家守神との約束【起】
「ボス、夏目貴志から手紙がありましたよ」
「彼はほんとに律儀ですね」
成人後、愛した田舎の土地を離れ人が行き交う賑やかな都市部に彼が旅立ったのが既に懐かしい。
今でも休みの度に育ての親とも言える夫妻のもとに帰っていると人伝に聞いていた。
「この前茶請けで七瀬が出してくれた奴、美味しかったなぁ。菓子折りで御返ししておいて貰えますか」
「返事は書かないのかい」
「えぇ」
妖力が強く優しい少年だった彼から季節の折に手紙が届くようになって暫く経つが、的場は返事をまともに返した事はない。
中身を読まなければ返事は書けない屁理屈で、実は封も切らずに引出しに溜めている。
頭首の不義理に七瀬が零した小さな溜息に気付かない振りをして眼の前の書類に視線を戻す。
彼女なら無難な一筆を入れてくれるだろう。
新天地でスタートとした夏目くんに、祓い屋の私が関わる事はあまり良くはないだろう、と思う。
的場として妖力が強い者と繋がっておきたい打算があるにはあるが、いまいち気乗りしない。
誰に断る必要も無いのになんだか咎められる気がして居心地が悪く、自分らしくもなく有耶無耶にしているのだ。
「昔は手紙を送るばかりだったのに立場が逆転してしまいましたね」
苦笑しながら、筆を動かし判を押していく。
そういえば、夏目くんと知り合ったのは何がきっかけだったか。
確か一門の呪術師が起こした事件に彼が巻き込まれてしまったのが始まりで。つくづく受難体質な子だったと苦笑する。でも彼に興味をもったのは別の理由があったはずだった。
…まただ。
最近はっきりした答えが出ない事に思考を割かれうまく切替が出来ない。喉に小骨が刺さり続けているような不快感に多少苛立ってもいた。この歳で、記憶力も判断力も落ちるだなんて笑えない。
「事務仕事なんて放り出して、妖狩りにでも行けば気分が晴れるんですが」
「何いってんだい、療養中だって事忘れてるんじゃないだろうね」
「はは、そうでした」
「あんまり調子に乗らないでくださいよ。ボス。
先日のは本当に危なかった。あの大物相手にその程度の怪我で済んだなんて奇跡なんですから。
ここ最近の的場は一人で無茶ばかりする。昔から隠れて色々してたんだろうけどね。最近はヤケを起こしたのかと思うくらいだ。実績が欲しい新参の祓い屋じゃあるまいし、いつもの慎重さはどうしたんですか」
おぉ、これは結構怒っているなと肩を竦め素直に小言を頂戴する。
先日の祓いの仕事は大きいものだった。多少荷が重いのは承知していたが、元々持てる手札は少ないのだし一門としても強行する判断となった。力が足りない身内の補助は自身がする予定だったが的場の想定以上に力が無さすぎた。
結界の綻びから、妖力の一番高い的場に向けて放たれた邪気の刃は真っ直ぐ喉元を狙ってくる。
手持ちの符で急所をずらせたとして手足の一本は持っていかれると覚悟をしたのだが、届く寸前で何かの力に弾かれるように黒い疾風は掻き消えた。
危機一髪という形で、次の追撃が来る前に的場の矢によって仕留める事が出来たのだった。
周囲には的場の妖力で攻撃が緩んだかのように見えたかもしれないが、違う事は自身が一番わかっていた。
掠った左肩から多少の流血はあったが穢れを貰うこともなく、多少不便があって暫く休養を余儀なくされたがすぐに完治するだろう。
「全く。悪運が強いのか、加護がついてるんだか」
「うちに加護なんて夢物語みたいな話ですね」
「だったら無理はしないことだ。次、がないかもしれないんだからね」
話を締めくくると書類をトンと揃え七瀬は席を立ち部屋を出ていった。
パシリと鋭い音を立てて閉められた障子戸に、暫くは七瀬に逆らうのは止したほうが良さそうだと、人気がなくなった部屋で肩の力を抜いた。
「加護、か」
的場である以上加護などありえない。
が、最近確かにいつもと違う感覚が躰を支配しているのも事実だった。
件の祓いの時も、死を覚悟した一方で焦りも恐怖も湧かず何処か大丈夫だと楽観的に構える自分がいた。
