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    wo15lo

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    wo15lo

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    任務で海賊が運営する見世物小屋に潜入していたひばりの元にアラマキがやって来て色々起こるひばアラ話。ひばりちゃんを赤犬さんの娘設定にしてます。倫理なし。何でも許せる人のみ。第一幕。文句はマシュマロにて

    #アラマキ
    aramaic
    #ひばり
    #onepiece

    見世物小屋の怪物「灰皿になる覚悟はあンの?」

    えっ、と女が短く息を吐いた。
    賑わいを見せだした花街の夜。そこへいい男が1人暇そうにぷらぷらと歩いていたので、肉の詰まった腕に絡み、「そこなお侍さん。私の店に遊びに来ない?」とセクシーに声をかけたのだったが。

    「唾溜めないと熱いぜ」

    本能的に赤信号が出る声だった。
    男はポカンと口を開けた女の小さい顎を掴み、吸っていたタバコを指に挟んだ。女は舌に押し付けられるのだと分かった瞬間、変な汗が吹き出した。逃げようにも既に捕まっているし、下駄で走り抜ける自信もない。逃げ出せたとしてもこの男はジリジリと獲物を追い詰めるかのように追いかけるだろう。女は傍で震え上がる心臓の音を聞きながら、おずおずと赤い舌を出した。無抵抗を示す事が生存戦略だと、諦めるしかなかった。タバコがナイフに変わる前に男に腹を見せ降参することが賢いと。
    数秒、男は前髪で隠れたカガチの目で女を見下した後、「らはは!」と豪快に笑った。

    「冗談ッ!そんなことしねぇよ!可愛いやつ!」

    と、掴んでいた顎から手を離し唇をムイッと挟んだ。男は先程のダークな印象から途端にクシャッと悪ガキ顔になり、「はい」とおしゃぶりの如く女の唇にタバコを咥えさせた。タールのキツい煙が口内に広がり、歯の裏に染み付いた。この男に主導権を握られた証拠だった。

    「虐めて悪かった。何処でも着いてくよ」





    「いらっしゃいいらっしゃい。幻の調教師ベッキャーによる牛裂き拷問。裂かれたるはあな美しき土蜘蛛女。生き血を啜るから傘男。ニンゲンかケダモノか。ケダモノかニンゲンか。いらっしゃいいらっしゃい。お代は後から結構。さあさあ入った入った。世にも珍しき見世物小屋はここだよ」

    アラマキは虐めた女に見世物小屋へ連れていかれた。入口にある真っ赤な提灯と、男のタンカ声、『牛裂き女』『串刺し太夫』『双頭少年』『人肉一座』『一つ目法師』の看板、黄色や緑の目が痛くなるほどの装飾を飾り付けそこは1つの祭りのようだった。
    店の前で立っていた1人の少女は幽霊を見たような顔でアラマキを凝視していた。腰まである長い髪をポニーテールにし、臍が見える丈の短いシャツとショートパンツ。前髪は眉毛より短く、そのお陰でくまどった長い睫毛はパッチリと上げられ、扇のようだった。特徴的なヘッドホンをつけた少女と目が合ったアラマキは片眉を少しだけあげた。

