初恋【後編】“「不破、お前俺のことどう思ってる」”
二階堂から突然こんなことを聞かれた。
その時は正確に思い出せないくらい無難な言葉を並べ立てたと思う。
本当の心の内など言えるわけがない。
こんな穢いモノを綺麗なお前に見せたくなかった。
二階堂をずっと側で守りたい。
それは、俺自身からも
俺は二階堂のことを自分の感情を捻じ曲げてでも護りたいくらい、どうしようもなく好きだった
***
ある日を境に二階堂は俺だけに対してこれでもかという程甘い態度を取るようになった。さりげないボディタッチ、見つめてくる潤んだ瞳、上気した色白な頬、こてんと首を傾げるその仕草‥美人な二階堂がするとその威力は凄まじく、油断をすると取り返しのつかないことをしてしまいそうだった。
正直、何度かあの柔らかそうな唇にキスしそうになったことはある。それを熱を測るだとか、まつ毛が付いてただとか、バレバレな嘘でごまかしては疑うことなくすぐ信じてしまう二階堂のことが心配になってしまった。相手が俺じゃなかったら完全に貞操の危機だ。まじで二階堂は自己評価を改めた上で自分を大事にして欲しい。
なにより懸念していたのは周り(特に男子)の目だ。あんなに可愛いくてあざとい二階堂を見て何も思わない奴はいないだろう。それを証拠に二階堂にちょっかいをかける野郎がこのところ格段に増えた。今までも二階堂のことを変な目で見てるヤツはいたが見つけ次第駆除して来た。が、今はそれが追いつかないのだ。二階堂自身もそういう輩を鬱陶しく思ってるのか雑に扱ってるようだが、一定数そういう塩対応に興奮を覚える人間もいる。そんな性的趣向なヤツからしたら二階堂なんていいターゲットだろう。とにかく二階堂の周辺に目を光らせていた。
そんな諸々の理由により俺は大田黒に愚痴るぐらいこのところ参ってしまっていた。
「嫌、つーか。‥正直参ってる。あーめんどくせぇ」
二階堂に害をなす輩に対しての苦言だった。
「不破は相変わらず難儀な性格してるなぁ‥」
大田黒は脳筋に見えてなかなか聡いヤツだから俺の考えてることなどお見通しなのだろう。片眉を上げてヤレヤレといった感じで返してきた。
その日二階堂は委員会の仕事だとかで部活に来るのが遅くなるとは聞いていたが、急にバイトが入ったから休むとだけ連絡があり来なかった。
***
「不破くーんおはよー」
「はよ」
校門の所で同じクラスの女子達に囲まれる。これはもう彼女らにとって朝のルーティンになっているんだろう。別に俺の周りにいちいち集まる必要はないのにな、と思いながら言ったら面倒くさいことになるのはわかってるので黙って女子達とどうでもいい話をしながら教室に向かう。
それに最近はもう1つ二階堂が可愛く朝の挨拶をしてくれるという朝のルーティンが追加され、なんだかんだ言いつつ俺はそれを楽しみにしていた。1日の始まりに好きな人に会えるのは誰だって嬉しいもんだろ。
今日も早く二階堂に会いたいな、とか女子達の話に適当に相槌を打ちながら思っていた時、俺達の横をスタスタと通り過ぎる二階堂の姿を目の端に捉えた。
「あれ二階堂くん今日こっち来ないね」
「喧嘩でもしたのー」
「いや‥んなことねーけど」
フードを目深に被り、こちらを拒絶するかのようなその背中を俺は凝視することしか出来なかった。
あの日の朝を境に二階堂は全国大会以前の二階堂に戻った。
最初は若干の淋しさも感じつつも周りの野郎どもにあの可愛い二階堂を見られずに済む、これで二階堂の周りに群がる変な虫も減ると安心していた。が、時が経つにつれ二階堂の俺への態度に違和感を感じるようになった。
二階堂が俺を避けている。
それを確信したのはあの“笑顔の仮面“を俺に対して被るようになった時からだ。あれは二階堂にとって自分を偽るための武装のようなものだ。桐先の藤原や風舞の鳴宮に対して向けていた姿を思い出す。
「きっつ‥」