それ以前から、難儀すると思っていた依頼があっさり解決する事が続いていたりと自身の妖力以外の力が働いている気配を感じている。
端的に言えば誰かにずっと見られているか、憑かれているような。
決定的だったのは、右目を狙うアレへの気配を察知するのが今までよりも格段に上がった事だ。なにか虫の知らせのようなもの感じ、ここ数ヶ月は危険が回避出来ている。
たまに靄がかかる思考とも無関係とも言えず妖の術にかかっている可能性もあるのだが、多分問題ないだろうと結論づけて先延ばしにしている。
不確定要素をそのままにするなど、頭首としてもあるまじき事だと自覚はある。七瀬に知れれば即刻禊行き案件だった。
さすがにそろそろ何か動かねばいけないとは思っているのは、言葉に出来ない違和感が普段の生活でも顕著に顔をだすようになったからだ。
先程七瀬が付けてから、そのままだったテレビから流れる映像を見ながら首を傾げる。
「なんか違うんですよねぇ」
毎週この時間にやっているだろうミステリードラマ。探偵役の主演俳優の顔が画面いっぱいに写っていた。
人工的に染めた茶髪と、整ってはいるのだろうが凡庸さを抜け出さない目鼻立ち。着られている感が残るスリーピース。なにが、とは言えないのだけど。違う事だけがわかる。
街を歩けばやけに気になる広告塔、好きだったはずの果物になんとなく食指が湧かない理由。
上げたらきりがない。何かが違う。
「もう…今日は早めに寝ましょうか」
休養中にはある程度、方をつけねばならないだろう。
憂鬱な気持ちを押し殺し、隣室に続く仕切り襖に手を掛けた。毎夜一番の心の引っ掛かりを覚える場所が隣の寝間だった。
今日も変わらずに枕元近くの飾り台に添えられた一体の紙人形。いつからかそこにあった人型の和紙は的場家由来のものではない。
懐かしいような気配がする美しい紙は、的場頭首の自室にあるには明らかに異質なのだが燃やせずにいる。
妖力が込められていなければただの紙、害はないかと放置していたが、力無く横たわっていたそれが今日は薄ぼんやりと発光しているかのようで思わず後ずさる。
じっと目を凝らすと、紙の中をしゅるりと動く黒い影が見えた気がした。
「いま、何か…」
『やっと見えるようになったんだね。君との縁もだいぶ深く繋がったようだ』
耳の中に直接吹き込まれた低く優しい声に反応が遅れる。
「だれだ」
身構えた的場の目の高さまで紙人形が浮き上がる。
異常事態に対応するべく胸元に手を入れたまま金縛りにあっている自身に的場は内心大きく舌打ちした。
浮遊していた一体から突然手を繋ぐよう連なった紙人形が幾重にも現れ、囲むように作られた円陣の中からふわりと現れた人影に目を見張る。
あらゆる人を惑わすような完成された美丈夫だった。いや、あまりに美しい男の姿をした妖だ。
亜麻色の髪から覗く柘榴石のように煌めく瞳の中に自分が写っている。
『こんばんわ。的場の頭首』
どこか懐かしそうに目を細めた男が誰か的場には分からない。ただ、その瞳を知っていた。
「あなた……不法、侵入ですよ」
『はぁ、相変わらずつれないね。静司』
カチリ。それでもずっと合わなかったピースが一つ嵌まった音だけは、確かに聞こえた。
■■■
【承】
「なんだい、そいつは」
朝の挨拶に来た七瀬は目を見開いた後に上から下まで舐めるような視線を的場の後ろに控える日本では珍しい毛色の美男に向けた。
いや、人の姿に擬態している異形に、だ。
「昨夜から憑かれてしまったようで」
「的場…用心しろ、といったはずだが」
「ええ、面目ない限りで」
ニコリと笑えば、肺ごと口から吐き出すような盛大な溜息を吐いてから七瀬はジロリと頭首にべったり張り付く優男を睨めつける。
「胡散臭い見た目だね。祓われる前にどっかいきな」
「ふふ…酷い言われようだ。でも残念ながら貴方では無理でしょう」
「へぇ、私をよく知ってる様な口振りじゃないか」
鋭い視線に意に返した様子もなく、さらに余裕を見せた男は的場の肩を引き寄せる。