    「…み、み、みぐるみ置いてかんかぃ…」
    「…置いていく身ぐるみがねぇが」
    「あぅッ」

    子犬のような少女は「まちがえた」という顔をし、眉毛をいっぱい下げ、両者に気まずい空気が流れた。
    彼女は名はひばり。海軍本部にて中佐の位を持ち、現在はソードとして影で行動している。
    彼女は今海賊の元へ潜入していたのだ。というのも最近目を付けていた海賊の金の動きがどうもきな臭くなってきた。元を辿ってみればとある宗教団体と繋がったらしい。宗教とは金になる。
    信者は他人を不幸に落としてでも金を運んでくる。そこに目をつけたのだろう。
    更に調べてみると、海賊が経営している見世物小屋は失踪事件が頻発していた。ただ表向きは合法な商売をしており、従業員が全員海賊という訳では無い。何も知らずに一生懸命働く一般人や無害な信者達も多くいた。なので彼女はまず従業員とし取り入り、海賊共の素性を洗おうとしていたのだが。
    そこに本部の大将アラマキがノコノコとやって来た。
    彼女とアラマキは知った顔同士である。というのも、彼女がまだコロコロとした子供の時からアラマキはサカズキの家に勝手に入り、勝手におしゃぶりを奪い泣いてるひばりを見て笑い、勝手に高すぎる「たかいたかい」をし、勝手に壺の中に何処からかシバいてきた男を入れ、鼻や口、あらゆる穴に花を生けて「アートってやつだぜ」と水商売の女から貰った名刺を題名のように置いた。そしていつもお母さんとサカズキに怒られていたのだ。ひばりはこれを夏休みの絵日記に全て書き上げ、担任に虐待を疑われた事はまた別の話であるが。

    兎にも角にも、彼女はまだ下っ端だった。働き口として受け入れられたまではいいが、肝心の奥へは行けてない。日がな毎日店の前に立ち、客の呼び込みとボディチェックの仕事をしていた。
    ひばりは一瞬、アラマキに気を取られたが腕を横に伸ばし無抵抗にしている彼を見て正気に戻った。

    「…?知り合い?」
    「違いますけぇ」
    「さぁ?知らねぇよ」

    アラマキを連れてきた女は2人の間に流れる変な空気に首を傾げた。天の川のような黒髪を簪で纏め、重ための前髪の下でトロンと微睡むような目をしている。自分を黒猫のミンクと人間のハーフの女だと言う。猫耳をピョンピョン動かしている様が可愛いく、厚めの唇はいつも薄く開いていたが、それはやらしい美貌ではなく彼女の上品な佇まいによく似合っていた。
    彼女は皆から「マリーちゃん」と呼ばれていた。
    どこかの童話に出てくる猫の名前らしい。可愛らしい彼女にピッタリな名前だ。ひばりはマリーちゃんによく懐いていた。マリーちゃんも歳下の女の子が自分の後輩となった事が嬉しく、いつもひばりにお饅頭を持ってきては「2人で食べるともっと美味しいね」と食べカスを顔に付けながらニコニコふわふわしていた。
    店先でキャッキャと話している仲良しの2人を見に来る男もそう少なくはなかった。うら若き美少女達が発する会話とはバラードなのである。
    現に今も見られていた。が、今日はいつもの熱を帯びた視線ではなく2人を心配そうに見ている人間の方が多かった。近くに巨大で楽園と対極にいる影のような男がいるからだ。

    ひばりはこれ以上注目されないよう仕事に戻り、アラマキの何も着ていない上半身を調べた。調べられながら、アラマキは下から来る焦燥や切望、又は脅迫に近い覇気を浴びつつ人差し指でうなじを掻く。

    参った。こう来るか、と。

    さて、この男。何故こんな所にいるのか。
    それはほんの少しだけ遡る。
    アラマキは任務でとある島にいた。そこで8ダース程の無法者達を縛り上げ軍艦に乗せたまでは順調だった。だが、その島。春島の春の季節だった。春の日差しは緑に匂いをつけ、木漏れ日の隙間を縫うように鶯が鳴く。まだ腕の葉が落ちきっていない彼の肩に貌佳鳥がとまった。自然と人間の境目が曖昧になった彼の意識は遠くなり、その地に根を張り、そして眠った。
    戦闘の後、アラマキは寝落ちする事が多々あった。特に自然豊かな場所ではこれが良く起こる。再生力が高い森に自分自身が飲み込まれていく感覚らしい。彼にしか分からない事であるが。
    つまりアラマキは寝坊して置いてかれたのだ。
    彼は単独行動を好む。ので今回も海兵達は先に島を出たのだと思い、ギチギチに詰まった檻を満員電車にサラリーマンを詰め込む車掌のように背中で押し込みながら「アー!お客様!次の軍艦に乗ってください!手や足を外に出さないでください!アー!お客様!」「鞄を前に持ってきて1人でも多くのお客様が入れるようお願いします!」と汗を流しそのまま出港した。
    目を覚ましたアラマキは空っぽになった港を見て「おれ大将なのにな」と背中にへばりついた子猿に話しかけ、「ウキ」と返された。

