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    たつゆき

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    たつゆき

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    名的はじめての両想いバレンタイン。

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    ラブイズヘヴィ「あ、」
     ドラマ収録を控えて入ったメイクルームでの事だった。
     見知ったヘアメイク担当の女性が小さくあげた声に台本に向けていた視線を外して鏡を見る。
    「どうかしたかな?」
    「あぁ! すいません…! 変な声だしちゃって」
     ファンデーションを叩いていた手を止めて彼女は申し訳なさそうに前髪に隠れていた眉の上辺りを指を差して謝った。
    「本当に全然大した事じゃないんです。…ここ、ニキビがあって…思わず」
    「ああ、本当だ。撮影前に申し訳ないなぁ。大丈夫かな」
    「全然メイクで隠れるから平気ですよ! 名取さんいつも人形みたいにツルツルだから、珍しくて。つい…すいません!」
    「ねー! 本当羨ましい! 美肌の秘訣教えて欲しいくらい!」
     隣にいたスタッフも会話に交り楽屋は賑やかになる。
     突如始まった女子トークに苦笑しながらよくよく自身を覗いてみれば、確かに右側の額に小さく赤い発疹がひとつ。
     すぐに治りそうだが、帰ったら薬でも塗っておくべきだろうか。
     あまり今まで肌の悩みはなかったので、どうしたものかと思案していると興味津々な顔のスタッフが鏡越しに見えて悪い予感を覚える。
    「ニキビって糖質や脂質の過剰摂取で出来るらしいんですよね。もしかして何か食べました?」
    「ねー! 先週バレンタインですもんね」
    「チョコ貰って食べちゃったとか…!」
    「普段は甘い物食べない名取さんだけど、さすがに本命に貰った奴くらいは食べたんじゃないですか?」
     問われた内容を噛み砕けば、すぐに原因に思い至ってしまった。女性ってなんて鋭いんだろうと怖くなりながら、顔の筋肉を引き締めて表の仮面をしっかり装着してから返事をする。
    「ははは、残念ながらないなぁ」
     100%の嘘だった。心あたりがありすぎたのだ。
     先週の週末に、地獄を見た。そしてこの発疹は間違いなくその名残だった。
    『…あいつのせいだ』
     心中で罵りながらも、むず痒い気持ちに襲われて台本を読む振りをして誤魔化した。
     しばらく文字の羅列が頭に入りそうになくて、緩む口元に無理やり力を込めながらおれは頭を抱えた。
     
     
     ■
     先週末、紙袋を抱えてやってきた的場から重いチョコを貰った。というよりお裾分けされた。
     そして重いというのは愛ではなくて、量の事である。
    「これ食べましょう」
    「…貰った奴ではないよな」
    「ええ、私が買ったやつですよ」
     職業柄と立場上、的場もおれもバレンタインチョコを貰うことはあるがリスクが高すぎて基本食すことはない。
     貰ったものはメモをして、御返しはきちんと用意をするがそれだけだ。
     処分されるそれらに申し訳なさは感じても未練はないおれとは反対に、的場は申し訳なくないが未練がある。
     だから貰った物と同じ商品を買ってきて食べるのだそうだ。さすがに手作りは的場には贈られていないらしい。
     本人は「これで、ちゃんと感想を返せるのだし誠意ある対応でしょう」と宣ってはいるが絶対に個人的な趣味に違いなかった。
     パッケージはカラフルなものから、見た目からして高級そうなものまで様々だ。見ているだけで胸焼けを起こしそうなおれを置いて、遠慮なく包装紙をびりびりと破くとチョコを並べていく。
     ジャンとかピエールなんとかやら聞いた事がある名前もあったが、すっかりどれがどれだか分からない。ブランドには興味ないのか的場は適当に一つ摘むと口に入れた。
    「あ、美味しい。これ美味しいですよ」
    「よかったな」
     的場には一箱食べ終わってから次を食べるという選択肢はないらしく、もう別の容器を抱えながら真っ赤でツルリとしたハートを白い歯で噛み砕いている。
    「名取もどうぞ」
    「あ、ああ。じゃあ一つ…」
    「こっちの残りはあげます」
     いつの間に既に中身が半分なくなっている箱をずいと押し付けられた。
    「はっ?」
    「一門に持って帰ったらまた無駄遣いがどうのこうのと七瀬に言われますから…全種類、今日制覇します」
     名取も付き合ってください。と毒のような黒いハートを口に放り込まれる。
    「今日はチョコ食べ放題ですよ」
     まったく嬉しくない響きだ。
     舌に絡まるリキュール入りのソースに気を取られ断り文句が遅れたのを了承と受け取ったのか、的場はもうこちらを見てはいなかった。
     気乗りはしない。しないけれど、楽しそうな横顔に水を差すのも気が引けた。
     空いてしまったラッピングはしまい直せそうなのもあるが、的場が残していったものを一人で食べる自分を想像すると悲しくなったので仕方なく付き合ってやる事にしたのだった。
     