「私を祓えるの静司ぐらいじゃないかなぁ」
「ちっ。ムカつく妖だね。…ボス、この後もでかい仕事が控えてるんだよ。それまでに何とかするか、手懐けるかするんだね」
「えっ、七瀬。それだけですか」
「見た所神格クラスじゃないか。癪だがほんとに私の手に負えないよ。自分でなんとかしな」
面倒事には関わらず、と言ったように彼女があっさりと引くのを見る限り、現時点では七瀬から見てもこの男に脅威はないという判断になったのだろう。
「はぁ…頭首への扱いが雑ですねぇ」
「ははは、大丈夫。静司が危険な事にはなりませんよ」
「どうだかね。厄介事はごめんだよ」
的場自身、昨夜に突然現れたこの妖から敵意がない事は、なんとなく確信に近いものがあった。
ただ何かしらの目的が無ければ的場に近づくモノは人間でもそうそう居ないだろう。妖であれば尚の事。何かを隠しているのは間違い無い。
昨晩も誘導尋問がてら色々質問してやろうと思っていたのだが、男の声を聞いているうちに何故か抗えない眠気を覚えて意識は途切れている。
人間の意識を奪う、それがこの妖の能力であれば由々しき事態なのだが焦りは何故か生まれなかった。
先程男は己であれば祓う事も可能という口振りではあったが、今の的場にはその手立てはなく、どちらにしろ暫くは様子見するしかない。
的場邸に入り込んでいる以上、並大抵の陣や符が効かないのは明白だ。
「さ、静司。許しも貰えたしこれからよろしくね」
そんな状況を知ってか知らずか、七瀬がいなくなると大きな犬のように男は纏わりついてくる。
「何で呼び捨てなんですか」
「えぇ…だって私は一門の者でも式でもないからボスや頭首も違うだろう。この的場家の中で君個人を指すならそうなるじゃないか」
「まぁ、言い分はわかりますが」
「呼び捨ては嫌かい?」
「別に…かまいませんよ」
気安く呼ぶな、と言わなかったのは何故かしっくりきたからだった。
かつて最後に自分の名を呼んだのは誰だったか。家族でさえ今はいない。どうせ長く続く話でもないだろう。的場と長く縁が続いたものなどいないのだ。
こうして突然現れた妖との奇妙な同居生活は始まったのだった。
――――――
「明日は早いのにまだ寝ないのかい?」
「私の予定をよくご存知で」
静まり返った的場邸の子の刻。
唯一光が漏れる頭首の私室は、テレビと二人の男の声でそれなりに賑やかだった。
早いもので、男と夜を過ごすようになってから一ヶ月になろうとしていた。ずっと側にいる訳でなく、日中見掛けないと思えばこうして最初からそこに居たかのように隣で寛いでいたりするのだ。
「この番組好きなのかい。毎週見てるだろう」
「別に、つまらないですよ」
嘘ではなく本当につまらない番組だと思っているのだが、何故か時間になると電源を付けている。自分には無意識に見る事が習慣づいているテレビ番組がいくつかあった。
これもその内の一つで、司会の男がゲストと共におすすめ料理を作ると言う内容なのだが料理の内容も出演者にも全く興味はそそられない。
「きみの舌には合わなそうだなぁ」
「そうですね。あまり美味しそうではありません」
唐辛子を山のように入れて真っ赤に染まった激辛料理にも、馬鹿騒ぎしている深夜のノリにもついていけない。
いつからこれを見るようになったか思い出せないが、自分は確かに昔は楽しんで見ていた気がするのだ。
柔らかく甘い声の男が、的場の好きそうな菓子を静かに紹介していく。そんな番組だった気がするがいつの間にか趣旨替えをしたのかもしれない。
「昔は割といい趣向してた筈なんですが」
「…そう。一緒に、見たかったな」
隣で笑う妖の声の方がよっぽど司会に向いていそうな気がする。
画面の中で作り笑いをしている見知らぬタレントに対して「見たいのはお前じゃない」なんて毒付いてみる。作り笑いならもっと綺麗に笑ってみせろ。
同時にぐらりと歪むような既視感と違和感が同時に襲ってくる。
ほら、まただ。自分の目に写る現実との違和感を感じながら、的場を置いて日々は流れている。