    その後、猿が離れなかった為コートを島に置き島を出た。しばらく空を飛んでいたが、夜になったので近くの島に上陸したという訳だ。
    なのでひばりと出会ったのは全くの偶然だった。
    アラマキはサカズキの家に入り浸っていたが、ある時を境に全く寄り付かなくなったので、今の彼女の事は何も知らなかった。

    ___海軍に入隊しその上ソードに所属している、という話を確かにサカズキさんに言われたような気がする。
    つまりコイツは任務中なのだ。
    このお姉ちゃんに連れていかれている途中、見聞色で地下に大量の人間がいる事が分かっていたから、何かあるだろうとは思っていたが…。

    「…その刀。ここは銃火器、刃物は禁止じゃけ。こっちで預からせてつかぁさい」
    「……」

    アラマキが腰に差していた刀をヌラ、と抜けば冷たく反り返った刀身が月光を跳ね返し彼の頬を濡らす。光が反射した肌は長く黒い前髪と不気味なほど似合っており、見るものをゾッとさせた。自然界の警戒色のような浮浪者だった。
    ひばりは久しく会った男の恐ろしい色に肩を強ばらせつつも、冷たくなったマリーちゃんの手を握った。

    「はい、大切にしろよ」

    ズシンとくる刀を渡した後、アラマキは中へ入っていった。通りすがりにひばりの肩を力強く掴みながら。

    「…こ、こわぁい……」
    「……うん……」





    太鼓と畜生の断末魔が聞こえた。そちらに目をやれば男が鶏の首を噛みちぎっている。上半分だけの般若の面から右頬に酷い火傷の痕が覗く髪の長い男が笑っているのをアラマキは机に足を乗せながら鑑賞していた。

    ___…多分、行き詰まっている。
    あの責めるような覇気は『邪魔をするな』という意味だろう。何時からここにいたか知らないが、肝心のとこへは踏み込めていねぇんだな。

    と、考えながら酒を呷っていた。

    事実、彼の考え通りだった。彼女は役に立っていた。が、それは従業員としてのみ。意外と海賊同士の結託は固く、よそ者を易々と受け入れるような真似はしなかった。
    ぬくぬくとしている間にもまた1人夜逃げしたと帳簿から名前が消えていく。働きにきた訳では無いのにいつの間にか3ヶ月は過ぎていた。毎日聞く太鼓の音は徐々に自分を囃し立てる不快なものへと変わっていき、耳を塞ぐヘッドホンは傷だらけになった。コビー先輩にも任されたのにと、その苛立ちが彼女の覇気に棘を加えたのだ。

    今回アラマキは部外者だ。そもそも海軍本部の大将に回ってくる程の事件でもないのだ。
    本来なら舞台にいないはず。役者はひばりとソードである。そこに他人が出しゃばり舞台に上がる行為は自分で自分の面子を潰すようなものだった。彼女には彼女の役目があり、ソードにはソードの作戦がある。
    彼は知恵遅れの鉄砲玉ではない。引くべきところは弁えている。それに無用にサカズキの怒りを買いたくない。であるなら、今回は女優に花を持たせるが花道。
    その為にはアクションが必要だった。彼女がのし上がる材料が。
    アラマキは最後の一口を飲み込み、品定めした。
    この会場で鶴の一声を呼び込む金脈を。

