悲愛 (凌澄) 届きそうで届かない何かがあった。
「愛してるんだ」
甥と叔父、その関係を越えるための言葉を、金凌は己の欲を剥き出しにして、江澄へと吐露してしまったのだ。
『家族』としての愛、敬愛、慈愛。そういった類いのものだと思い込んで、甥に向けられた歪な感情に、本当は気付きたくはなかったと江澄は歯噛みする。
互いに向ける愛の意味が違うのだとはっきり気付かされたのは、金凌が明確な情欲を指先に滲ませて、江澄の体を暴こうとしたからだ。
やめろ、と反射的に腕を払い退けた時にはもう既に遅く、江澄の目の前には今にも泣き出しそうな、それでいて何かを諦めた様に寂しげに笑う甥の姿があった。
「ごめんなさい、叔父上」
その言葉に込められた虚しさに、まるで胸を針に刺された様な痛みが走る。
「ぜんぶ、嘘だよ」
金凌が嘘だと告げて誤魔化したのは、長年江澄に対して秘め隠してきた強い願いであった筈だ。
伸ばした手を虚空に彷徨わせたまま、呆然としている江澄を一瞥し、金凌は声を震わせ言う。
「嘘なんだ」
さっと視線を逸らし、嘘だと告げる甥の言葉こそが虚言だ。気が付かないわけがない。幼い頃からよく知る金凌のことなど、嫌でもわかっている。
金凌は江澄に向けて笑みを繕いながらも、薄く濡れた瞳を揺らし、偽りを積み重ねる。
江澄は決して目を逸らすことなく、ただ真っ直ぐ甥と向かい合っていた。
嘘だから、と同じ言葉を反芻する金凌に、そんなはずはないだろうと言ってやりたかったが、江澄の口から溢れ落ちたのは意味のない溜め息だけだ。
俯いて顔に影を落とす金凌の、微かに震える手を江澄は黙って見つめていたが、何と言ってやれば良いのか、上手く言葉を紡いでやれない。
ごめん、ごめんなさい。誰に向けているのかもわからないほどに弱々しい甥の声が反響し、江澄の胸の内でじわじわと淀んで沈む。
「金凌、俺は――」
甥の望む、愛と呼ぶ何かを易々と受け入れて良いわけがない。けれど、其れをはっきりと口にしてしまえば、深く傷付けられるのは金凌であり、そして江澄でもある。――嗚呼、どうにかなってしまいそうだ。
唇を戦慄かせる江澄に対し、金凌はゆっくりと顔を上げ、縋るような目を向けた。
「言わないで」
嫌にはっきりと響く言葉に、江澄は息を呑む。今にも大声を上げて泣き出しそうな金凌の頬に思わず触れてしまいそうになったが、その指先は届きそうで届かない。異なるかたちの愛は、ふたりの間に虚しい壁を築いてしまっている。
金凌は小さく首を振り、そして一筋の涙を溢して必死に笑ってみせた。
「わかっているから言わないで」
(完)