フォンテーヌデートディルガイ進捗その2 驚くパイモンに訂正を入れるガイアだが、それは普段親しみやすいキャラクターを演じているからであり、それは騎士団に勤めて長いのだからある程度仕事はできるだろうと踏む。何せ空が初めてモンドを訪れた時に訪問客を歓迎するような仕草でモンドへの刺客ではないのかと他所ものであった空を相当警戒し、暫く監視をしていたくらいなのだ。身内に向ける顔と敵に負ける顔が全く違うものだと気がついたのはつい最近。その大きな溢れんばかりの少女のような瞳が一瞬にして敵を殲滅すると言わんばかりに眼光鋭く対象を睨みつける様は空で身震いするものだ。
「(でも逆に言えば身内と認識したらとても甘いんだよなぁ……)」
スメールでは淡々と仕事をしたと思えば、モンドに帰ってきてから速攻で困っているモンドの人間を人助けし、職場に報告をして実家にも気遣いのお土産を送り、さらには傍の義兄の代理まで行うのだ。義兄ことディルックはうちのガイアが何か?という顔をしつつも何か言いたげな表情をしつつも見守っていたし、ウェンティと一緒に困りごとを解決しようとしたら最後の最後で猫のように姿を消そうとするのだからウェンティと一緒になんとか引き留めた記憶がある。
「(モンド人の血統じゃないからかわからないけれど、ガイアはここぞという時に引くよね)」
普段飄々とした態度をとっているように見えてその実相当に繊細なのであろう。いつしかヒルチャール語でウェンティに送った詩の返答。スメールから帰ってきてモンドの空気を堪能していたであろうガイアに唐突な返答、恐らくモンドのために奔走しつつも、姿を消そうとしたガイアにここにいても誰も咎めたりすることはないとばかりに夜明けの詩を贈ったのである。
あの返答があるかないかではないが、ガイアはもはやモンドに欠かせない人間だというのにどこか気が付いた時には消えてしまいそうな儚さがある。なぜだかはわからないが、なんというかそんな揺らぎというかちょっとした拍子の危うさがあるような気がしていた。だからこそディルックは監視というよりかは不安でよくガイアの動向に目を光らせているのもあるし、今回は色々考えてフォンテーヌに連れてきたのだろうと空は推測する。だがそれは第三者の勝手な妄想であり、真相は本人達にしかわからないのである。その心中はディルックとガイア、双方が意思確認をしなければ永遠に解決することはない。
「(早くちゃんとディルックさんと話せばいいとは思うけどそれはそれで余計なお世話になっちゃうしなぁ……)」
「まさかモンドの貴族がフォンテーヌに足を運ぶとは」
「そういう貴方は?」
「いいでしょう。私棘薔薇会のナヴィアと申します」
「これは失礼した。俺はガイア・アルベリヒ。モンドで騎士団騎兵隊長を務めている。以後お見知り置きを」
今も表向きの談笑を続けてはいるが、ナディアの様子を注意深く感心しているし、ナディアの背後で待機している護衛に真っ先に気が付き、明らかにそちらに向けてある程度警戒して、自身の立ち位置を変えている。更に貴族家庭で育っていれば他の国の貴族の噂も聞いているであろうし、今のナヴィアの家が昔とは違い、現当主が事業を引き継いでいることもわかっているのだろう。探りを入れているが、それは恐らくモンド、引いてはラグウィンドの為にどう動くべきか考えて判断をしている様子が窺える。口でなんだかんだ言いつつも人のために行動していると空が思案していれば真打登場とばかりに見知った赤い影が近づいてきたのである。
「ガイア、すまない。予想以上に商談が長引いて……そちらは?」
社交辞令とばかりにあいさつをするガイアとナヴィアのところにやっと仕事を終えたディルックが戻ってきた。空がいたことに少し驚き、またナヴィアが空の客人であることを瞬時に悟り、目配せするディルックだが、空はこれはこれで知っている。女性だろうと男性だろうとこの貴族……いやこの男の独占欲は強い。恐らく一瞬“自分の”義弟に女が近付いているのか?と急足でツカツカと寄ってきたのだ。そもそも義弟を出張に連れてくるくらいである。モンドの酒造業のために奔走しているという程を出しているし、今回の出張もそのためと言わんばかりに動いているようだが、その実それはそれで、仕事を終えた後ゆったりとデートをしたいのだろう。この男は口には出さないものの、自分の家族と認識した相手にはとことん甘い。ガイアに至っては身内と宣言するくらいである(ガイア本人はその自覚はないようだが)
本人としても忙しく、プライベートのまとまった時間が取れないからこそガイアを出張に連れてきてしっぽりしたいのだろうと推測はできるのだが、せめてそれはワイナリーで俺たちの知らないところでやってくれ……どうして先日出張帰りのガイアをワイナリーに送れば見せつけられるんだ……今回も似たようなことに俺は巻き込まれていないか?というしょっぱい気配を送る旅人にコホン、と咳払いをするとモンドの貴族の顔をしたディルックはナヴィアに挨拶を始めた。
「挨拶が遅れて申し訳ない。ディルック・ラグヴィンドと申します。モンドで酒造業を営んでおり、今日はその関係でフォンテーヌを訪れました」
「モンドの三大貴族と知り合えるとは光栄ですわ」
「こちらこそ。フォンテーヌの宝石と知己となれるとは」
「お上手ですのね。これは空に感謝をしないと。貴方は本当に顔が広いのね」
互いに自己紹介を終えたところで感心したような表情のナヴィアに苦笑いの空。正直行く先々で七神に接触を試みれば何故か事件に巻き込まれることが多い故に知り合いも多くなるというもの。おまけに今回フォンテーヌに来た瞬間にこの金髪のお嬢様の手伝ってくれないのという泣きそうな瞳に根負けして事件を解決するのを手伝った記憶がある。しかも、報酬があるとはいえ、そのお嬢様からの相談ということで今日また空は招集をかけられたのである。
「……あら、それではもう外国のお客様にまで話が」
「フォンテーヌは食文化も豊かですから我々としても見過ごせない事情ということに……」
何やら込み入った話をし始めた二人に自分たちはここにいていいのだろうかと察し始めたガイアと空。席を外すか?と互いにアイコンタクトをとっていればナヴィアが口火を切る。
「あ、待って空、貴方に依頼したい内容とディルックさんに話していた内容が奇しくも同じということがわかったの。せっかくだから一緒に話しましょう」
「それならその方が良さそうだ。ガイア、君も同席だよ。今は僕の護衛だからね」
「俺も一緒にいていいのか?」
「騎士団の方なのですよね??」
「騎士団である前に僕の義弟だ。何かあれば彼が僕の代理(ラグウィンド)としてサインなりなんなりするので」
「おい!ディルック!外国の要人にそんな……」
「承知しました。それではこれはここだけの話でお願いします……ここじゃああれだから私のオフィスに移動しましょうか」
モンドではないのだから身内の常識など通用しないぞと慌てるガイアに、対外的にも当たり前だと話すディルックに何かを察して了承するナヴィア。背後の護衛に目配せをすればすぐに馬車が用意され一行は棘薔薇のオフィスに向かったのである……