    数組みのショーを暫く黙って鑑賞していると、入れ替わりで単眼の琵琶法師の男が出てきた。虚無僧が被る天蓋は目の位置がくり抜かれており、そこから1つ目がギョロギョロと覗き込んでいた。男がステージを上がった途端、拍手は一層熱を持つ。口笛を吹く者もいたし、悲鳴を上げる女もいた。
    琵琶法師は熱にものともせず客に向け一礼をした後、座布団に座り。
    ガロンッ。
    弦を1つ弾けばその瞬間、指をさす者はいなくなった。彼が作り出す重厚でスモーキーな音は焚き火のように艶やかに、しかし淑やかな痕跡を残して心の中に散る。それは、ひとたび聞けば忘れがたき程の芸術であった。
    さぁ、これから世にも奇妙な単眼男の管弦が始まると誰もが思った時、ガシャン!と弦を遮る薄く硬い音がした。客が後ろを振り向けばその犯人、アラマキが床に酒の入っていたグラスを叩き割っていた。
    皆アラマキを怪訝な顔で見つめている中、彼は立ち上がり、大きな足音を鳴らして琵琶法師の前に立つ。

    「はて。何用でございやしょう…?」
    「あー、と。決めてなかった」

    アラマキは顎を触り少し思案し。

    「酒が不味いんだよ」

    と、答え琵琶法師を殴り飛ばした。





    「喧嘩だ!イかれ野郎がオッショウさんを殴った!」
    「ッ!」

    男の焦燥を含んだ声が聞こえひばりは半泣きで頭を抱えた。

    ____ワーッ!やっちゃった!アラマキさんが暴れてしもうた!終わりじゃ!ばか!あほ!ウチが頑張ったのに!あともう少しじゃったのに〜!!

    エーン!と泣いてアラマキの頭をずっ叩きたい気持ちを抑え店の中へ飛び込むと、そこは地獄だった。
    人間が5.6人投げ飛ばされ、男たちに押さえつけられながらもそれをものともせず鬼の形相でアラマキが暴れていた。逃げ出す客と応戦する男達、簪が頬に突き刺さっている者、腹を殴られ嘔吐している者、膝が逆を向き這いずりながら逃げる者、鼻がひしゃげ大量の血を吹いてる者、机の下に隠れる者、恐怖で失禁する者。
    まさに阿鼻叫喚である。

    「や、やめてつかぁさいや!」

    ひばりは1人の男の胸ぐらを掴み、今にも食い殺そうとしているアラマキの腕に抱きつき止めようとした。

    「なにをやっとるですんけぇッ!?なんでこんな」
    「あ?誰お前」

    他人行儀の口ぶりだった。乞食を断る面倒臭く、不愉快を孕んだ声だ。
    ひばりはこれに多少怯んでしまった。彼の視線が酷く冷たかったのだ。小さな頃は自分を持ち上げてくれる逞しい体だったのが今や巨大な死刑台みたく感じ、掴んでいた腕の力が緩んだ。

    「退け」
    「ッかは」

    一瞬気を抜いた隙に、腹を蹴られ壁に吹っ飛ばされた。柔らかい剥き出しの腹はナイフで刺されたかのような衝撃を受け、丸い空気が口から抜けた。力なく壁に寄りかかっていたらマリーちゃんが悲鳴を上げながら駆け寄ってきた。

    「ひばりちゃん!大変…!しっかりして、私を見て」
    「あ…」
    「保護者と同伴出勤かよ。刀の振り方も知らねぇガキが」

    アラマキはひばりとマリーちゃんの前に立ち、傍にあった机を勢いよく蹴り飛ばした。シャーッ!と瞳孔を縦にし小さく威嚇しながらマリーちゃんはひばりを庇うよう抱きしめた。ひばりは震える指に頬を包まれながら、ホコリが入り滲んだ視界の隅に刀を見た。アラマキから没収した刀だ。腰に差していたものは今ひばりの中指に触れている。