「せいじ…静司? ほら、終わったし、体を休めたほうがいい」
「あ、ええ…そうですね…」
意識を揺らしている間に、番組のエンドロールが流れていて的場は促されるままテレビの電源を落とした。
勝手知ったるとばかりに掛け布団の端を持ち上げて促されるままに潜り込めば、添い寝のような形で隣に居座られて眉を寄せる。
「邪魔です…どこか行きなさい」
「ちゃんと寝たのを確認したら消えるさ」
押し問答も疲れて目を瞑れば 途端に眠気がやってくる。この妖の声を聞くのはどうにもまずい。
見知らぬ妖の前で気を抜くなんて本来あってはならないのだが、意識はどんどん微睡んでいく。
今抱えている仕事が終われば、そろそろ本格的に対処を考えねばならないだろう。
「ねぇ、本当に明日行くのかい?」
「当たり前ですよ」
明日は前々から準備をしてきた大きな祓いの儀式が控えている。幾人もの祓い屋に被害を出した為、注目度は高く成功すれば一門はより強い地盤を作れるし、失敗すれば威信が失われるだろう。
「しかも、そろそろアレがくる」
「はぁ…何でもお見通しという訳ですか」
その妖が出現する時期は的場の因縁の右目を狙う大妖がくる時期と被っていた。間が悪いがそれでもやらねばならない。
「あれは神だったものだ。きみ達だけでは荷が重いだろう」
「仕方ない事です。残念ながら的場傘下に加護持ちは期待できないので、ね」
調査からも恐らく何処かの神だったものが穢され、酷く人間に憎悪を抱いて妖となった聞いている。
並の祓い屋では話にはならないが、的場と神格クラスも相性が悪いのも確かだった。
そういえば、つい先日も似たような会話したと思い出す。
存在するだけで穢れを背負う一門の存在は、鎮めるどころか不用意に妖を刺激するだろう。荒魂を力づくで抑える事になれば、こちらも無傷では済まない。
しかし祓い屋を統べる者として、ここで的場が逃げ出すことも許されないのだ。
無いもの強請りなど出来る立場ではない。
「誰かに助けを求めてみてはどうかな、例えば…」
「ふ…返せない借りを作るのは右目だけで十分ですよ」
「そうやってきみは、一人になろうとするんだね」
適任者は私ではないだろう。かと言って他に誰かいるかと問われれば的場が紡げる名はない。
もしも、自身の後ろを任せられる相手がいればどうだろうと考えてしまう事はある。
同じ力を持たずとも、背を預けられる者がいたならば。
『無茶するなよ』
『誰に言ってるんですか、――――さん』
共に闘ってくれる相手を夢見たのはいつだったか。
しかし的場は今は一人。今までもこれからも。
「おやすみ、静司」
叶わない夢をみるのは止めたのだ。プツリと意識はそこで途絶えた。
夜明けを知らせる鳥の声と共に的場の目は覚める。夢も見ず深く眠ったせいか、躰は軽かった。
起きた際には寝間から居なくなっていた例の男は、仕度を終えて出立する為に門前に向かうと何処からともなく現れた。
「まさか…あなたも来るんですか」
「静司が心配だからね」
緊迫した場にそぐわない呑気な声に、部下達のピリピリとした刺すような視線が男に向けられる。
「お前も一緒に陣に入ってもいいんだがね。邪魔したら承知しないよ。ボスがね」
「それは、怖い」
七瀬の苛立った声にも臆せずへらりと笑うと、男はそっと的場の耳輪を食むように顔を近付け囁いた。
「大丈夫。すべて上手くいくさ」
そんな呑気な言葉の真の意味を知るのは数時間後の事だった。
――――――
「的場いったん離れろ!」
誘き出された妖の力は禍々しく、足留めの陣でさえ一瞬で掻き消される。
かつて謳われた神々しい面影はなく黒い瘴気を纏った化け物が進む度、毒気によって触れた草花は朽ちていく。詠唱が終わるまで、引き留める事は無理だろう。
七瀬の怒号を的場は聞き流し、弓に矢を番えたまま呪いを唱え続ける。逃げられるぐらいであれば刺し違えてでも仕留めたい。
ー―穢サレタ!汚イ血ニヨッテ穢レテシマッタ!オノ…レ…オノレ…オノレ…我ヲ醜キモノ二シタ人ヲ許サ、ヌ!