言葉なき拒絶。己に向けられる温度のない感情。その全てが針となり心臓に突き刺さる。ただ二階堂をそうさせた原因は自分だとわかってるので泣き言など言う資格はなかった。これは二階堂の気持ちを蔑ろにしてまで自分のエゴを貫いた結果だ。
ただ‥こう考えずにはいられなかった。
あの時、好きだと言えていたら
あの時、キスをしていたら
二階堂は今も俺の隣で笑っていてくれたんだろうか
たらればばかり浮かんでは、頭の中から無理矢理消した。
“「弓道部に入ってくれ」”
あの日から始まった俺の初恋は、自らの手で捻じ曲げたせいで、歪な形のまま今も胸に燻ぶっていた。
***
「不破くん、ずっと好きでした。私と付き合って下さい」
朝いつも俺のことを校門で待っている女子の1人から昼休みに呼び出され、告白された。同じクラスだと断った後が気不味いとこれまでも何度かそれらしい雰囲気を醸し出されてはいたがずっと気付いてないフリをしていた相手だ。
「悪い‥好きなヤツいるから付き合えない」
「‥そっか。でもわかってた。だって不破くん私の気持ちに気付いてたでしょなのにわざと気付いてないフリしてるんだもん。なんて酷い男なんだろうってずっと思ってたよ。でも、嫌いになれなくてずっと好きなままだった‥だって不破くん優しいから‥」
そう言って涙した彼女の言葉に罪悪感が湧き上がる。自分の狡さに反吐が出た。何が優しいだ、人当たりがいいだ。ただ自分が面倒事を避けたいだけでのらりくらりと躱して生きてるだけだろ。二階堂のことだって結局は‥
そう自責の念に駆られてる間に彼女の涙は止まっていた。
「ふふ、そんな余裕なさそうな不破くん初めてみる。ざまあみろ」
「まじざまぁねーな、って痛感してる‥ほんと色々、悪かった」
「じゃあお詫びにキスしてくれる」
「それはダメ。好きなヤツにとっとくから」
「うん。もしいいよなんて言われたら馬鹿にするのも大概にしろって、ほっぺに手形残るくらい引っ叩いてた」
「こっわ‥」
「‥じゃあね。ちゃんと返事してくれてありがと」
どこかスッキリした顔をして彼女は去って行った。
「あー‥二階堂に会いてーな‥」
その背中を見送りながら俺はこの"初恋"と初めてちゃんと向き合う覚悟を決めた。
***
放課後、HRが終わって部活に行くと、二階堂は既に的前に立ち弓を引いていた。相変わらずの美しい射に、ずっと眺めていたくなる。その凛とした姿を目に焼き付けるように眺めていると急に二階堂の身体が傾いた。
「っ、危ない‥」
持っていた荷物を放り出して駆け出し、今にも地面に倒れそうな二階堂を間一髪の所で支えることが出来た。
「二階堂」
「‥‥不破」
「良かった、意識あるな」
「不破、俺‥」
「んどうした」
「‥‥‥」
「えちょ、」
二階堂が俺の首に腕を回して抱きついてきた。心臓が一瞬止まり、凄いスピードで動き出す。
「えーと二階堂‥」
「‥スー、スー」
二階堂の顔を覗き込むと人の気も知らないで幼い表情を浮かべて眠っている。その目の下にはうっすらと隈が浮かんでいるのを見つけて、胸が痛んだ。
***
「状況だけ聞くと慢性的な寝不足からくるめまいって感じかしら。悪いんだけど今からちょっと出ないといけないのよ‥」
保健医は申し訳なさそうに今から不在にすることを伝えてきた。
「俺コイツ起きるまで付いてますんで大丈夫っす」
「申し訳ないんだけど、お願いね」
それだけ言い残して保健医は出て行った。
保健室のベッドで眠る二階堂の顔を見る。日に焼けてない白い肌は滑らかで、思わず手が伸びてしまう。見た目通りのスベスベとした感触になかなか手離せないでいると、俺の手に頬ずりをしてきた。
「うわ‥かーわいい‥」
天を仰ぎながら思わず呟く。
するとあるはずもない返事が返ってきた。
「‥じゃあなんで」
「え」
「なんで俺じゃねーんだよ‥」
「」
驚いて二階堂を見るが目は閉じたままだ。
「‥不破の好きなヤツって誰だよ‥俺でいいだろ‥でもめんどくせぇって言われた‥」
