落ち着いてますよ『…ロトム、よろしくな』
(パッと映し出される映像は、浮遊するロトムから撮られた物なのか。薄暗いパブを、俯瞰するような形で始まる。)
『俺ぇあよ!!オメェみてえなスカした顔してるヤツがぁよ!!』
(ガヤガヤと喧騒と食器が無遠慮にかち合う音が響く中、殊更大きな声で1人の客に絡む赤ら顔の男。ニヤニヤと下卑た笑いをぶら下げながら、酒気を帯びた息を客の顔面へと吐きかけ、周りが諌めるのも聞かずに、永遠と目の前の男への愚痴を一方的に垂れ流している。)
『聞いてんのが!?オイッ!おいテメェよお!!あぁ?』
(一方的に話しかけてくる男に対して、対する客は胸元にかけたチョーカーの金具を弄りながら、澄ました顔でエールの瓶を傾けている。)
『へへっ…おまえ、余裕ぶっこいでるけどな。おま…も…と…って…よ』
(男が客の耳元でニヤニヤと笑いながら話している為、不明瞭)
客は、顔色を一つも変えずに最後に残ったエールを一気に仰ぎ飲む。トンっと飲み終えたエールの瓶をテーブルの上に置き、そのまま澄ました顔をして立ち上がった。
その刹那だった。
ガッシャーーーン!!!
(揺れる画面と、複数人の声が入り混じる音声が響いた後。地面に這いつくばって呻き声をあげている男と、周りに2撃目を止められ、宥められている客の姿が流れ、それを最後に映像が終わる。)
「わぁ、凄いね!ガッツリと天辺から一撃だ!」
「そうなんすよ!いや、マジで凄かったわ。」
「ちょっと!感心してる場合です?ねえキバナさん。これ、この後どうなったの?どこのニュースにも流れてこなかったけど…」
「ヒント。このパブの場所はスパイクタウン」
「それ、もう答えみたいなものだね!」
「あっはっは!この人も、やらかした場所が悪かったんだな」
「…頭痛くなってきたわ」
画面に映っていた客、もといネズの映像が終わると、見ていた各々からの感想が飛び交う。夕方から始まった懇親会は少しずつ賑わいを増し。今は各々好きな場所での交流の時間となっている。その会場の一角で、キバナは一緒に飲んでいたジムリーダー達にこの映像を見せたのだ。
「まあ、映像撮る前に相手が胸ぐら掴んできたりとか、ツバ吐いたり肩をぶっ叩いてきたりとかしてたしな。それも加味して正当防衛で処理!それより、ネズのやつ『落ち着いてください!』って止めに入った店員達に、なんて言ったと思う?」
まだなにかやらかしたのか。と言う顔でルリナがキバナの方を見ると、その表情が面白かったのか子どもみたいにケラケラと笑っている。そして、手に持っていたグラスを傾けようとした時、そのグラスが横から掻っ攫われる。
「おれは落ち着いてましたよ。そうじゃなきゃ、中身の入った瓶でやってました」
良いの飲んでるじゃないですか。なんて言いながら、自分の発言をそのままリプレイしたネズを見て、ヤローがわぁっと声を上げる。
「噂をすれば、本人登場じゃあ!」
「キバナ、その映像まだ持ってたんですか」
「いやぁ〜、あんまりにもお見事な一撃だったからさあ「ロトム、消しなさいね」あっちょっと!こら!」
「撮影被写体本人からの要請により、デリートしたロトー!ロトム的にも、リスクを抱えるの反対だったから消えて安心ロト!」
「後で、マリィにも見せてあげるって約束してたのに」
キバナのその言葉に、ネズはじとりとキバナを睨みつけ、中指を立てながら席を離れていく。ちゃっかりと彼の片手にはキバナが飲むはずだったグラスを持って。
「それにしてもネズ君最近、あまりそういうことしなくなったなって思ってたのに。随分と久しぶりだねぇ」
「よっぽど腹が立つことでも言われたのかしら」
「まあ、あいつがキレる理由なんて一つだけだろ。今日のこの懇親会だって、その為に来てるようなもんだろうし」
キバナの一言で、全員の視線がまだ幼さの残るジムリーダーの方への注がれる。彼女は大人達の視線には気付くことなく、近くに居るチャンピオンやビート達と一緒に話に花を咲かせているようだった。年相応で可愛らしいことだ。
「じゃあ、動画も消えたし、お酒には気を付けようって事で!この件は解散!!」
「結局私達は何を見せられたのよ…」
「まあまあルリナさん」
「みんなも、お酒の席では気をつけるようにね!」
なんて、どこか締まらない言葉と共にその話題は終わりとなったのだった。
「で?本当はあの動画、マリィくんに見せる約束なんかしてなかったんだろう?」
懇親会からの帰り道。タクシー乗り場まで行く道すがら、コソッとカブがキバナへと手招きしてくるので、少し屈んで話を聞いてみると、ニコニコと人好きのする笑顔で言われた言葉に目を見開く。
「あれ?バレてる?」
「やっぱりね」
「あっ!カマかけた!」
「じゃなきゃ、きみがあんな場所で動画を見せるわけないだろう」
降参。というように両手を上げてから、キバナは種明かしをする。
「ネズは、マリィに自分の暴力的な部分を見せるのが好きじゃないから」
「うん、そうだね。だから、態と、マリィくんが見てしまうかもしれない場所で、流したのかい?」
「うーん。マリィにはほんと見せる気は無かったし。タイミングもしっかり図ってたから」
あの場で、そこまで気を回しながら態と大騒ぎをして動画を流していたと知り、カブは素直に感心した。器用な子だとは思っていたけれど、ここまでとは。若者の成長を嬉しく思いながら続きを促すと、物凄く言い難そうな顔をした後、本当に小さな声でキバナは呟いた。
「なんていうか、嫌じゃないすか。家族や親しい人が自分の為に誰かを傷つけるって。だから、動画を使って…ちょっとだけ脅した」
「……キバナくん。ほんと大人になったねぇ…!」
酒の力もあって、嬉しさが抑えられず、カブは思わずキバナの後ろに素早く回って膝カックンをし、キバナが姿勢を崩したと同時に彼のセットされた髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「うわぁ!カブさんっ!くすぐったいって!」
「偉いねぇ!」
「うっわ、力強い!」
キバナが立ちあがろうとしても、カブの力は思いの外強く、ガッチリと抱え込まれたまま、暫くの間彼が満足するまで構い倒されるのだった。