     
    「も、もう。無理だ! 食えない! これ以上はさすがにやばい気がする」
    「ほう、れすか?」
     とりあえず生っぽい奴は全部消化した。残りはまだ余裕がありそうな的場の腹に収まるだろう。
     我ながらかなり頑張ったと思う。空の箱が積み上がったテーブルを見て一息ついた。
     ブラックコーヒーをおかわりするかと考えながら、念のため的場が持ってきた紙袋を恐る恐る覗くと、木箱が一つ残っている。
    「…おい、まだあるぞ」
    「ああ、それは私からのだったんですが」
    「おまえから? …まさかおれに?」
    「はい」
    「はやく言えよっ!」
    「別にいいですよ、また今度でも」
    「今、食べる」
    「無理しなくても。美味しいチョコ沢山食べたでしょう」
     それとこれとは違うだろうが。
     引かないおれに、渋々といった様子で的場は立ち上がると「ホットチョコレートなんで温めてきます」とかなんとか言ってキッチンの奥に消えていった。
    「なんで最初に出さなかったんだよ」
    「だって、溶かして入れただけですよ。私がそんな凝った菓子を作れる訳ないでしょう」
    「おまえが、作ったのか」
     それは世にいう手作りチョコレートではないか。溶かしただけって、だいたい手作りなんてみんなそんなものだろう。
     そわそわと妙に意識しているおれの姿はカウンターにいる的場からは見えないようでホッとした。
    「作ったと言えるのか…どうぞ、変なものは入っていませんよ」
     ごとり。
     眼の前に置かれた小さな陶器があまりにも見慣れたもので顔が引き攣った。
    「壺…? だよな。封じの」
    「中はホットチョコレートです」
    「なんでこれに入れたんだ」
    「芸能界で輝くあなたに量販店のチョコレート溶かしただけなんてさすがに気が引けまして。これ、飲んだ後も役に立ちますよ。一門御用達の名工の作品で術具としても一級品ですから」
    「はぁ…」
    「大丈夫です。ピカピカの未使用品ですよ」
     普段ロマンだなんだと言っているのに、肝心な情緒を何処に忘れてきたのだろうか。的場は人との繋がりを損得や効率で考えるのが悪い癖だと思う。
     どんなものでも、好きな奴が手づから作ってくれたものは嬉しいものだ。
     妙な所で変な気を回してチョコレート一つ渡すのに色んな理由をべたべたと盛り付ける的場に溜息を尽きたくなる。同時に多忙の身で、自分は苦手な料理の時間を捻出しているその矛盾がいじらしかった。
     痘痕も靨。やはり多少変な所も好きな奴なら可愛く見えるし愛おしい。
    「いらないなら、いいって言ってるじゃないですか」
    「いや、いるから!」
     取り上げられそうになって慌ててドロドロに煮詰められて重くて濃厚な愛の形を胃の中に流し込んだのだった。
     
    「~~~~~~~っ! あっちぃ!!」
     
     的場と恋人になってから迎える初めてのバレンタインは、精神的にも肉体的にも名取を胸一杯にさせた。
     
     
     
     
    『もしもし? え、肌? いえ、私はとくには…。ずるいと言われましても。ふぅん…それは大変でしたね。………来月ですか? 問題ないです。え? 大丈夫ですってば。…ええ、わかりました、はいはい。七瀬にもちゃんと確認します。
     …そういえば、精液は肌に良いという一説があるそうですよ。試してみてはどうですか? ホワイトデー期待しています。ホワイトだけに』
     いきなりの下ネタを投入されて言葉に詰まっている間に電話は切られた。
     ツーツーと受話器から鳴る電子音を聞きながら一言。
     適当に答えた事は分かっている。分かっているが…。
    「ホワイトデー…頑張ろう」
     
     ※精液云々の医学的根拠はありません。
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