ムニャムニャしながら話してるのをみるに、夢の中の会話だと思ってるらしかった。素直な言葉が出てくるのもそのせいだろう。ただ聞き捨てならない言葉があった。俺は二階堂に好きなヤツがいるなんて言ったことはないし、俺がいつ二階堂のことを面倒くさいと言ったそんなことあるはずもなかった。なんなら二階堂のことならどんな面倒でもみたいまであるぞ俺は。
完全に夢の世界に飛び立った二階堂が起きるまで俺はそのことばかり考えていた。
「ん‥‥どこだここ」
ようやく目覚めた二階堂は目を擦りながら周りを見渡した。
「おはよ二階堂。ちなみにここは保健室な。施錠する前に起きてくれて良かったー」
「不破、なんでお前と保健室なんか‥あ。」
「思い出した」
「すっげえ眠かったことは思い出した。‥面倒かけたな」
「ぜーんぜん。二階堂にならどんな面倒かけらてもいいぜ俺は」
そう言うと二階堂は顔を顰めた。
「お前はいつもウソくせーんだよ」
「ウソじゃねーって‥なぁ二階堂。俺、お前に謝らないといけないことと話したいことあるからさ‥このあと付き合って」
「俺はない。帰る」
身支度を手早く整え保健室を出て行こうとする二階堂の腕を掴み、後ろから抱き締めた。
「‥離せよ」
「やだね。話聞いてくれるなら離す」
「ふざけんな‥なんなんだよお前‥なんで今更こんなことしてくんだよ‥」
「自分で傷めつけた初恋を、ちゃんと実らせようと思って」
「は」
「オチから言うと俺の好きな人は二階堂永亮。どこの話気になってきた」
「‥‥‥‥フルネームやめろ」
腕の中で大人しくなった様子からして話を聞く気があるらしいことはわかったが、その素直じゃない答え方があまりにも可愛くて正直なところ俄然離したくなくなった。
***
辻峰高校から程近い、遊具がブランコくらいしかない小さな公園。夕方もとっくに過ぎた時間帯なのでここには俺たち2人しかいない。
「はい、これ」
二階堂に甘めのカフェオレを渡して、その隣に腰掛ける。自分用に買った缶コーヒーのプルタブを開けながら俺は話を切り出した。
「まずは二階堂の気持ちに気付いてたのに蔑ろにしたこと、本当に悪かった」
そう謝罪した俺に二階堂の顔が一気に赤くなる。
「あれは、ちげぇいつも余裕ぶってるお前をちょっとからかってやろうとしただけで、」
「だとしたら大成功だったぜ。俺はあの時片手で足りないくらい二階堂にキスしたくなって我慢した。あんな可愛い顔してくっつかれてたんだぞ、よく耐えたわ俺」
「は‥キス‥そんな素振りなかっただろ」
「やっぱり気付いてないか。じゃあお前に下心見え見えだったサッカー部のヤツが盗撮してたことも知らねーよな」
「はぁ盗撮」
「まぁそれは俺がお話してデータ全部消した上で今後二階堂の半径3m以内近づけないようにした」
「どんなお話したんだよ‥」
「聞きたい」
「‥いい」
二階堂からのこいつヤバい‥という視線は無視して話を続けた。
「で、そんな感じで二階堂がデレまくって無意識に周りの男共まで刺激したおかげでお前の周りへの牽制が大変であの時ちょっと俺疲れててさ。大田黒に愚痴ってたんだよ。めんどくせぇって。」
“「嫌、つーか。‥正直参ってる。あーめんどくせぇ」”
その話を聞いてあきらかに思い当たる節があるという顔をしている二階堂にやっぱりそれか、と確信する。
「まさかアレをお前に聞かれてるとは思わなかったな‥ここまで聞いたらわかるだろ俺は二階堂のこと面倒くさいなんて思ったこと1度もないから」
「‥‥まて。なんで俺がお前に「面倒くさい」って言われたこと気にしてるって知ってた言った覚えねーけど」
「保健室。寝言で言ってたぜ〜あと“不破の好きなヤツって誰だよなんで俺じゃダメなんだ”とも言ってた」
「はぁ嘘つけ」
「ほんとほんと」
こちらも少しは思い当たる節があるのか二階堂は恥ずかしさからか顔を伏せてしまった。
「もうやめてくれ‥あの黒歴史は忘れてくれ‥あれは俺じゃない‥」
