と名乗る少年とのでき事が今また鮮明に蘇っていく。神功は“サチオ”、今は薬師河悠都と名乗る男を確かに殺した。自分が実験体であった頃、研究員のお遊び紛いの同士討ちの相手が彼であった。神功は自分の殺し合いの相手が薬師河と最後まで気づく事なく、突き出したナイフが彼の首を切り裂き、彼と気づいたときには既に亡骸であったのだ。
しかし今目の前にいるのは間違いなく薬師河悠都、“サチオ”であった。
戸惑い、逡巡し、罪悪感や歓喜、全ての感情が巡る。薬師河はそれ以上は何も言わず微笑んだままであった。そんな彼を見つめているとゆっくりではあるが神功の心音が整い始める。
別にいいでは無いかと。
自分の前に姿を現さなかったのはきっともう自分には会いたくなかったのだと。嫌われてしまったのだと理解すると後は純粋に〝サチオ〟が薬師河悠都として生きてくれていた事に神功にも自然と静かな笑みが浮かんだ。
「そう、ですね。……すいません、悠都。もう、僕の顔なんて見たくないと思いますが─────、そこを退いていただけませんか?」
神功は薬師河の事は何一つ分からなかったが、彼が生きていた事を素直に歓んだ。そして、薬師河が神功に生きていた事を伝えなかった事実を自分とはもう会いたくなかったと結論付けた。
そもそも自分を殺そうとした相手に喜んで会う趣味を持ち合わせている人物のほうが稀だろうと。
再び神功の瞳に色が戻ると槍を突き出すように構え直す。薬師河もゆっくりと手を開いたまま構えると二人同時に地面を蹴った。
同じ研究施設にいたが互いに手合わせした回数は多くない。それでも自分の命を預けた事もある相手の思想は熟知していた。
初手は神功から。
突き出される槍を薬師河が掌で合わせるように軌道を逸らす。靭やかな体の動かし方と自然と逸れていく槍を正すように肘を曲げて横に薙ぐと次は足の脛で受け止められる。
ミシッと槍が嫌な音を立てたために神功はその手を止めて後ろに飛ぶようにして距離を取った。
「流石。そのまま突っ込んできてくれると楽なんだけどな……」
「脚になにか……仕込んでますね」
「仕込むってほどでも無いけど。簡単に刄は通らないかな」
薬師河がズボンの裾をずりあげるようにして中を見せるとそこには包帯のように布が巻かれていた。神功は普通の布ではなく九鬼がグローブにしている特殊素材と似たものだと気付くと静かに眉を寄せる。
「なら通して差し上げますよ」
「怖いなぁ。君は有言実行タイプだしね」
「悠都。出来れば僕は貴方と手合わせしたくありません」
「残念だけど…………」
神功は槍を構えるが気乗りしない戦いに自然と視線が細くなる。しかし薬師河はすんなり引いてはくれず九鬼の側にいるイロハに視線を向けた後そのまま息を吐くように声を紡いだ。
「護りたいものがあるだ」