    __…恐怖で気づくのが遅れたが、ウチはなんで生きちょるんじゃ。アラマキさんが本気で蹴ったんなら肋骨が折れ内臓に刺さっちょる。頭を潰されとる。マリーちゃんも死んどる。ここにおる人達が全員生きとることなんて有り得んのじゃ。……。

    ひばりは「ダメ、やめて」と止めようとしていたマリーちゃんの腕を優しく振りほどき、刀を握った。確かにひばりももう1つのアクションを求めていた。ヒール役が欲しかった。口の端に垂れたヨダレを二の腕に乱雑に拭い、刀身を抜きアラマキと向き合う。彼の表情から何も読めないが、刀を抜かせたことがアンサーだろう。

    「…忖度はしやせんですからね」
    「らはは。度胸ある女」

    そこからは目を奪われる大立ち回りだった。床に伏せていた客や隠れていた芸者達は目を見張った。鬼のような男に大太刀を振るう少女はまさしくヒーローだった。誰しもが拳を握り、声に出さずとも彼女の背中を押した。鬼の腕を鍔で受け流し、柄で腹に一撃入れる。くぐもった声で後ずさりしたアラマキの首を掴んで投げ飛ばした。飛んだ先にいた男の脇腹に偶然を装い肘を入れれば、男が目の前で嘔吐した。
    これはアラマキの八つ当たりである。もちろんひばりがアラマキを投げ飛ばした訳ではないし、体のどこも痛くない。プラスチックの刀を振り回してる子供に殴られたみたいなものだった。首を掴み投げようとしたひばりも「び、びくともせん…」と出した拳の行く末に困ったのを、アラマキが「うわー」と自分から壁に突っ込んで行っただけである。つまりヤラセだった。だが、観衆はこれに希望を持った。あの恐ろしく強い無頼漢と渡り歩いている。店先でニコニコと呼び込みをしていた少女はこんなにも強かったのか、と。マリーちゃんもこれに驚き「カッコイイわひばりちゃん!」と興奮で赤くなった可愛い顔に汗を滲ませキャアキャア、ピョンピョンと喜んでいた。
    ひばりは「どないやって場を収められるんじゃ……」と困った顔でアラマキに近づく。壁に頭を打ち付け痛がっているフリをしていたアラマキは、無防備に近づいてきた彼女の腕を掴み壁に押し付けた。あ、今度こそ殴られる。と思った時。

    「あッ!」

    腹から生やした木製の手でひばりが持っていた刀を掴み、自分の左腕を切り落とした。観客達から見えないよう背中で隠していた為、彼らからしたらひばりがアラマキの腕を切り落としたかのように見えた。切り落とした腕の断面はギッシリと白く細い根っこが血管みたく詰まっており、それらが虫のように蠢いていた。血は出ていなかったが、彼女は流石に驚いた。

    「う、腕…なんでじゃ…」
    「ブッ」

    マヌケな質問には唾の代わりに花弁を吐いて答えた。
    いい加減にしろ。と呆れられている様だった。お前もノれよ。と軽いため息を吐きながら、傷口を見られないよう顔を険しめつつ、ステージにかかっていた赤い布で止血するフリをした。

    「あらま、」
    「ワーッ!あの受付嬢、奴の腕を落としやがった!」
    「言ったでしょ!ひばりちゃんは強い子なの!」
    「首を落とせ!まだ立ってるぞ!」
    「目を抉れ!おれは鼻を折られた!」
    「らははッ!は、ははァ〜…お前ら全員顔覚えたからな」

    腕を切られても尚、治まらないアラマキの眼光に客達は一筋の汗をかいたが、今はひばりの優勢である。
    それが彼らに無謀で無知な期待を与えた。背中に向けられた指と押し返されるような声援。それはひばりがヒーローに仕立て上げられた証拠だった。
    だが。