「そう言うなって。じゃあ俺の黒歴史もお披露目するからそれで手打ちな」
ずっと二階堂に隠してきたことを話すのに柄にもなく緊張してたのかもしれない。ごまかす為に飲みかけのコーヒーを一気に流し込んだ。
「俺、二階堂に一目惚れだった。しかも初恋。1年の時いきなり机の前に来て弓道部に入れって言われて運命感じたんだよな。この先もずっとコイツといるんだろうなって」
「一目惚れで初恋で運命‥お前、重すぎだろ」
「そ。すげー重いの俺。ずっと二階堂と一緒にいたいけどその為には俺が抱いた感情は汚すぎて邪魔だった。だから徹底的にお前を守ろうとした、俺自身からも」
その為に俺は自分の初恋を捻じ曲げて、傷めつけて、ずっと隠してきたのだ。
「汚いってなんだよ」
「有り体に言えばえっちなことだけど説明いる」
「わけねーだろ」
「だよな」
流石にこの部分はこれからも隠していきたい。多分二階堂に知られたら2週間は口を聞いて貰えなくなる予感しかしない。
「まぁ、それは今どーでもいい。つまり不破、お前は1年の最初から俺のことが好きだったって」
「ああ。俺は初めて話したあの時からずっと二階堂のことが好きだった」
俺は二階堂の綺麗な目を見てまっすぐそう伝えた。これが俺の人生で初めての告白だった。見つめ合っていると二階堂の瞳が揺れているのに気が付いた。泣きそうになっているのかと手を二階堂の顔に近づけた時、二階堂が俺の手をガッと掴んできた。
「おい不破‥今すぐ殴らせろ」
俺の知る中で1番機嫌の悪い二階堂がそこにいた。
「えなんで恋愛の話からいきなりバイオレンスになってんの」
「お前がわけのわからないこだわりを捨ててさっさと俺に告っとけば俺はあんなバカな真似せずにすんだんだよふざけんなよ、このヘタレ」
「悪かった、それについては俺がヘタレで100悪いから二階堂ちょっと落ち着けって、な」
バシバシと叩いてくる二階堂を宥めすかしながらその顔を見ると目は潤んでるし顔はほんのり赤くなって怒ってるというよりは照れていると表現した方が近い。その可愛さたるや‥いるかもわからないツンデレの神様に感謝するレベルだ。そんな今世界で1番かわいいと思われる俺の想い人は握り拳を作り不敵な笑みを浮かべていた。
「よし。不破、目瞑って歯ぁくいしばれ」
「あ、やっぱ殴りはすんだな‥わかった。いいぞ」
俺は目を瞑り来たる左頬への衝撃に備えて歯を食いしばった。
ただいつまで経ってもその衝撃は来ず、代わりに唇にふにっとしたものが押し付けられて俺は目を開いた。すると二階堂の綺麗な目が0距離にあった。
「へ」
「なんだそのマヌケ面」
「殴んねーのいやその前にさっきの二階堂、キス‥キスした」
「俺が殴るなんて手痛めるようなことするわけねーだろ。それにキスは好きなヤツの為にとっとくんだったもんなお前だからお望み通り奪ってやった」
「お前あれも聞いてたのかよ‥」
「あんなとこで告白されてんのが悪い」
「へーへーソウデスネ。で、俺の告白の返事は」
「しょうがねぇから付き合ってやる」
「すっげー上からくるじゃん‥」
「でも好きなんだろ」
「あーもーしぬほど好きだよ一生離さねぇから」
公園に響く声が止んで、2つの影がまた重なる。息を吹き返した初恋を見守るように、柔らかい街灯の光が2人を照らしていた。
おわり
【あとがき】
こんな長い妄想をここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。お気づきかとは存じますが一応補足説明させていただきますと、こちらは「ふわ←にか」とみせかけた「ふわ(⇒⇒⇒⇒⇒)←にか」妄想となっております。
弊社の不破のサイレントクソデカ感情が酷いお陰で独白部分が大変多くなってしまい、読み難く大変申し訳ございませんでした。不破視点で妄想すると拗らセコム不破にしかならない点、今後改善出来ればと存じます。重ね重ね皆様の貴重なお時間を割いてここまでお読みいただきましたこと厚く御礼申し上げます🙇♀