耳をつんざく悲鳴のような啼き声。
間近に迫り流れ込んでくる思念にピクリと眉を顰める的場の隣に、先程まで高みの見物をしていた男が舞い降りた。
「…ある尊き神に無理やり人の血を分け与えて穢す事でアレは作られた。的場を崩す力を願うモノが自分を贄にした禁術だったが、妖力が足りず中途半端に出来上がった。自我も失えずに苦しんでいる。消えない苦痛に、私が知っているよりもだいぶ育ってしまったようだ」
「随分詳しいようですね」
隣に並んだ男を見る瞳には殺気が宿り、返答次第ではその矢の矛先が変わることを意味していた。
「いいね、その目。はじめて間近で見たよ。でもきみの相手は私ではない。実は私もこいつとは少し因縁があってね。最後の仕事の決着をつけたかったんだ」
男が手を翳すと地面から鎖のように連なった光が標的の四肢を抑えて羽交い締めにし、的場に届くあと少しの所で地面に縫い付ける。
「命令がなければきみを守れもしない式の変わりに、手を貸してあげよう」
「要らぬことをっ!」
激高する的場を眩しいもののように見ながら男は目を細めた。
「きみは、使えるモノを使うんだろう?」
「……っ」
「外すな、静司」
言葉を聞いた瞬間に、まるで別の意思が宿ったように的場の躰は勝手に動いていた。
そうすることが当たり前のように、狙いはぶれる事無く定まった。
ビィ…ンと弦が鳴り、光の矢は真っ直ぐに妖の額を撃ち抜くと、まるで殻が砕けるように黒い瘴気は塵となって拡散していく。
全てが無に帰すると思われたその時、妖の死骸が残ると思われる場所から突如光の柱が吹き出して空に舞い上がった。
「なんだっ!?」
ほんの数秒の出来事。ざわめく一門の祓い屋達の中で、彼方へと消えていく光を見送ってから視線を隣に向けた。
「…あなた、私の符に何かしましたね」
的場が最近祓いの場で感じた未知の力、それがこの名前の知らぬ妖によるものだと確信する。
的場は確かに祓いの術を唱え、符を矢と共に放った。
しかし今飛び立ったのは、弱ってはいたが間違いなく神の輝きを宿したもの。水晶のように透明な羽根を持つ鳥の姿を確かに見た。
消える事なく、美しい尾羽を揺らして空高く羽ばたいていった姿は穢れのみが消えていた。
言うなれば浄化の力。本来的場が持ち得ないものだ。
「きみの手を汚してまで、何もかも後始末をつけなくてもいいんだよ」
悪びれた様子もなく男は肯定する。
「ほら言ったとおり。すべて上手くいっただろう」
「…おまえは何者だ」
「私はね、静司の力になりたかったんだよ。…ずっと。やっと願いが叶いそうだ」
瘴気の残骸が舞う中で、美しい妖が笑っている。
「私は何者か。それは君だけが知っているよ」
的場は強い妖を探してきた。右目を捜すあの醜く愚かなあいつよりも強い妖を手に入れる事が出来れば、一門は呪いから開放されるのではないかと。
それが今、目の前にいる。
欲しい。無くしてしまった渇望が込み上げる。
同時に的場は分かっていた。欲しいものを手に入れる時、必ず代償を払わなければならないことも。