触れてほしい触れてほしい
「きれいな手で、キミに触れていたい」
綺麗な黒い長い髪をなびかせた女優のCMが大きなモニターで流れているのである。
雪がちらつくようになって寒さに億劫になりながらも、自身の手のかさつきが気になり、ハンドクリームを買い求め神宮寺寂雷は人混みのコンクリートジャングルを抜け少し大きめのデパートへ向かっていた。
(どれが良いとかよくわからないけれど、…昔、TDD時代ではよく彼が、私の手のケアもしてくれていましたよね…)
――懐かしい思い出で、いつも気づいたら思い返してしまう。
※※※※※
ピンク髪にキャップ棒を被り白い服に身を包んだチームメンバー、乱数は寂雷の膝に頭を起き仰向けのまま手をじっと見つめながら触りつつ、ボソリと呟いた。
「寂雷はさ、せっかく手が綺麗なんだからちゃんとケアしなよね」
寂雷は手を触られながらも見下ろす体制のまま乱数の手を見ていた。
柔らかく、綺麗な華奢な指先に小さいけどしっかりした手のひらをじっと眺める。
「つい、いつも疎かになってしまうんですよね。何を使っていいかとかよく分からなくて…乱数君はいつも手綺麗ですよね。」
「…まあ僕の手で触る寂雷を傷つけたくないからね」
乱数は軽く引き寄せて寂雷の手に顔を擦り付けるとニコリと顔を綻ばせる。
「乱数君キミはすぐそういう事を言う…」
大きな声であははっと笑いながら乱数はごめんと言いつつ、ぱっと起き上がった。
「うーん。まあ好みにもよるんだけれど。そうだな…これとかどう?」
持っていたバックを漁ってそっと1つのパッケージに包まれていた箱を渡してきた。
「僕のお気に入りのブランドの奴。体に悪い成分が入ってないし香りもそんなに強くないから寂雷にもおすすめだよ」
パッケージも黒でまとめられているがポップで可愛いフォントで纏められていて、寂雷にも手に取りやすそうではあった。ただし未開封なのが気になった。
「でもこれ開けてもないじゃないか…なんだかソレは悪いよ」
「もー、相変わらず堅いな。僕が寂雷の手が柔らかく綺麗になるように買ったんだから良いの。受け取って」
「え…」
「柔らかい手の方がきっと触れてて気持ちいいよ。手を握るときとかもね」
普段自分の手など余り気にしなかったが、そう言われるとなんだかこそばゆくなるもしっかりと受け取ることとする。
「…ありがとう…大事にするね」
いいんだよ。と乱数は笑う。そして指をピッと上に向けて高らかに告げた。
「僕はいつかこのブランドのパッケージを作るって野望があるからこの品番よく覚えておいてよ。RAIN@SHの101の…」
「いらっしゃいませー」
売り場についた途端現実に帰ってきた。
そうだ、いつも彼が触れて塗ってくれていたものだ。
何が良いかわからない訳ないじゃないか。
今更悩む必要もなかった。
「RAIN@SHの101の8…」
言葉にして指を指したその先に大きくポップが出ているのを発見する。
20周年記念という文字の隣にはなんと乱数の顔写真がついていた。
パッケージを見ると黒のパッケージと可愛らしいフォントは変わらないがそのフォントの中に飴のモチーフがラメで入っているのである。思わず顔が緩んでしまう。
「…ふっふふ。野望を叶えていたんだね」
寂雷はそっとそのパッケージに手を触れる。
そして溢れてくる色々な思いを抱きしめながら、購入するのだった。
「きっと、これを使っている人たちは、
キミに触れられているような気持ちになるんだろうね…」
と軽い嫉妬を気づかないうちに溢しながら。