    ___何をしとるんじゃウチは。

    彼女の心は心底曇っていた。
    ひばりは子供の頃からアラマキが大好きだった。突然連絡が途絶えた時は部屋に籠り3日泣き通し、母に心配された。父であるサカズキは何も言わなかった。ただただ彼女の行く末を見守っているみたいだった。
    彼は雨の日にいつもやって来る。子供の時はカエルみたいだと思ったものだ。だから彼女は父の部下である航海士に毎日天気を聞いていた。「今日は雨ですか?」「明日はどうですかい」「ダンスパウダーをちょっとだけ使うてみてもええですか?ダメ?それはそうじゃ……」とまあ飽きもせず。
    そして待ち望んだ雨の日。
    まだ日が昇ってない早朝から毛布に包まり、縁側で待っていた。アラマキがよく飲んでいた(勝手に台所の棚を開けていた)酒とお手伝いさんが作ってくれた蜂蜜たっぷりのホットミルクを用意し、池で跳ねる錦鯉を見つめて待っていたのだ。しかし、待てども待てどもアラマキは姿を見せなかった。今日も来ない事に気づき始めると、途端に雨は墨汁のように見えた。軒から垂れる雨粒が鼻先を濡らす。地面に染み込む雨のように、アラマキはどこか消えてしまった。

    「ひばり。中へ入れ」
    「……」

    彼女を中へ連れ戻すのはいつもサカズキだった。手を引いてくれたり、慰めの言葉をかけてくれたりはしなかったが、冷たくなった毛布の代わりに自分が着ていた羽織をかけてくれた。普段羽織は着ない事を知っていたひばりにとって、これは父からの愛であると理解できた。だから大人しく言うことを聞き、軽くなったカップと重い酒瓶を両手に持って父の隣を通り過ぎる。サカズキは垂れさがったツムジを見送った後、先程まで無かった池に咲く蓮の花を遮るよう、毎回障子を閉めるのだった。
    しかし、ひばりはこれで諦めずアラマキに会うのを楽しみにしていた。空振りの日が続いても、いつか大人になったら自分から会いに行けばいい。父のように立派な海兵になって褒めて欲しいと。
    だが今や憧れの男におんぶに抱っこである。これでは子供の時と何も変わっていない。自分は何も成長していないのだ。アラマキは悪魔の実の力も手に入れ更に強くなったし、色気のある男に成長していた。対して自分は…。これはひばりにとって恥であった。顔から火が吹きそうだった。小さくなって穴に入りたい。そして、ヘッドホンの傷がまた増える。

    アラマキは再び観客の骨の1本2本、又は親族の1人や2人……と最悪な事を思案していた時、頭を後ろに下げた。刀を振り下ろされのだ。武装色を纏った本気の殺意だ。彼の前髪が少し切れた。振り下ろしたのはひばりだ。先程までの少し情けない雰囲気や、遠慮がちな覇気は既に影も形もない。自分の首を本気で奪いに来る海賊と同じ目をしていた。
    ようやく徹底的にやる気になった。スロースターターか。エンジンの掛かるのが遅いヤツと、アラマキは思ったがこれは相手がこの男だからである。突然姿を消した憧れの男が急にやって来て「かかってこい」と言われても「何……?」となるのが普通だ。

    ひばりはやっと理解した。この男は本気でやっても傷1つ付かないし、遠慮する相手でもない。
    ならば顔を立ててくれた役割を全うするのがアラマキへの義理である。

    「歯ァ食いしばりんさい」
    「ッガ!」

    アラマキは武装色を纏った鞘で後頭部を思いっきり殴られた。敢えて受けようとしていたが、想像以上の力だった。ので、ガードをしていなかったまっさらな頭蓋骨はいとも簡単に攻撃を通して、気が遠くなった。
    空気の塊を吐いたアラマキは薄れゆく意識の中「サカズキさんの娘だ…った、……」と当然の事を思い出したのである。
    倒れた鬼。傍には大輪の華を背負った女王様然とした女郎。キンッ、と大太刀を鞘に仕舞う音は勝者のゴングだった。チャンピオンフラッグは彼女に渡った。

    「……か、かった」
    「受付嬢が勝ったぞ!!」
    「すげぇよあの女!」
    「ひ゛は゛ち゛!カッコイイー!」
    「ありがとうー!」
    「あの女の名前は!?ここのヤツらは何してる!なんでアイツを受付嬢なんかにしてやがんだ馬鹿が!」
    「連絡先教えてくれーッ!」

    大勢の人間による熱気で会場が震えた。ひばりの周りを囲うように大柄の男や涙で顔がグチャグチャのマリーちゃんが集まってきた。ビリビリとくる空気の振動を腹で感じつつも、ひばりはステージ裏を睨み続けた。先程から幕越しにずっとこちらを見ている人間がいる。きっとそいつが今回の目的だ。自分達を見世物とし観察していたいけ好かない人間に怒りすら覚えた。柄に親指をかけながら、人混みをかき分け幕の前まで歩を進める。

    「……すまんのぉ、無頼漢を中へ入れてしもたウチの責任ですけ。まぁ、でも。もう奴はおらん。責任はとったということでええですかの」
    「す、す、すす、すば、すばらしかっか、かったです。ああ、ああのあ、あの男は、かか、かいしゅ、回収しますので、ごご、ごくろろろうさまでした」

    幕の奥から聞こえてきたのは吃音症のような話し方だった。話しているだけで腹が立つしゃがれた男の声色だ。

    「それは許さん。取ったもん勝ちや。あの男はウチのや」
    「そ、そそそそ、っれはいけません。あああれはウチのかかかん看板をな、なななぐった。わっ詫びをいれ、い、いれる。じ、邪魔をするな」
    「なら、条件がありますけ。ウチをそちらの用心棒にしてつかぁさい。受付嬢はもう飽き飽きですわ」
    「ガガガキが。あまあまあまり図にのらんで下さい。い、いいいうことを聞かなければ、"カタワ班"に、いれます」
    「ワシは賛成です」

    鶴の声が聞こえた。
    幕の袖から出てきたのは単眼の琵琶法師だ。『オッショウさん』と呼ばれている男は先程被っていた天蓋は被っておらず、巨大な黒目には光がない。首から坊主頭にかけて蛇が巻きついているタトゥーが掘られており、痩せこけた頬には血を拭った跡がある。

    「この子の腕は見たでしょう。昨日も助さんが夜逃げしてしもうた。アンタさんも"用心棒"は欲しいんとちゃいますか」
    「うう、ううううッ!」
    「了承と解釈してもええですか?…ほんなら、君」
    「はい」
    「これからよろしゅうな」

    オッショウさんにささくれだらけの手を出され、ひばりは黙って握手を返した。恐ろしく痩せて大きな掌だ。合わせた手に肉を感じず、白骨死体と握手しているみたいだった。

    「…よろしくお願いします」

    オッショウさんが笑った。巨大な1つの黒目は潰れ、ゴキブリのようだった。ひばりはコレにウッ、と声を潜めて逃げるように手を離した。

    何はともあれ、アラマキとひばりの三文芝居は功を奏した。ひばりはやっと舞台に上がれたのだ。
    役者は揃った。スポットライトは彼女を照らした。

    ケモノだらけの見世物小屋。地下街の白痴共。家畜人間の屠殺場。ならず者国家の本拠地にて、1人の少女と鬼が降り立った。

    「(アラマキさん!やったのぉ!これでウチらも先に進めますけえ!)」
    「……」

    ひばりは気を失っている事に気付かず、返答が返ってこない男の腕を振り回しニコニコと話すのであった。


    【第一幕、終演】

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